第25話 ただ寄り添う 【シオン】
【シオン・ゲイル・ケレスティア】
レミリアさんとの出会いは五年前の夜会でのことだった。
不本意ながら親に連れられて参加した夜会は、九歳の僕の目には酷く馬鹿馬鹿しく、無意味なものに映った。
そもそも大金を掛けて多忙な人々を集めておきながら、やっていることは外交や内政の情報交換や根回しなのだ。その程度の事ならもっと効率的なやり方がいくらでもあるのではないだろうか?
エルフが人族の真似をして、エルフ諸部族の連合国家であるミクラガルズ連合王国を建ててから、わずか三百五十年ほどしか経っていない。王族も貴族も、ようやく最初の世代が交代し始めたところだ。
歴史が浅いため、貴族の役割や習慣と言ったものは、そのほとんどが人族、主にエベレット王国のものを参考にしたものだった。要するに俄かなのだ。人族に舐められないために必要だとはいえ、洗練には程遠い。
無論、エルフの寿命の長さのおかげで、個人個人の技術の洗練は極まっている。だけど、制度全体としては洗練からほど遠い。人族と寿命が異なるエルフには、もっと適した形が他にあるはずなのだ。
――――――
人族の子供は夜会には連れてこられないと聞く。ではなぜ僕はここにいるのだろう?
それは『子供はすぐ大きくなるし、もうそろそろいいんじゃないか?』という、父の大雑把な判断の結果だ。
ミクラガルズのエルフ貴族は少ない。その子供はもっと少ない。夜会に連れてこられる子供に至っては皆無に等しい。同世代の子供のいないこの場で、僕は完全に手持無沙汰となっていた。もう料理を楽しむか、人間観察くらいしかやることがない。
「シオン、グラースのレミリアーヌ殿も参加しているようだぞ? 同世代同士少し話をしてきたらどうだ?」
「はい、そうですね。探してみます」
父の言葉に表面上はにこやかに答えた。だが内心はうんざりだ。
グラース公家のレミリアーヌ殿は十四歳。五歳も年上ではないか。
子供にとって五歳の年齢差はとても大きい。同世代とはとても思えない。
大人は子供の頃の年齢差が、どんなものだったのか忘れ去っているから困る。もっとも、当人にとっては何百年も前の事なので、仕方ないのかもしれないが。
そんなことを考えながら会場を見て回る。一応は声を掛けたという事実ぐらいは作っておかないと。
そもそも夜会で子供を一人にして良いのだろうか? 人族なら一人にしないだろう。そもそも夜会に参加させない。まぁそれはいいか、今更だし。
見つからない。
黒髪のエルフ少女など、そうそう見落とすはずがないのに。
もう諦めようか、そう思って会場の隅のテーブルに並べられた、あまり手を付けられていない料理に目を移す。これも、残りは使用人に下げ渡されるとはいえ、ひどく無駄だ。いや、使用人たちは喜んでるから良いのかな?
そこで違和感に気が付いた。
そこは人の気配が――音があまりにもなさすぎた。
エルフは耳が良い。ゆえに、壁に反射した音や声も容易に拾ってしまう。
それは普段の生活では大抵は意味を成さないが、あるべき方向から何も聞こえない場合に、とても大きな違和感を生じてしまうのだ。
会場の様々の声や騒音のため、その一角によほど近づかなければ気付かない違和感ではあった。
時折通りかかった人が首をひねっているのは、違和感を感じつつもその違和感が何かわからないのだろう。
そこに一体何があるのだろうか?
違和感の原因となっている一角に近づく。
と、わずかな魔力的な違和感を感じた。幕のようなそれに手を触れ魔力で干渉してみると、それはパキリと薄氷が割れるような音とともに消え去った。
そこに、一人の黒髪の少女が現れた。
抜けるような白い肌、絹糸の様な漆黒の黒髪、黒に近い赤眼、エルフとしてもひと際目立つ怜悧な美貌。
しかし……。
それを台無しにするように……。
満面の笑みを浮かべ、大きく口を開け、やけに大きく切り分けたケーキを頬張っていた。
一応フォークは使っているものの、貴族令嬢らしからぬなんともはしたない仕草だ。
安心しきった顔でもぐもぐとケーキを咀嚼し続ける。結界が壊れ、こちらから見えてしまっている事には全く気付いていないようだ。
いや、こちらに目を向けた。笑顔で手を振ってくる。
ん? 見られてることに気付いていないと思ったのだけど、違ったのだろうか?
でもそれにしては、なんというか……、無防備すぎるのでは?
