第11話『銀鉱山』


 村を出て東へ向かう。道は険しい山に向かって登り始めた。かつての賑わいを物語るかのように道幅は結構広い。日本でなら四車線分はあるだろう。

 すぐにレンガ造りの建物が見えてきた。前に見た時には銀の精錬所があった場所だ。建物のサイズが以前の倍以上になっている。今はどうやら無人のようだ。木製の高い柵で囲われて中に入れないようになっている。その建物を横目に見ながら進むと道の先に大きなトンネルが見えてきた。


「ほえ~」


 オルトが見上げて間の抜けた声を上げた。

 直径約二十メートル。円形に掘られレンガと漆喰で固められたトンネルだ。三階建ての建物なら中にすっぽりと入ってしまうだろう大きさがある。


「よくこんなところへ大きなトンネル作りましたね」

「んー、何だったかな……。確か最初はブラセラとオストルを繋ぐルートのためにトンネルを掘ったらしい。しかし、途中で銀の鉱脈が見つかってこんなになったと聞いたな」

「放置するなんてもったいないです」

「そうだな」


 確かにここが日本であればここを観光施設にする事も出来るだろう。しかし、この世界には魔物という危険が存在している。逆にこれだけ大きな施設だと維持管理が大変なのだろう。


 トンネルの入り口にはチェーンが張られ立ち入り禁止の札が掲げられていた。ある程度、人の出入りがあるのか廃墟と言う感じはしない。トンネルの壁に沿って木箱が沢山積み上げられているさまは休日の工場といった様子だ。


 俺たちはチェーンを跨ぎトンネルへと踏み込んだ。踏み締められた土の道が奥へと真っすぐに続いている。中は相当に暗い。向こう側の出口の明かりがかすかに見える。

 俺は左手を前に出し手の平を上に向けた。


「進むべき道を照らす仄かなる明かりを灯せ。光球!」


 俺の手の平の上にピンポン玉程度の光る球が浮かび上がる。


「それは、魔法ですか!」

「ああ、光の加護をアレイヤ様に貰った時に特典で付いてきた魔法の一つだ」


 俺はアレイヤ様の加護を受け光の属性を手に入れた。その時、同時にいくつかの光魔法が使えるようになったのだ。この世界において適応属性は生まれた時に決定しそれ以降変わる事は無いとされている。こうやって、あとから急にその属性の魔法が使えるようになることは加護を受けた証明にもなるのだ。


「ナオヤ様は普通の魔法も使えたのですね」

「ん? どいう事だ」

「いえ、勇者伝にはそういう記述は出てこなかったものですから」

「あー、そうかー。光属性はシルディア王女が使えたし、その他の魔法は三属性持ちの魔法使いウエルトがパーティーに居た。確かに俺は破壊魔法以外は使う機会が無かったな」

「ウエルト! 偉大なる大魔導士ウエルト・リーデ様ですか」

「あ、ああ」


 成る程、後世ではそんな事になっているのか……。ウエルトはパーティー内では唯一俺が気楽に話せる女性で、人族では最高峰の三属性持ちだったのだ。しかし、その実態は非常に無口な魔法オタクだ。俺の戦闘中に後ろから容赦なく火炎魔法をぶっ放す奴だった。そして、あいつは最終決戦の地アビゲイトで帰らぬ人となったのだ……。



 トンネルの丁度、中心までやって来た。左手側に大きな木製の門がある。


「ほえ~、大きな門ですね」

「ここが鉱山の入り口だ。掘ってきた銀の鉱石をここで台車に乗せて外の精錬所まで運んでたんだ」

「中はどうなってるんですか」

「普通の鉱山だったぞ。ただ鉱脈に沿って掘り進んだからアリの巣みたいなってたな」

「へえー」

「先を急ごう」

「はい」


 鉱山の入り口を過ぎるとトンネルは途端に狭くなった。直径およそ四メートル。丁度馬車一台分の広さになった。壁面もレンガではなく手掘りになっている。上からぴちゃぴちゃと水滴がしたたり落ちて来る。


「何だか怖いです」


 周囲の暗がりからカサカサと蠢く音が聞こえて来る。

 あれはジャイアントスパイダーだ。体長は二十センチ程度なのでまだ幼体だろう。まだ人を襲うサイズではない。そういえばこのルートを使うハンターがいると宿のおかみさんは言っていた。もしかするとここを狩場にしているのかもしれない。


「あ、そうだ、先に言っておくがここで破壊魔法を使うなよ」

「いえ、まだ使い方を知りません」

「使おうと思えば何となく使い方がわかる」

「へ? そうなんですか……。こうですか……」

「だから使うな!」


 俺は思わずオルトの頭をはたいた。


「す、すみません……」

「この魔法は何でも壊してしまうから、狭い場所で使うと崩落の危険があるんだ」

「崩落ですか……」

「ああ、俺も前にこの鉱山で魔物退治を依頼された時、危うく生き埋めになりかけた」

「あ、やっぱり」


 やっぱりという事はあの時の出来事が勇者伝に書いてあるようだ……。あの時、ゴブリンを見つけた俺は破壊魔法を思いっきりぶちかました。だが、その威力は想定外だった。その破壊に坑道が耐え切れず連鎖的に次々と崩落を始め、危うくパーティーが全滅するところだったのだ。いや、若気の至りとは恐ろしい。まあ、俺からすれば一年前の話だけど……。


「ま、まあ、こういう狭い場所で破壊魔法を使う場合は十分注意するんだぞ」

「はい、わかりました」

「よし、行こう。使うなよ」

「はい、大丈夫ですよー」


 俺たちはトンネルの出口の光に向かい急ぎ足で歩んでいった。

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