第24話 野良猫の思い出と真夜中の会話

【レミリアーヌ・エリシス・グラース】

 村長さんの家の隅っこで、寝っ転がったシルバと一緒にうずくまり、ぼーっと床を見つめる。

 村人は気味悪がって近寄りもしない。心配気な様子を見せる人もいるが、特に親しくもない客人なので声を掛けられないようだった。


「レミリア様、少しでもお食事をとってくださいませんか」


 私の様子に困惑しているカレンさんが、恐る恐るお皿を差し出す。


「申し訳ありません。食欲がないのです」


 カレンさんがとぼとぼと引き返す。

 悪いことをしてしまった。でも本当に食欲がないのだ。

 なまじ力を持っているばっかりに、短絡的な解決方法を選んでしまっていた。

 もう少しで、大虐殺を引き起こすところだった。

 それも自分の手は汚さず、シルバに命じてだ。

 エリナ姉様が止めてくれたのは、本当にたまたまだった。今回のようなことは二度とないだろう。

 皆に言われて渋々同席しているが、私はこの場にいる資格がない。

 なにしろ、ここにいる人の何割かを私は殺しかけたのだから。


 私は冒険者に向いていないのだろうか? 向いてる向いていないであれば、向いていないだろう。能力的なものはあると自負しているが、心が弱すぎる。

 例えばひいおじい様なら、たぶん眼力一つであの場を押さえて見せただろう。そして、その後に全員が幸せになれる解決策を力業で成し遂げたはずだ。

 それが世間で『魔王』と呼ばれている人の真実の姿だ。


 では私は?

 実のところ、私が容姿の点でいろいろ言われている事は知っていた、やれ魔王の娘だの(娘じゃなくて曾孫だっての)、魔性の吸血種だの、闇の眷属だの。

 その原因がひいおじい様にあったのは明らかだったので、若干恨みに思っているところがあった。ひいおじい様が昔やり過ぎなければ、私にももうちょっとお友達が増えたんじゃないかと。

 とんでもない間違いだった。

 私には……、いや、私にこそ『魔王』の資質があったのだ。

 でなければ、あんな簡単に人を殺すことを決断できるはずがないではないか。


「ふぅ……」


 人前で落ち込んで見せて、他人に心配させていることも、自己嫌悪を加速させていた。

 こうして自分の殻にこもっていると、前世の学生時代を思い出す。


――――――


 本当の両親は物心がつく前に居なくなっていた。

 事故だったのか、災害だったのか、何か理由があったのは確かだが、はっきりとしたことは分からなかった。育ての親である叔父夫婦も教えてくれなかった。

 ただ、財産だけはあったようで、それ目当てだろう、渋々私を育ててくれた。

 叔父夫婦からは愛情というものを受けた覚えがない。

 物心つくころには、庭の離れに一人で住まわされ、物的、金銭的不自由は無いものの、身の周りの事は全て自分でやらねばならない環境に置かれていた。


 だが、それも大学入学前までだった。

 叔父夫婦が夜逃げしたのだ。私一人を置き去りにして。

 事業で失敗した叔父夫婦は、私の親の遺産に手を付けて、それでも足りずに逃げた。

 捨て置かれたこと、それ自体には特に感慨はなかった。ただ、唯一の実の親の残したものと言える遺産の大半を奪っていった事にはひどく腹が立った。


 遺産やらなんやらの処理をしてくれた弁護士さんが酷く良い人で、その後に起こった様々な面倒事を片付けてくれた。未熟者だった私は、当時は気が付かなかったが、今ではとても感謝している。

 いくらか残った遺産を正式に引き継いで、大学に通い始めた私はすっかり人間不信になり、周りからの干渉を拒絶するようになった。

 叔父夫婦に捨てられたことなど気にしていないつもりだったが、今思えばそれなりにショックだったのかもしれない。

 大学では人を拒絶する様子から『野良猫ちゃん』などという、あだ名で呼ばれていたようだ。近づくと威嚇して逃げるから。ぴったりだね。

 ひたすら殻にこもって、残った遺産で学費と生活費を払って、勉強だけに専念していた四年間。孤独だったが、当時の私にとってはそれはごく普通の事だったので、辛さなどは全く感じなかった。


