第37話『ホブゴブリン』


「破壊魔法!」


 俺は右手を突き出し魔法を発動した。


 魔法により頭部を消失させたゴブリンが体液を撒き散らしながら、地面へゆっくりと崩れ落ちていく。いや、こいつはサイズ的に一階位上のホブゴブリンか……。


「一体どうなってやがる……」


 この街道でゴブリンに襲われたのはこれで六匹目である。


 ゴブリンは通常、三匹から五匹の集団で行動している。そして、ホブゴブリンは五十匹程度の群れに一匹混ざるか混ざらないか程度の比率のはずなのだ。


 今はゴブリンたちが単独行動をしている。それにホブにこんなに簡単に出会うはずがない。これはもしかして群れが崩壊したという事だろうか?


 俺は剣を抜きゴブリンの胸に突き立てた。手を突っ込んで……あ、あった。小指の爪程の小さな魔核を取り出した。


「うげー、何してるんですか」


 背後からオルトが声を掛けて来る。ひらひらとさせて取り出した白く濁った魔核をオルトに見せた。


「まだ色が付いていない魔核だ。階位を上げてまだ数日しか経ってないんだ」

「うー、くさい」


 ――お前な……。


 俺は水筒の水で手を洗った。しかし、これはまずい。恐らくこの数日で森の中のストレスが急上昇したのだろう。それによってこいつが通常のゴブリンから階位を上げた。いつスタンピード(集団暴走)が起こっても不思議ではない状態だ。


「先を急ごう」

「はい」


 昨晩、ヨルテン村の山賊のリーダー風のおっさんが言っていた通りになったきた。これは覚悟を決めないといけない。


 それからも度々、街道にゴブリンが出現した。俺は魔力を温存するため身体強化を掛けて剣を振るって撃退した。


「どうやらこいつらパニック状態になっているようだな」

「パニックですか」

「ああ、恐らく昨日か昨晩あたりに群れが崩壊して逃げ出してきたんだろう」


 どのゴブリンも我武者羅になって突っ込んできやがる。通常ならばゴブリンの戦いは少し距離を置きちょこまか動きながら攻めて来るのだ。かなり追い詰められている様子だ。まあ、突っ込んでくる分倒しやすいので良いが……。


「だったら、もっと強い魔物が出て来るのですか」

「ああ、その可能性もある」


 ――ゴブリンの群れを崩壊させた魔物……。


 先日はハンターのパーティーがスカベンジャーに襲われた。スカベンジャーもきっと他の魔物に追われパニック状態で通常と違う動きをしたのだろう。

 そうなると、この辺りでさらに強い魔物……。ゾンビは足が遅いのでないとしても、この辺りだとやはりオーガだろか? それとも大型の昆虫系? 大型地竜の可能性もあるか……。


 街道の先に次の砦が見えてきた。


 やはりここも旗が立っていない。僅かに雨に打たれた馬の蹄の跡が地面に残っていた。


「誰かいませんかー」


 オルトが門に向けて叫んでいる。


「いないみたいですねー」

「だな、地図を見る限り次の砦は多分関所だ。皆そっちの方向に向かったみたいだ。ここでお昼を食べていこう」

「はい」


 俺たちは砦の横へ流れる小川の辺で昼食をとる事にした。


 幸いなことに小川の辺には砦の炊事場が設置されていた。竈に火を熾し置いてあった鍋で湯を沸かし干し肉のスープを作った。少し硬くなった雑穀パンをかじりスープを飲む。


「砦の人たちに何があったんでしょうね」


 オルトが聞いてきた。


「さあな。魔物が増えてきたから関所に避難したか、何かの事情で非常招集がかかったのかもな」

「それってゴブリンたちと関係ありますか」

「そうかもしれないな。でも俺たちはあのタタワル砦には行かないぞ」

「え? そうなのですか」


 セイン領と王国直轄領の境目に設けられた王国側の関所の名前はタタワル砦。かつては石造りで西洋風の大きな城だった。ここは王国騎士団の訓練所にもなっていた。


「考えても見ろ、俺たちはお尋ね者だ。すんなり関所を通してくれるわけないだろ」

「そうかー、はあ~」

「だから俺たちはもう少し先で砦の迂回路を行く」

「あー、それってシャルディスク領へ潜入する時に使った抜け道ですね」

「どうしてそれを知っている」

「勇者伝に詳しく書いてありました」

「あー」


 そうだった。あのルートを知っていたのは勇者伝の著者であり、当時、騎士団の若手ホープだったコルトバンニの奴だった。あいつは騎士団の訓練で使う巡回路でタタワル山を抜けるルートを知っていたのだ。


「……だが、それはまずいな」

「何がです」

「皆に知られているとなると待ち伏せされてる可能性もある。まあ、その時は戦って切り抜けるしかないか……」


 出来る事なら人との闘いは避けたいところだ。別に好きで戦っている訳でもない。体に耐性があり破壊魔法も使える俺は戦っても負ける気はしないが人を傷つける事には流石に躊躇いがあるのだ。


「まあ、とりあえず行って見て様子を探るか……」

「はい」


 昼食を終えた俺たちは再び街道を南へと下り始めた。


 さらに十匹のゴブリンを倒し、うち二匹のホブゴブリンの魔核を奪い街道が峠の登坂へと差し掛かった。

 緩やかな傾斜の坂道を歩き、傾斜を緩く保つためのつづら折りまでやって来た。


「あれー?」


 最初に声を上げたのはオルトだった。


「どうした?」

「峠の上の方で煙が上がってますよ」

「ん?」


 本当だ。うっすらとだが煙が上がっている。あの位置は多分タタワル砦の方角だ。こんな時間から夕食でも作ってるのだろうか?


「それに何だか変な匂いもします」

「変な匂い?」


 ゴブリンを斬り過ぎたせいで俺の鼻は既に馬鹿になっている。


「どんな匂いだ」

「うーん、ねっとりと絡みつくような嫌な感じのする匂いです」

「まさか……。おい、オルト、タタワル砦に見える位置まで行って見るぞ」

「えー、行くんですか」

「ああ、様子を見る」

「はい」


 俺たちはつづら折りの坂道を一気に駆け上っていった。

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