第9話『村の宿』


「そうですか、アビゲイトに向かうのですか……。だったら私は……」


 深刻そうな顔をしてオルトが言った。


「何言ってる。お前も来るんだよ」

「えー!」

「当然だろ。お前、宰相のゼルタニスに命を狙われている自覚が無いな」

「そ、そうでした……」

「多分だが召喚が成功しても失敗してもお前は殺されてたと思うぞ。俺と一緒に処分するつもりだったんだから」

「……」


 オルトは涙目になって押し黙った。


「何? 違うのか」

「いえ、合ってると思います……」

「だろ」

「はい、私も何となく気が付いていました。でも、そう考えたくなくて……」

「まあ、分かるけどな」


 自分が使い捨てにされるために王都に呼ばれたなどとは考えたくなかったのだろう。苦しい時ほど人は無い希望に縋るものだ。


「でも、魔族の国に行ってどうすんですか」

「ん? この国をぶっ潰す」

「……」

「この国はもう駄目だ。魔王に手を貸して外からこの国を変えてやる」

「出来るのですか、そんな事……」

「この場合は出来る出来ないではないな。こうやると決めて行動に移す。ただそれだけだ」


 オルトは心底呆れたといった顔を見せた。


「まあ、俺は勇者だからな」


 俺はにっこりと笑いさむあっぷサムズアップを決めた。



 それから、俺たちは食事を終えた。その頃には外の日も落ち辺りはすっかり暗くなっていた。


「ふゅぃ~~、もう食べられましぇん……」


 とテーブルに突っ伏しているオルトを尻目に、俺はおかみさんに言って湯を沸かしてもらい手ぬぐいを借りた。

 勿論、体を洗うためである。前の時も地方の宿にはあまりお風呂が無かった。当時、散々お風呂の素晴らしさは吹聴していたのだが、こういった地方にまではあまり浸透し無かったようである。それでも今では大きな街に行けば大抵共同浴場があるそうなので楽しみにしておこう。


 湧いた湯をたらいに張って洗い場へ運ぶ。


「オルト、先に行って体洗ってこい」

「ふぁい! もしかして、い、一緒に……」


 顔を赤らめてオルトが聞いて来る。


「んな訳あるか、馬鹿言ってないでとっと洗ってこい」

「はい」


 俺は自分用のお湯を竈で沸かし始めた。それから俺も洗い場に行って体を洗った。やはりお風呂が無いのはちょっと寂しい。

 ちなみにこの世界にも温泉はある。ただし、観光目的というよりは湯治目的の施設が多い。今度時間が出来たら行ってみよう。


 体を洗ってからおかみさんに部屋へと案内してもらった。借りた部屋は当然一つである。お金も節約したいし、どんな危険があるかもしれないからだ。


 部屋にはベッドは無いが一段高くなった四畳ほどの板の間と布団が用意されていた。オルトは靴を脱いでいそいそと板の間に上がり布団を敷き始めた。


「おい、布団を並べて敷くな、離して敷けよ」

「私ってそんなに魅力ないですか」


 オルトが上目遣いで聞いてきた。


「いや、そういうのいいから」

「はい……」


 オルトは頬を膨らませながら布団を移動させた。


 別にこいつを嫌いとかかわいくないと言うつもりはない。むしろ平均と比べれば随分と顔は良い方だろう。だけど今の俺はそんな気分ではない。なぜなら俺の感覚としては幼馴染の岬楓みさきかえでに告白してまだ二日も経ってはいないのだ。一体、俺はこんな所で何をやっているのだろう。ちょっと悲しくなってきた。まあいい、今日はもうさっさと寝よう。


 俺は布団の上に倒れ込んだ。やっと気が休まる。もう疲れた。



 布団の上に寝転がり今回の出来事を思い返した。


 昨晩、電話で岬楓みさきかえでを近所の公園に呼び出し、勢いのまま告白した俺は悶々とした夜を過ごした。そして、昼に目覚めそれから街に出かけた。別に用事があったわけではない。ただ久しぶりの日本を満喫したかっただけなのだ。日本では一時間と時間は過ぎていなかったが俺にとっては約二年ぶり何度も夢にまで見た時間だった。本屋によって本を買いあさり、ファーストフードでハンバーガーを食べまくり、街をぶらついた。そして、昨日、告白をした高台の公園に行き街を眺めた。夕焼けに染まる街並み。聞こえて来る人々の生活の音。風に乗って流れて来る排気ガスの混じった街の匂い。ああ、俺は無事この街に帰ってきたのだ。としみじみと思った次の瞬間に目の前に奴が居た……。


「ようこそ! お越しくださいました勇者様! わたくしはこの国の宰相ゼルタニス・ビレインと申します」


 一体どんな理由があるにせよ、俺をこの世界に呼んだことを後悔させてやる!


 あれ? そういえば何か忘れている……。とても大事な事だ。うーん、何だったかな?


「あっ! そうだ!」


 大神殿に買ってきたばかりのエロ本置いてきちまった!

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