第4話『勇者伝』


「あった、見つけた!」


 思わず俺は声を上げた。先程、ジャイアントスパイダーと戦った地点から少し歩いた場所で、錆び付いた剣を見つけた。そして、当然それはある……。

 この剣の持ち主だった人である。すでに骨だけになっている。


 この洞窟は本来ならば立ち入り禁止の場所である。ここは魔法を使用できず魔物もいる危険な場所なのだ。

 それでも時折、ここに忍び込む人が居る。それは、この奥に女神の秘宝が眠っているという噂があるためだ。実際の事をいえば、それはあながち間違いでも無いのだが……。


 ここにはかつて女神が手を貸し封印した、ある凶悪な魔法が眠っているのだ――。



 剣は二本落ちていた。ついでに小銭も落ちていた。俺は小ぶりな剣の方をオルトへ渡した。


「剣は使えるか」

「いいえ」

「まあ、一応持ってろ」

「はい」


 近くの岩に擦り付けて錆を落とした。よし、使えそうだな。

 これほど湿度が高い場所で朽ちずに剣が残っていたところを見ると、ここ数年以内の比較的新しい物だろう。いつの時代にも無謀な人は居るものだ。


 俺は剣を左手で構え奥へと進んだ。


 少し進んだところでまたジャイアントスパイダーに出会った。今度のサイズは約五十センチ。石を投げつけて牽制し、飛び掛かってきたところを剣で仕留めた。

 まあ、武器さえあればこれくらいのことは出来る。もっとも、今回も盛大に体液を浴びてしまったが。


「疲れた、少し休もう」

「はい」


 顔を洗った俺はそのまま岩に腰掛けた。


「あの、勇者様はここへ来たことがあるのですか」


 横に座ったオルトが話しかけてきた。


「勇者様は辞めてくれ。直哉でいいよ」

「え? な、ナオヤ様は下の名前ですよね……」


 オルトは目を見開いて驚き、そして、みるみる顔を赤くした。


「ああ、そうだよ」


 え? あれ? この国では下の名前で呼ぶのってそんなに恥ずかしい事だったのだろうか? いや、そんな習慣、俺は知らない。どういう事だ?


「……下の名前で呼び合うラブラブ生活……」


 オルトがそうぽつりと呟いた。その言葉には既視感がある。いや、それを言ったのは俺からすると昨日の事だ。


「おい、何故お前がそれを知っている!」

「ほ、本で読みました! 勇者伝です」

「勇者伝? 作者は」

「槍の勇者様のコルトバンニ・セイン様です」


 おのれ! コルトの野郎め! ばらしやがって!


 コルトバンニ・セインの名前は当然知っている。地方貴族の三男坊で同じパーティーメンバーのイケメン槍使いだ。そして、そのセリフは俺が去り際に放った言葉――『これから俺は幼馴染と下の名前で呼び合うラブラブ生活を送るんだ! じゃあな!』の一文である。百年後の世界にまで伝わっているとは思わなかった。超はずかしい。もう帰りたい。


「あ、あの、私、何かまずい事、言いましたでしょうか」


 打ちひしがれる俺を心配してオルトはそう言ってくれた。


「いや、大丈夫だ」


 本当は大丈夫ではない。地味に心にダメージを負っている。


「それで、ナオヤ様は私をハーレムに……」

「ちょっと、待ったー!」


 はい、確かに言いました。半年くらい前にコルトとその話をしました。いや、言い訳をさせてもらえば、この国の貴族は五人まで嫁を持てるという話で、さらに、めかけを持つ人もいるという話だ。その時、確かに『ハーレム造りたい放題じゃん、いいな俺も造ろうかな』と言いました。そして、ハーレムの説明も詳しくしました。でも、本気じゃないよ、冗談だよ。どうしてそんな事まで書いてある! 勇者伝!


「……な、なあ、その話は置いておいて、その勇者伝とやらは、みんなが読んでるのかな……」


 俺は一番心配な事をオルトに聞いてみた。


「はい、一部は読み書きの練習用に学舎でも配られています」


 すでに取り返しのつかないことになっている! 阿漕な商売しやがってコルトの奴め! 今度、会ったらぶっ殺す! いや、もう百年前の話だから死んでるか。おのれ!



「よし、十分休んだしもう行くか!」

「はい」


 心なし頬を赤らめたオルトが答える。これはもしかして俺が考えている以上にまずい状況なのかもしれない。


 色々と間違った情報が後世へと伝わっている。なんとしてでも正しい伝承を広めなくてはいけない。

 俺は新たなる決意のもと歩き出した。


「あのな、コルトという奴はな自分がイケメンなのを良い事に毎晩違う女と……」


 正しい歴史を広めないといけない!

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