第23話 希望と失望と
【レミリアーヌ・エリシス・グラース】
「そこまでっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
突如どこからともなく響いた天地を圧する大音声が全員の動きを止める。私の言葉など完全に掻き消された。
キーンと耳鳴りがする。
村人の中にはそのまま失神して倒れる者すらいた。
あ、魔術詠唱中の無防備状態で聞いたカレンさんも失神しかけてる。
「シルバ、カレンさんを!」
う? 私ちゃんと声出てる? 耳がおかしくてよく分らない。
でもシルバは動いてくれてる。
シルバは倒れ込むカレンさんを背中でうまく受け止めてくれた。良かった。
「うっさいなぁ、エリナやっと来たの?」
立ったまま寝ていたノエルさんが、突然現れた人影に話しかける。
エリナ姉様だ。眼鏡かけてる。
「あなたはもうちょっと真面目にやりなさい」
「うー?」
ぽんぽんと頭と叩かれたノエルさんが不満そうに唸り声を上げる。
「レミリア、頑張ったわね」
おなじくぽんぽんと優しく私の頭を叩く。優しい笑顔だ。
頑張った? 何にもしてないんだけど。頭ぐるぐるしてただけだよね私。
「シオンはレミリアの事が本気なら、もうちょっと修業が必要ね」
「……はい」
え、何の事?
エリナ姉様はそのまま進んでカレンさんの傍ら迄進む。
「あなたは……、なんだかんだ言って世話焼きよね」
「うう……」
「もう少し寝てなさい」
そしてウーちゃんの横まで進むと、脳天にチョップをいれる。
「うっ……」
「あなた、本当に頭固いわね」
「……」
叩いて固かったって意味じゃないよね? 流石の私にもわかるよそれは。
「視野が狭い。結論が短絡的。地頭は良いし、度量もあるのに何でそうなるのかしらね」
そう言うと肩をすくめる。
そして、気勢を削がれ立ち尽くしていたヘンリーさんに向き直る。
「一体なんなんだ、あんた」
エリナさんはそれには直接答えず、手提げ鞄から巻いた羊皮紙を取り出して、その封印をヘンリーさんの方へ向ける。
「ヘンリーさん、これが何かわかりますか?」
それを目にして唖然とするヘンリーさん。
「それは……、まさか王家の……」
書類の封印はこちらからは見えないけど、なんか王家と分かる紋章かなんかが貼ってあるのだろうか?
「これは綸旨です。開拓士ヘンリー、国王陛下からのお言葉です。謹んで拝聴するように」
「は……」
綸旨とは君主の言葉、意思を文章化したものだ。この国では半公式文章的な扱いとなる。
つまり、ここでは国王陛下がヘンリーさんにお言葉を賜るという事である。平民には結構大変なことだ。現にあまりの事にヘンリーさんが絶句している。
「私は陛下からの名代という事になります。皆さんも出来るだけで良いのでその場で畏まってください」
「ははーっ!」
真っ先にヘンリーさんがその場に跪く。随分と王様に対する敬意が深いようだ。
「陛下の?」
ウーちゃんが困惑しつつも片膝をついて跪く。
村人たちも困惑しつつヘンリーさんに倣って跪く。
カレンさんがシルバから身を起こしてよろよろと座り込む。
驚いたことにノエルさんは真っ先に地面に正座していた。神官の作法だろうか?
