第21話 正しさと正しさの狭間 【カレン】
【カレン】
何事もなく済めばよかったのですが、あるいはこれもエリナさんの狙い通りなのでしょうか?
いや、そこまで何もかも予想できるはずもないですね。恐らくは、それも有り程度の狙いだったのでしょう。
ここで無理やり引き返して、元来た道を戻るという選択もないわけではありませんが。
「これも社会勉強でしょう」
「なにがだ?」
「すぐにわかります」
この王子は意外と柔軟性が高いので、うまく飲み込んでくれる可能性は十分あります。
ただ、気がかりなのはノエルの評価『真面目、正義感強い、自ら型に嵌るタイプ』でしょうか。飲み込めない可能性も、小さくないのかもしれませんね。
万一の場合は……、信じてますよエリナさん。
川沿いに進み続けると、
「開けた場所があるな」
「そうですね」
森の行く手に光が差し、明らかに木々が途切れています。私の予想が正しければ……
「……! これは……!」
直線的な区画、未処理の切り株、乾燥中の木材、木を引っ張るために、細い丸太を埋められた道、川には簡単な桟橋と、筏状に連結されつつある大きな丸太。
「森を切り開いているんですね」
レミリア様が特に感想もなく、ただの事実を述べます。この方はこの国の最近の政治事情など知らないでしょうから、この現場を見ても特に疑問は持たないでしょうね。
ですが王子はどうでしょうか?
「……」
険しい顔をして、無言で人工的に開かれた土地を見回しています。
「レミリア様には説明が必要だと思います」
「……え?」
何か焦った感じの声でしたが、気のせいでしょう。特に焦るようなこともありませんし。
「今この国では王領森林の開拓が事実上禁止されています。正確にはここ十年ほど新規の開拓許可が下りていません」
「許可が下りない? しかし、政策的に開拓を積極的に進めていると習った覚えがありますが?」
「公式にはそうなっています。ですが、国土開発省が十年ほど前に方針転換しまして、新規許可を『保留』にしているんです。十年間ずっと」
「保留……、それはなぜなのでしょうか?」
「経済的な、あるいは政治的な理由によるものです」
三十年前、マルサンの領地返上を皮切りに、小領主の領地返上ラッシュが発生しました。
発展の遅れていたそれら旧小領地の開発を進めるため、王国は新規の開拓を積極的に進めることになります。国土開発省の設立です。
結果、それまで領主権で守られていた森林が切り開かれ、多くの開拓村が作られました。そして切り開かれた森から伐採された、大量の木材が市場に流れることになりました。
当時は王国全体が好景気に沸いており、多くの建築用木材を必要としていたため、それはむしろ歓迎されていました。
ですが一旦景気が悪化すると、だぶついた木材の価格が一気に下落してしまいます。
木材の販売は大貴族の重要な財源の一つであったため、その価格下落は政治問題化します。彼ら大貴族をなだめるため、国土開発大臣にいわゆる貴族派が就任することになりました。
その新任大臣に期待された役割は、言うまでもなく木材の市場流出阻止です。彼は新規の開拓許可申請を保留するとともに、未着手案件の凍結を決定します。
これにより木材のだぶつきは改善することになったのですが……
「ですが、十年も続けていたら今度は市場に木材が不足するのでは?」
「その通りです。ですが、木材価格が上がって得するのは?」
「大貴族。そういうことですか」
国土開発大臣は貴族派。つまり大貴族の利益を優先するため、開拓停止政策を継続します。それはその後に大臣が交代しても変わりませんでした。
「ですが、木材の不足や価格高騰は国全体にとって不利益なのでは? それに開拓を止めてしまうのも……」
「大貴族には関係ありませんからね」
理解できないという顔をします。それはそうでしょう。自己の利益のために、国全体の利益を損ねることは、ミクラガルズの貴族の常識からは考えられないことです。
この国でも、一般庶民はほとんどなにが起きてるのか知らないでしょう。知っているのは貴族と商人と直接被害を被る開拓農民、それに庶民の中の知識人くらいでしょうか?
「つまり、開拓を進めるために設立された国土開発省が、現在では開拓を止める側に回っているわけです。ばかばかしい話ですよね」
「シオンは知ってたのね」
「一応、自分の滞在している国の、最近の動向は調べてます」
「ふぅん、意外と勉強熱心ね。その国土開発省だけど、今では仕事が無くて左遷部署扱いされてるらしいわね」
レミリア様が困惑しています。
ちなみにノエルは立ったまま寝ています。
「えーと、それでは、現在進行形で森を切り開いているここは?」
「違法伐採です」
「え……」
今まで見つからなかったゴブリン集落が発見された。要するに開拓村の住民の行動範囲が広がったという事で、違法伐採ないし違法開拓を進めているであろうことは容易に想像が出来ます。
育ちの良い王子やレミリア様では、不法行為を想像することは難しかったかもしれませんね。
この村に来るまでは私の考えすぎかもしれないとも思っていましたが、ヘンリーさんの意味深な言葉で確信できてしまいました。
「えっと……、これは、どうするのでしょうか?」
レミリア様が困惑しています。
エベレット王国とミクラガルズ王国の二か国は、この大陸でも特に順法意識が高い国です。
とは言っても、それはあくまで上流階級での事。庶民には現実が優先です。食わねば生きていけないのですから。法律が現実に即してないことなどままある事ですしね。
現在、この国で行われている開拓停止政策などはその典型です。折角、開拓を進めるために整えた法律やお役所が、今では逆に開拓を阻み、各地の開拓村の発展を妨害しているのですから。
現在レミリア様は、違法行為を正さねばならないという意識と、それが正義と言えるか疑問であるという意識、その背反に悩んでいるはずです。
そして、彼の王子も……。
「……ふう。カレン、ヘンリー村を通らずに帰る道はあるか?」
やはりそうなりましたか。
「ここは地形的に袋小路に近いですからね。普通に戻るにはヘンリー村を通る以外ありません。さもなくば山を越える必要があります。手持ちの食糧では若干心許ないですね」
「そうか」
ヘンリー村は北東から流れてくる川沿いの山に囲まれた袋小路、その入り口の様な場所に位置しています。北西方向は川を挟んで山。南東方向も山です。
ヘンリー村を通らずに帰ろうとすれば、南東側の山を越えて、マルサンまでの街道に出るしかありません。当然道などありません。
「まぁ、でももう遅いと思いますよ」
シオンが肩を竦めます。
「ひょっとして見張りが居ました? 私は気づかなかったけど」
「はい、村の方に走って行きました」
シオンとハヤテが見たというなら間違いないでしょう。
然程も待つ必要もなく村人たちが現れます。二十人以上いますね。直ぐ近くで待機していたようです。
その中からヘンリーさんが進み出てきました。肩には鞘に入れたままの幅広の剣を担いでいます。
「よう、ウース。どうした、なんか変なもんでも見つけたか?」
「ヘンリー」
村人たちの表情は、困った顔、不安そうな顔、気負った顔、無表情と様々です。
ヘンリーさんは普段と変わりませんね。
一方の私達は……
厳しい顔で見返す王子。
青褪めているレミリア様。
レミリア様の前に出るシルバ。
飄々として動揺を見せないシオン。
寝ているノエル。
……いや、流石にもう起きなさいよ。
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