とりあえず手を振り返す。
瞬間、少女の顔がこわばって、振っていた手の動きが止まる。
あ、やっぱり結界が壊れたことには気付いてなかったのか。
その後は少女が走って逃げだし、関係者らしき女性が猛烈な勢いで追いかけるという、貴族社会ではあり得ない光景を目の当たりにすることになった。
「くすっ」
自分が発した声で、知らず知らずのうちに笑っていたことに気が付いた。
そうか、彼女がレミリアーヌか。
――――――
「出奔?」
グラース公爵家からレミリアーヌ嬢が出奔したことを知ったのは、彼女が家を出た一月後の事だった。
「ひょっとして、僕との婚約を嫌がっての事ですか?」
表面上平然としてる風を装いつつ、背中は盛大に冷や汗をかいていた。
彼女との婚約は、年代的にそうなるだろうとは予想していたけれど、実際に話が出たとき、自分が喜んでいることに正直驚いた。
改めて彼女の事について、自分の内心に問いかけてみる。おそらく二年前のあの時から好ましく感じていたようだ。
そして今、彼女がむしろそれを嫌って出奔したのではないか、という疑いが生じたことに、焦りとともに絶望的な気分になっていた。
「さて、どうだろうな。そもそもお前とはほとんど顔を合わせたこともないだろう? 嫌われた覚えがあるのか?」
「いえ、そのようなことは。そもそも会話を交わしたこともありません」
父の疑問は当然だ。あれ以来時折見かけることはあっても、会話する機会はついぞなかった。正式に婚約することになれば、それから仲を深めればよいと悠長に構えていたのだ。内心馬鹿にしていたエルフ的悠長さに、自分自身も嵌っていたことに若干落ち込む。
「ん? 話したこともなかったのか? なのになぜそんなに焦ってる?」
内心を見透かされたことにぎくりとする。そんなに分かりやすいだろうか?
「ははーん。なるほどな」
にやにや顔の父に苛立つ。
「何も行動を起こしていない奴は後悔する権利すらないぞ?」
「分かっています」
「それなら……、ふむ」
思案気な父。何か妙なことを考えていそうだ。
「シオン、お前レミリアーヌ嬢を追いかけて出奔したらどうだ?」
「は?」
出奔とは勝手に家を出ることだろう。当主に言われてやるものではない。
「元々うちの家系は嫁さんを外から連れてくるのが習わしでな。立場が変わってしまってそうも言ってられなくなったが……、お前の母を連れてきた時も大変だったなぁ」
母は遥か東方の孤立したエルフ部族から、父が口説き落として連れ帰ってきた人だった。父は自分の立場を黙っていたらしく、この地に辿り着いてから『貴族!? そんなこと聞いてないぞ!?』と大騒動になったとか。
父の大雑把さ、突飛さは昔から変わらないという事なのだろう。
今僕に出奔を勧めるのも、その突飛さから出たものと考えると笑えないが。
「丁度良いじゃないか。自分の力で嫁さんを勝ち取ってこい」
本当に何を言っているのだろうこの人は。仮にも公爵だろう。がははと笑う父に呆れる。
だが……。
「分かりました。では早速明日にでも」
「よし、頑張れよ」
周囲に控えていた執事や侍女が慌てる中、僕は『出奔』とやらの準備のため自室へ戻る。
レミリアーヌ嬢は冒険者になったと聞いた。
ならば僕も冒険者になるとしよう。
――――――
再会した彼女は相変わらず興味深かった。
あからさまに尾行してる男たちを路地裏に誘って一網打尽にしようとしている時点で、もう普通の令嬢ではない。
婚約の話を聞いて慌てて奇妙な踊りを始めたり、赤くなったりするのも、見ていて飽きない。
かと思うと、普段はまるで完璧な令嬢であるかのように振る舞って隙を見せない。
どうやら周囲で起こることが、彼女の想定可能な範囲内である限りは、その立ち居振る舞いは鉄壁であるようだ。
その代わり、想定外の事が起きるとあっさり化けの皮がはがれてしまう。
無口なのもぼろが出ないようにという防衛策なのだろうか?
そしてその弓の腕前。天才というやつだろうか?
それを自慢気に披露するのが微笑ましい。
そして、
村人との対峙。
普段崩れない表情が、困惑と懊悩に揺れていた。
逃げようとしているわけではないだろう。彼女は友人知人を見捨てて逃げられるほど器用ではない。
そもそも、本気で戦えば逃げる必要すらないのだ。
だがもしそれを実行すればその結果は……。
エリナさんが事態を収拾した後の感情の抜け落ちた痛々しい顔。
僕の想像が正しければ、シルバに村人の排除を命じようとしたのだろう。そしてそれを理由に自身を責めているのだろう。
だが、それだけではない気がする。その僕には分からないものこそが、彼女の核心なのではないかという予感がある。
今の僕にはどうするのが正しいのかは分からない。
だから今はただ寄り添う。
いずれ、真に彼女を理解できる日が来るのを信じて。
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