第22話 頭ぐるぐる
【レミリアーヌ・エリシス・グラース】
正直、もう何が何やら。
うちの国の常識とかけ離れすぎてて、頭がこんがらがってる所にヘンリーさんたちの登場である。
政治的な話は勘弁してほしい。ほんとよく分らないから。
頭で理屈は理解できるんだけど、心が理解を拒否するというか、なんていうんだろう? 『腑に落ちない』の十倍! な感じ。
で、聞いた話を要約すると……
◎ ヘンリーさん達は開拓して村を農地を広げたい。
◎ 国は禁止してる。
◎ ヘンリーさん達は生活が賭かってる。
◎ 国は特に正当な理由なく、貴族が私利私欲で禁止してる。
うんこれは、考えるまでもなくヘンリーさん達の勝ち!
うちの実家でこんな事があったら、ひいおじい様がその貴族をぶん殴って、おじい様が双方をなだめて、お父様が後始末する。そんな感じだろうなぁ。うん、半月もかからず解決しそう。
まぁでもそういう訳にもいかないんだろうなぁ、この国じゃ。面倒くさいなぁ……
で、現在の状況だけど、これはウーちゃんが告発しようとしてて、ヘンリーさん達は阻止したい。で良いんだよね?
「ヘンリー、なぜこんなことを?」
「簡単さ、人が増えれば食っていく為に農地が必要だ。特に次男三男を独立させるための土地がな」
「違う方法だってあっただろう」
「若い奴らは口減らしに村を出ていけってか? 外に出たところで、街に仕事を持てるコネなんて滅多にねぇ。だからと言って、誰もがお前らみたいに冒険者みたいなやくざな仕事ができるわけでもねぇ。外に出ていけないやつの為に新しい土地が必要なんだよ」
「土地だって有限だ。今うまく行ったとしても、いつか限界が来るじゃないか」
「それがどうした? 百年先の話なんて俺はしてねぇぞ?」
「……」
そりゃそうだ。百年先は国の偉い人が考える事であって、農民は目先の事を考えれば良いのだ。良い悪いではなく、役割の話だ。
「んでだ。おめぇはこのことを国に告発する気か?」
ヘンリーさんが切り株に腰かけて、ウーちゃんに問いかける。
「……口で告発しないと言って信じるのか?」
「信じるさ」
「……」
この人男前だなぁ。信じるって即答だよ。ここまで言われたら、ウーちゃんも口先だけでこの場を逃れるようなことは出来ないだろう。
男なら? 多分? きっと? すいません、分かったようなこと言ってますが私って女子なんで、いまいち断言しきれません。
「悪いが告発はさせてもらう」
だと思った。
というか、ヘンリーさんは知らないだけで、実は既に国に知られたも同然なんだよね、ウーちゃん王族(笑)だし。笑い事じゃない。
「そんな! やめてくれ! あんたらの中にも農村出身者はいるんだろう?」
ヘンリーさんの隣で、村長のフィリップさんが青褪めた顔で懇願する。
んー、農村出身者……?
まず王族がひとり、貴族がふたり、元孤児がふたり……、居ないじゃん。
「よせ、フィリップ。こいつ等の振る舞いを見てれば分かる。全員上流階級出身だ」
「そんな……」
ん? 全員?
「だから言っただろう、面倒なことになるってな。もっとも、百回冒険者を呼んで、そのうち九十は気づきもしなかっただろう。九は気づいても見ないふりをするか、小銭をせびるくらいで終わっていただろう。こいつらは残り最後の一つだ。フィリップ、おめぇのくじ運も相当だな。はっはっは」
「……」
ヘンリーさんが豪快に笑い、村長さんが暗い顔をする。
えっと、全員上流階級ってわけじゃないんだけど、それを指摘するのは……、空気読めって言われるよね? やめとくか。カレンさんもノエルさんも黙ってるし……、ノエルさん寝とる。まじか。
「嬢ちゃんたちも告発する方か? そうでないなら見逃すが」
「多分、残りの四人は告発しなくても良いと思ってます。ですが、そこのおバカさんを見捨てるわけにもいかないので」
「まぁそうだわな。それが仲間だ。例え馬鹿でも、どうしようもないとんちき野郎でも、何もせず見捨てるなんざ、冒険者のやる事じゃねぇ」
ウーちゃんが暗い目をしてヘンリーさんを睨む。
あれ?
これどっかで見た覚えがあるぞ?
