第36話『御酒街道』


 夕食を終えた俺たちは洗い場へ行き、お湯を沸かして体を洗った。勿論別々にだ。

 そして、朝が早いのでそのまま部屋に行き就寝した――。



「おい、起きろ。オルト」

「ふにゃー」


 朝になり俺はオルトの毛布を強引にめくり叩き起こした。


「何ですかー、まだ外暗いじゃないですかー」

「いつまでもぐずぐずしてられねえだろ。もう出発するぞ」

「えー、はーい」


 俺たちは急いで二人で身支度を整え、部屋のカギをフロントのカウンターの上に置き宿を出た。

 時刻的には五時くらいだろう。夜明け前なので外はまだ暗い。ひんやりとした空気が漂っている。


 開け放たれたままの山門をくぐり坂を下った。村の門へとたどり着きそこに居た若い男の門番に出発の旨を伝えて門を開けてもらった。ギチギチと音を立てて門が開いていく。


「行くぞオルト」

「はい」


 門をくぐり俺たちはヨルテンの村を後にした。


 東の街道に向けて道なりに進む。小川を越え木々が伐採された森の跡地である草原を進み丘へと上る。その頃になってようやく空が白み始めた。丘の上からはまるで山賊の砦のようなヨルテンの村が見渡せた。森の木々から朝靄が立ち込めて来る。


 ――これが日本の光景だったなら、ちょっとした観光名所になっていたかもしれないな。


 しばらくこの光景を眺めてから俺たちは東にある街道へと向けて歩き出した。


 東の街道――。

 オストルからセイン領シャルディー、途中に小領地のクーデル領をはさみブランドル領ブランドルに続く東の大街道である。

 オストル周辺で作られるワイン。エール酒で有名なシャルディーを結ぶこの街道は通称:御酒街道とも呼ばれていた。

 地図の上ではこのイスタニア王国の国境線はもっと東の山脈地帯まで広がっているのだが、この街道の東側は無領地帯の原生林が広がっており実質的にこの街道がこの国の東側の国境線となっている。


 朝陽が昇り光が辺りを照らし始めた頃になってヨルテンからの道の先に大きな街道が見えた。


 俺たちは街道へと出た。所々に砂利の撒かれた広い道。道幅は約十メートル。対向する馬車が余裕をもってすれ違うことが出来る。この国の七大街道の一つである。だが……。


「ほんっと、誰もいませんねー」

「ああ」


 視界の中に俺とオルト以外の人間は見当たらない。森の木々を貫く街道がただ真っすぐに南へと続いている。


 以前に通った時もこの街道は人が多いとは言い難かったが、それでも、路面に真新しい轍や足跡が残っていた。昨日の雨の影響だろうか、今はその跡すら見当たらない。俺たちは時折木々の隙間から見えるタタワルの峰を目指し歩いた。


 しばらく歩いていると街道の先に石造りの建物が見えてきた。恐らくあれはこの街道に設置された巡回兵の為の砦だろう。


 ――でも、なんだか様子がおかしいな……。


 石積みをコンクリートで固めた高さ十メートルほどの円柱形の建物。俺たちはその建物へ近づいた。何だか妙な感じだ。


「ああ、そうか、旗が立ててないんだ」

「旗ですか」

「ああ、砦に兵が入ったらまず最初に自分の所の隊旗を掲げるんだ。そして、どこの部隊がそこを占有してるか示すんだ。それが出てない」

「へー、あの旗にはそんな意味があったのですか」


 旗が出ていないという事はこの砦の中に兵士が居ないという事だ。


「おーい! 誰かいませんかー!」


 俺は門の前に立ち砦に向けて声を掛けた。


「……」


 やはり、返事はない。


「人居ないみたいですねー」

「そうだな……」


 ――しかし、こんな街道の交差点近くの砦に人が居ないなんて事あるのか? 人員不足とは聞いていたがこの調子ではちゃんと巡回がされているのかも疑わしい。


「まあ、人が居ないのなら仕方ない。先を急ごうか」

「はーい」


 俺たちは砦を後にし再び南へと向けて歩きだした。



 街道沿いに切り株のベンチが設置されていた。丁度良い。座って朝食をとる事にした。

 俺は背負い袋から串肉と雑穀パンを取り出した。


「あれ、これ昨晩のメニューじゃないですか」

「ああ、お前が体を洗っている最中に女将に作ってもらったんだ」

「へー、やっぱりあの人良い人だったんですね」

「ああ、山越えはさんざん止められたけどな」

「まあ、仕方ないですよ。危険なのですから」


 俺はパンにナイフで切れ目を入れて串肉を挟んだ。それを大きく口を開けて頬張った。うん、美味い。


「なあ、オルト。もし危なくなったら躊躇なく破壊魔法を使えよ」

「え、でも……」

「俺の事なら気にするな。もし当たっても耐性があるから大丈夫だ」

「いえ、それは心配してません。嫌なのは生き物を殺す事になる事です」

「あっそ、でも襲って来る魔物はどうしようもないだろ」

「それでも、嫌なものなんですよ。分かりませんかねこの乙女心」

「いや、お前の乙女心なぞ知らん。危ないと思ったら使え」

「はーい」


 ――しかし、こいつはまだ分かっていない……。


 破壊魔法の一番の欠点は魔力消費が多い事である。普通の魔法使い《ウイザード》が通常の威力で放てば一日一発が限界くらいだろう。いや、もしかすると魔力値がゼロになり気を失ったり心臓麻痺を起こすかもしれない。とても通常使いする類の魔法ではないのだ。

 しかし、勇者候補として召喚された俺は元々魔力の保有量が多い。日に十発程度はこなせる感じだ。そして、オルトは……。


 正直言えばオルトの魔力量は俺の数倍はあると思われる。恐らく俺がかつて戦った魔王アルフォレアに匹敵する力を持っている。それは単純に日に数十発は破壊魔法を放てるという意味だ。


 そして魔力は睡眠や食事によって回復できる。元の魔力が尋常ではないオルトは回復力も普通ではないだろう。立ち回り方によっては無限ループも夢ではない。


 そう、今、こいつは着実に人間砲台となる道を歩んでいる……。

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