シオン君と私も遅れて片膝をついて跪く。
それを見渡したエリナ姉様が、微笑を浮かべると、書類の封を切って広げる。
両手をまっすぐに伸ばして開いた書類を読み上げ始めるエリナ姉様。
……多分、眼鏡が無いと書類に顔を近づけないと読めないよね。エリナ姉様って目が悪いから。そうなると恰好悪いので、最初から眼鏡かけてたんだね。用意周到。
「前書きは……、回りくどいうえにあまり意味がないので省略しますね。さて、『開拓士ヘンリー、二十五年に及ぶ国土開発の労、まことに大儀である。並びにヘンリー村の村民挙げての王領森林への自主的管理、まことに殊勝である。これらの功績、労苦を鑑み、余はここに開拓士ヘンリーを名誉勲爵士に叙するものとする。また、先年よりヘンリー村から申請のあった王領森林の開拓を許可するとともに、その土地、樹木、産物をヘンリー村へ下賜するものとする。帝国歴三百四十八年一月十二日。エベレット王国国王ヨハン・カルパンティエ』」
ヘンリーさんが茫然としている。
「名誉勲爵士……、俺が?」
名誉勲爵士というのは、その名の通り名誉称号だ。一代限りで世襲は出来ず、年金も付かないが、形式的とはいえ一応準貴族という扱いになる。
例えば大きな商会の当主が引退後に与えられたりするものだ。
その価値の受け取り方は人それぞれだけど、ヘンリーさんにとっては茫然自失となる程度にはありがたいもののようだ。
「下賜される土地の詳細は、マルサンの代官と詰めてくださいね。概ね申請通りになると思いますけど。ところで」
エリナさんが、改めてヘンリーさんを見つめる。
「ヘンリーさん、あなた先ほど自分一人が死ぬことで事を収めようとしていましたね?」
「は……」
一人で死ぬ? どういうことだろう?
ヘンリーさんにとっても、茫然としているうえの不意打ちの言葉だったのだろう。素で驚いている。
「いえ、それは、その……」
動揺したヘンリーさんは口ごもる。
さっき弓を構えていた第一村人のお爺さんが、ヘンリーさんの肩を叩く。
「ヘンリー、こうなっては隠すことでもねぇだろ」
「ベン……、それはそうだが」
ヘンリーさんが覚悟を決めた顔をする。
「はい、その通りでございます」
エリナ姉様が頷く。
「散々脅したあげく、真っ先に切り込んで、そこのウースと斬り合いを演じ、殺されて見せる。ヘンリーさんを手に掛けたウースは、罪悪感か恐怖感かは分かりませんが、戦いを収め、告発をやめてくれる可能性が出てくる。その可能性に賭けた。当たらずとも遠からずでは?」
「概ねその通りで」
「ヘンリーが死んだあとは、儂が何とかこの場を収めるという手はずでしてな」
第一村人ことベンさんが言葉を継ぐ。
そう言えばこの人、カレンさんを弓で狙ってたけど、結局矢を放たなかったな。そういう事だったのか。
「ヘンリーはこう申しておりました。他の四人はともかく、ウースという若者は立場上、村の不正行為を見逃すことが出来ないかもしれぬ。だが心根の良い若者であり、自分が真っ先に死んで見せれば、曲げて口をつぐんでくれるかもしれぬ。罪悪感を突くやり口で悪いが、と」
「親父! まさか尻拭いってのはそういう意味だったのか!?」
村長さんが困惑と驚きとない交ぜになった表情で叫ぶ。
「なんで……、俺のせいか……」
「ちっ、ばつが悪いってもんじゃねぇな。生き残った挙句、ネタばらしされるとは……」
本当にばつが悪そうに表情で悪態をつく。
しかしそうだったのか……、だとするとカレンさんの魔術はかなり計算外の事だったのだろう。あの焦り方は本気だったようだ。
「私も全員失神させて場を収めるつもりだったんですけどね」
カレンさんが少しふらつきながらも立ち上がる。
「失神ですか?」
「はい、雷霆魔術の威力を押さえて、ショックで失神させる術があるんです。……まぁ運が悪いと心臓が止まっちゃいますけど」
「はっはっは、私がいれば心臓が止まるくらいならどうとでもなるよ」
「不本意ながら、その時は期待してたわ」
ふんぞり返るノエルさんと、不本意そうなカレンさん。
そうか、殺すつもりなんてなかったのか……。
え……、じゃあ……?
相手を殺そうとしていたのは、私……だけ?
その後、予想もしなかった大団円に沸く村民たちは、村に戻って宴会の準備を始めた。
村長さんの家でぎゅうぎゅう詰めで行われたその会には、私たちもお呼ばれした。
ウスターシュ殿下は遠慮しようとしたが、ヘンリーさんに引っ張り出され一緒にたらふく酒を飲まされたようだ。
私は……、会場の隅っこで、ただただ自分自身に失望していた。
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