「勝てるつもりか? こちらはゴブリン四十体を無傷で討伐してきたんだぞ? 一年も手を出しかねていたあんたらが、勝てるはずがないだろう」
あ、そうだ。思い出した。例の婚約破棄騒動の時のウーちゃんの目だ。
この旅の間中ずっと違和感があったんだよね。ウーちゃんは結構楽しそうで、あの時の『ウスターシュ殿下』とは、どうにもイメージが一致しなかったんだ。
でも今はあの時の彼だ。ウーちゃんではなくウスターシュ殿下だ。
そして、多分これはあんまり良い事じゃない気がする。
「そうさな、勝てんだろうな」
「なら……」
「だが、あんたらも人間相手に殺し合いなんて、やったことないだろう」
「……」
「親父……、本当にやるのか?」
槍を持った村長さんが不安そうにヘンリーさんに問う。へっぴり腰だ。戦いなんてやったことないのだろう。
「言っただろう。こういう事になったら、やるかやられるかだと。負ければ村ごと破滅だってな」
「まさか、本当に……」
目をつむった村長さんが後悔をにじませた声で呻く。
「安心しろ、尻拭いはしてやるさ」
ヘンリーさんが優しい声で村長さんを慰める。これが親か……
「さて、こっちも命が賭かっている。自分だけじゃねぇ、家族の命もだ。そして四半世紀死ぬ思いをして作り上げた村が賭かってる。坊ちゃん嬢ちゃんが簡単に勝てるとは思わんことだ」
「……」
「昔、余計なお節介で命を落とした奴を見たって言ったろ? そいつもひょんなことで村を一つ潰す羽目になった。死ぬほど後悔して何年も飲んだくれてたよ。で、ようやく立ち直って、きれいな嫁さんを貰って、これからって時に……、街を歩いてるところを背中から刺されて死んだ」
ヘンリーさんが切り株から立ち上がる。
「そいつが刺されたのがたまたま俺の目の前でな、俺は犯人の呪詛の声を聴いちまった。犯人は潰れた村からスラムに流れ着いたガキだった。……みんな死んだ、お前のせいで死んだ、お前が幸福を手にする時を、この時を待っていた。逃げられると思ったら大間違いだ。お前は何も手にすることはない。ここで全てを失って死ね。……ってな」
ヘンリーさんは暗い瞳でウーちゃんを睨む。
「俺はその時まで呪いなんてものは信じちゃいなかった。だが大間違いだった。呪いってのは不思議な魔法の力なんかじゃなく、人間の怨念によって叶えられるんだ。この戦、十中八九はお前が勝つのだろう。だが俺たちの怨念は死ぬまでお前を苦しめる」
ヘンリーさんがゆらりと近づいてくる。
他の村人は青褪めながらも、包囲を狭めてくる。ヘンリーさんが事前に散々脅したのか、それとも今の怨念話に呑まれてしまったのか。
うーん、本当に戦うの?
逃げるという手もありそうだけど、結構不確定要素が多い。
私だけなら余裕で逃げられる。多分ウーちゃんも。
でもカレンさんやノエルさんが逃げられるかが分からない。シオン君もなんだかんだいって子供だから体力に不安がある。
不確定要素に頼るよりは、実力行使の方が確実だろう。
だから、私が本気になれば……、シルバに命じてしまえば……、いや、でも流石にそれは……。
「本当に良いのですか?」
カレンさんが冷たい視線でウーちゃんを射抜きつつ問う。
「一時とはいえ、仲間となった私たちの命を、自らの矜持のために天秤に掛けると? 大した罪を犯したわけではない村人を路頭に迷わせ、殺すことを良しとすると?」
「……すまん」
「はぁ、ちょっとは見所があると思ってたんですけどね。見込み違いでしたね」
カレンさんは、深々とため息をついて一歩前に出ると、両手を広げて体内魔力を高めていく。
そして、両腕を折りたたむ様に胸の前で揃える。掌を上にした右手は胸の前に、杖を握った左手は右手のすぐ上に。そうしてちょうど、杖の先は村人たちの方に向く。
「
カレンさんを中心に六つの金色の魔方陣が出現する。
カレンさんが杖を振ると、六つそれぞれが上下二枚の銀色の魔方陣に分裂する。
下側の六つの魔方陣はそのまま地面に吸い込まれるように消え、上側の六つは空高く舞い上がる。
「まずい! 大魔術だ! させるな! 魔術師を狙え!」
陽荷と負荷……、電撃? だとすると、サイエス派魔術師の奥義『雷霆』!
属性魔術師たちが長年夢見て果たせずにいる、古の大魔法使いの雷魔法の限定再現! いつのまにそんな大魔術を習得していたの!?
これはまさか、カレンさんはヘンリーさん達を皆殺しにするつもり!?
「あ……」
駄目、そんなことさせられない……!
私が、私がシルバに命じさえすれば……!
シルバが振り向いて、良いのか? という目で見返してくる。
「う……」
でも、殺す? ヘンリーさん達を? 私が?
今の事態は、私にとってはあまりにも急展開過ぎてついていけない。
だけど現実は待ってくれない。
この村で最初に話しかけたおじいさんが弓に矢をつがえてカレンさんを狙う。
自分にもできることがあるのに、罪を恐れて躊躇ってしまう。
自分が罪を逃れるために、お友達に罪を背負わせるの?
他にもっと良い、誰もが幸せになれる方法があるのでは?
ヘンリーさんが走り込んでくる。
いや、もしあったとしても、今すぐここで出来なければ何の意味もない。
なんでこんなことに。
ああ、頭がぐちゃぐちゃだ。
早く、早くしないとカレンさんが、
「シルバ……!!」
最後の命令を絞り出すように叫ぶ。
私は……!
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