昨日魔王を倒した俺は、今日また召喚されました!

永遠こころ

第1話 『再召喚されました!』


「ねえ、それって嘘だよね! だって魔族との契約書は女神様に書いてもらった特別製だよ。魔族の方から契約破れるはずないじゃん」


 俺はとりあえずといった形で出された豪華な椅子から立ち上がり、そう怒鳴り声を上げた。


「いえ、そのような……。嘘なぞ申すはずはございません。ですからきっと何か契約の裏をかいて魔族どもが侵攻してきたに相違ありません」


 このでっぷりと太った体に薄い茶髪は現在のこの国の宰相ゼルタニス・ビレイン。奴は座ったまましどろもどろになりながらそう答えた。


「だから、それが出来ないんだってば! 君たちが信奉している光の女神アイレヤ様の契約書なんだから。それに魔族ってのは自分で交わした約束は絶対破らないもんなんだよ」

「いえ、そのようなことはございません。現に魔族は辺境伯の領地にまで侵攻してきております」

「だから、それは君たちの方が先に契約を破ったからでしょう!」

「いえ、そのような事は決してございません。先に契約を破り辺境の村々を焼いたのは魔族の方です」


 滴る汗を拭きながらゼルタニスはそう言い切った。



 今を去る事、約百年の昔――。

 このイスタニア王国は魔王率いる魔族軍の侵攻を受けた。原因は未だもって分からない。双方とも相手側が先に仕掛けてきたと主張している。

 しかし、身体能力と魔力に優れた魔族軍は辺境地を一気に制圧し、この国の王都イスタニアンにまで迫っていた。窮地に陥った当時の国王リオネス・フォーリア・イスタニア一世はその時ある一つの決断を下した。


 それは、〝勇者召喚の儀式〟――。


 異世界から勇者を召還しこの窮地を脱しようと試みた。その当時、最も神聖な魔力を持ったシルディア・フォーリア王女が中心となり儀式が執り行われた。


 そして、そこに呼び出されたのが俺、天地直哉あまちなおやだったのだ。


 俺は一年ほどの激しい訓練を経て、仲間と共に冒険をし試練を乗り越え、光の女神アレイヤ様の加護を得た。そして、多くの仲間を失いながらも魔族と戦ってこれを打ち破り、最終的に魔王と不可侵の条約を結ぶことに成功した。


 その後、俺は平和になったイスタニア王国を去り、無事、地球へと帰還を果たしたのだった。


 今でも思い起こされる辛く苦しい日々の連続。つかの間の休息。友を失い慟哭を上げた夜。何度打ちのめされてもそのたびに立ち上がり前へと突き進んだ――。あの在りし日の記憶。


 まあ、俺からすればそれはまでの話なのだが……。


 何故一日で百年の時が経ってしまったのかはよく分からない。これは多分なのだが、この世界ルフトリアと地球では時間の流れが違うせいなのだと思う。なにせ、二年近くをこちらで過ごした俺が地球に帰還しても一時間と経っていなかったのだ……。



「今のその言葉、本当だよね」


 そう言いながら俺はゼルタニスを睨みつけた。


「相違ございません」

「よし、それなら、我が願い聞き届けよ!」


 俺はそう叫び右手を天へと向けた。


「……光の女神アレイヤの勇者、天地直哉あまちなおやが天界に請求する。第四次人族・魔族間条約の情報を開示せよ!」

「おお、それは!」


 突如、目の前に半透明の大きな文字盤が現れた。本来であれば人間にはこれを見る資格はないのだが、女神の加護を受け、さらに魔王と直接契約を結んだ当事者である俺ならば、いつでもこうやって確認することが出来るのだ。


「ほら、やっぱり。ここ、ブランドル辺境伯が契約を一方的に破棄して侵攻を始めたとなってる!」


 文字盤に映し出された契約書の最後の一文にこちらの世界の共通語でそう追記されている。


「いえ……そんなはずは……何かの間違いです」

「天界の神が間違い? 無いでしょ、それは」

「いえ、ですが……」


 そう言いながらゼルタニスは横へと目を逸らした。様子がおかしい。こいつは間違いなく何かを知っている。

 そういえば、前回も最後まで条約締結を反対していたのはブランドル辺境伯だった。それが何か関係しているのだろうか?

 あの土地は魔物の跋扈する〝黒の森〟を挟んで魔族の国と対峙している。そのため、魔族とのトラブルが絶えず魔族殲滅派の拠点となっている地域なのだ。あやしい。


 ゼルタニスの後ろで今代の聖女と紹介された、オルトという名の少女が終始うなだれている。

 まだあどけなさの残る顔立ちの鮮やかな赤髪を持つ十代の少女。身なりこそ煌びやかな白に金糸の聖衣を纏っているが、髪の手入れが行き届いていないところを見ると、元はその辺の町娘なのだろう。


 ちなみに勇者召喚の儀式には神聖なる魔力が必要とされる。そのため神聖なる魔力を持つものが国中から集められる。その最も強い力を持つものが聖者または聖女と呼ばれる存在なのだ。



「あのね、神様たちが人間方が先に契約を破ったと言っている以上、俺は勇者としてこの国に手を貸すことは出来ないの。わかる?」


 そう言いながら俺はゼルタニスに詰め寄った。


「はあ、それはどうしてでもですか」

「神の加護があっての勇者だよ。非の無い魔族と戦う何てこと許されるわけないじゃん」

「はあ……」


 いや、それ以前に今の俺は呆れ返っているのだ。あれほどまでに辛い思いで何とか漕ぎ着けた休戦の条約がたったの一日で破られてしまったのだ。心中を察してほしい。


 いや、それ以上にやっとの思いで日本へ帰還し、これから普通の高校生活に戻れると思った矢先だった。殺伐とした日々を乗り越え取り戻した日常。それがまたしても遠ざかってしまった……。


 いや、それどころかやっとの思いで帰還して、遂に計画を実行に移し告白した幼馴染の彼女、岬楓みさきかえで……。答えはまだ聞いていないが、何度も夢にまで見た彼女とのラブラブで甘々な高校生ライフまで先送りだ……。


 どうしてくれよう! いっそ、このまま俺がこの国を滅ぼし二度と召喚できないようにしてやろうか!


 まあ、そういう訳にもいかないか……。ゼルタニスの後ろに立っている聖女が顔を真っ青にしてこらえきれずに涙を流し始めた。流石にちょっと言い過ぎたのかもしれない。



「なあ、もし魔族に謝罪し、もう一度、和平交渉をするなら手を貸すよ」


 前回の時もそうだった。王女シルディアに泣きつかれ渋々勇者になる事を決意したのだ。今回も仕方ないそれくらいの事だったら俺も一応助力するとしよう。


「和平交渉ですか……」


 ゼルタニスが吐き捨てるように呟いた。


「……伝説の勇者様がこんな腰抜けだとは思いもしませんでした」

「はぁ? お前、何を……」


 俺の平和な日常を奪い、無理やりこんな所に召喚しておいてこいつは何を言っている? 最早理解の埒外だ。


「もういい、やれ」


 ゼルタニスはそう言い放つと椅子のひじ掛けをコンコンと叩いた。


 その瞬間、俺の足元に眩く青い光を放つ魔法陣が広がった!

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