 嘘だ。

 私は自分がなぜ一人なのか、どうすれば一人でなくなるのか、何も理解できず、どうすれば良いかもわからず、足掻くことすら知らないだけだった。

 大学卒業間際、知らず疲弊していた心がそうさせたのか、私に関わろうとする何人かの学友を受け入れてしまった。


 卒業式の前日、床屋で髪を切ってもらおうとしていた私を見つけ、必死に引き留める学友たち。

 胡乱気な目で見返す『野良猫』こと私。

 苦笑して見送る床屋のご主人。

 猫をお風呂に入れるような騒動を経て、どうやったのか予約一杯のはずの美容院に放り込まれた私は、生まれて初めて、おしゃれの為の髪型というものを知った。

 卒業式で一緒に写真を撮り、他愛のないおしゃべりをして……、それは、彼女たちからすればごく当たり前の事で、交友と言うにも値しない事だったのかもしれない。


 その後しばらく、SNSを通じたそっけないやり取りが続いたが、四月に入って、各々が就職先で新社会人として働き始めるとそれも途絶えた。

 就職後、私自身愕然としたのだが、私の真の姿は野良猫などではなく、ただの殻を失ったヒヨコだった。あの姿を学友たちが見たらなんと言っただろう?

 そしてあの日、会社でスマホにSNSの着信音がしたとき、私は動揺するとともに、確かに歓喜していた。

 就業中はみちゃダメ。

 帰宅中も歩きスマホはダメ。

 家に帰ってから確認しよう。

 色々自分に言い訳しながら、確認を先送りしていた私は、その日の帰り道のひったくり事件で死亡し、その機会を永久に失った。

 無視することになってしまい、学友たちに悪いことをしてしまっただろうか?

 それともたいしたことのないメッセージだったのだろうか。さほど気にしていないのだろうか。


 もし叶うなら一言だけ、言葉を伝えたい。

 私が今こうして人並みの心を持てている、少なくともそのつもりになっているのは、たぶんあなた達のおかげだよ。


――――――


 深く沈んでいた意識が浮上する。

 なぜか隣にシオン君がいた。


「おはようございます」


 僅かな明かりを残して暗くなった部屋。すっかり宴はお開きになって、周りには誰もいなかった。

 私がもたれ掛かっていたシルバは、そのまま眠っていた。ごめんね、付き合わせちゃって。


「まだ、おはようという時刻ではないのでは?」


 体内時間の感覚的には午前三時といったところだろうか。


「いずれ夜は明けます」


 ただの事実を述べた言葉。だが違う意味を込めたようにも思えた。


「正直、僕にはレミリアさんがなぜ落ち込んでいるのか分かりません。少し想像はできますが、悔しいことに確信が持てません」


 それはそうだろう。私は何も言わずに勝手に落ち込んでいるのだ。付き合いの短いシオン君が正確に言い当てられたら、むしろびっくりだ。


「シオン君は、私が冒険者を辞めたら嬉しいですか?」


 婚約予定者を追いかけてきたと言ったシオン君。それはつまり連れ戻したいという事だろう。

 だけど、シオン君は難しそうな顔をする。


「辞めたいんですか?」

「……」


 辞めたいわけではない。辞めるべきかもしれないとは思ってはいる。


「少なくとも、今レミリアさんが冒険者を辞めることは、あまり良い事とは思えません」

「なぜ?」


 困り顔だ。


「どう見ても不本意そうなので」

「不本意?」


 顔に出ていた? ほっぺをムニムニする。

 でも、そもそも不本意だと思っているのだろうか私は?

 ちょっと違う気がする。

 どちらかと言うと、続けてはならないと感じているのだ。

 ん? それは不本意なのか?

 分からない。

 頭がぐるぐるだ。


「今の僕は未熟ですが、それでも分かる事があります」

「分かる事?」


 ニコリと笑う。うっ、眩しっ!


「僕はもっとレミリアさんと一緒に、冒険者を続けたいと思っています」

「……」


 それは分かることと言うより、君が思っていることでは?


「うーん」


 思わず苦笑してしまう。


「そして、レミリアさんもいずれ、僕に対してそう思ってくれるはずです」


 続きがあった。

 なるほど? 何がなるほどなのか分からないけど。

 ただ、分かる事もある。


「ありがとう」


 彼は彼なりに、私を慰めようとしてくれているのだろう。

 お礼は言わないとね。


「う……」


 真っ赤になったシオン君が目を逸らす。失礼だな。私なんか変な顔した?

 ほっぺをムニムニ。

 なんかちょっと頬が暖かくなっている気がした。

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