第26話 帰り道にて 【カレン】
【カレン】
不本意ながら、シオンにレミリア様の事を任せて眠った翌朝、村人に見送られながら私たちはマルサンへ向け出発した。
「エリナさん、勢いで誤魔化してましたけど、これっていわゆる『水瓶を用意してからマッチを擦る』ってやつですよね?」
「あはは、そうねぇ」
悪びれもせず朗らかに笑うエリナさん。全く罪悪感がないようです。
「でも、あの村が法を犯していたことは事実だし、昨今の政治情勢を憂慮していた国王陛下が、思い切った手を打とうとしていたことも事実よぉ」
「はあ」
「依頼を見つけた時、ひょっとしてと思ってロド君に調べてもらったんだけど、案の上でねぇ。万が一の場合に問題を収めるため、開拓許可を出させようとしたんだけど、当然開拓省は動かないしぃ、勅令出させようとしたら侍従長が渋るしぃ、本当に大変だったんだからぁ」
「勅令は無理ですよね。私でもわかりますよ」
「まぁそうね。だけど陛下の強い意志ということで綸旨という形で手を打ったわけ。今頃は王宮内で貴族派同士でやりあって大騒ぎよぉ」
「貴族派同士ですか?」
開拓許可を止めていたのは貴族派です。それとやりあうのは反対派閥の王党派なのでは?
「貴族派内でも、現状はいくらなんでもやりすぎだって意見は、年々大きくなっていたの。それが今回の綸旨で一気に情勢が傾くって寸法なのよぉ」
「はあ」
よく分りませんが、貴族派内でも開拓について規制派と緩和派が分かれていたという感じでしょうか。政治ゲームに付き合わされる側の庶民としては、良い迷惑ですね。
「それで、大騒ぎした成果はあったんですか?」
「そうねぇ」
エリナさんが大馬鹿王子に視線を向けます。
そもそも今回の依頼は彼の社会勉強だったはずです。
悩むような、ほっとしたような複雑な顔をしていたのが、水を向けられて表情を取り繕います。多少はプライドが残っているようです。
「俺は間違ったことをしたとは思っていない」
そうでしょうね。実際立場を考えれば、法を捻じ曲げるようなことはするべきではありません。
「だが、正しかったとも思っていない」
「どっちなんですか」
「……分からん」
再び懊悩の表情に戻る王子。
「ほんと、おバカさんねぇ」
「……」
「政治に正しさなんて必要ないわよぉ?」
「は?」
これはまた極端な思想を。
「結果以外の全ては余禄。評価は後世の人々の権利。でしょ」
「では今現在、国を指導すべき立場にいる者達は、どうやって為すべきことを決めれば良いというのですか?」
少し苛ついてますね。
「大事なのは自分が何を為したいかでしょ」
「は?」
さらに苛つきが増しています。彼の倫理観に触れるものがあったのでしょう。
「あなたは自分の欲望を満たしたいの? 家族や友人の利益を図りたいの? それとも国民を幸せにしたいの? 後世の歴史家に評価されたいの? どんな馬鹿な為政者でも、まずはそこから始めるものよ」
そういうものでしょうか? 巻き込まれる庶民の事をもうちょっと考えてほしいものですが。あ、それが『国民を幸せにしたい』ですか。
「たまたまその立場に生まれたから、何となくうまくやろうとしてる、正しい事をやろうとしている、そんな底の浅い今のあなたでは、結局は何も為せないわ」
「……!」
はぁ、なるほど。彼が大事にしている『正しさ』に芯がないと言いたいのですね。
これまで『正しい』と教えられたことを基準にしている。それに彼の真の思想、願いというものが抜けている。
「そんなことは……、いや、私は少なくともこの国を混乱させたいとは微塵も思っていない!」
「ならあの村を告発することはどうなの? その結果がどうなるか考えた? 言っておくけどあの村が、ではなくこの国が、よ?」
「それは……」
愕然とした顔になっていますね。
不正行為が発覚したとなれば、当然全国的な再調査が行われるでしょう。
結果、同じような不正行為がいくつか発覚し、そうなれば当然規制派の勢いが増します。いえ、逆に緩和派が状況を利用して開拓許可を推し進める理由に使うのかも? そこら辺は両派の力関係でしょうね。私にはちょっとわかりません。
はっきりしているのは、不正行為をしていた村で路頭に迷う農民が大量発生する、ということでしょうか。ろくなことではありませんね。
「視野をもっと広く持ちなさい。あなたが何を求めるかに関わらずね」
そう言われても納得できたわけではないようですね、表情を見る限り。彼も若いのでそんな簡単には飲み込めないのでしょう。ただ一言だけ答えます。
「はい」
ちなみにノエルは歩きながら寝ています。小難しい話題になるとすぐこれです。
「こっちですよー」
そしてその手をシオンが引っ張っています。
「……」
レミリア様が若干不満気なのは気のせいですよね?
「ところで、レミリアは大丈夫かしら?」
「……どうでしょう」
そうです、昨日は失敗してしまいました。
エリナさんの大声(精霊魔法ですね)に失神させられかけたことに腹が立って、私も気絶させるだけのつもりだったと、雷霆魔術を得意気に語ったところ……、レミリア様の表情を見て失敗を悟りました。
あの場でレミリア様が動こうとしないはずがなかったのです。しかし、レミリア様には手段が限られていました。つまり弓かシルバです。
使える魔術のバリエーションは分かりませんが、村人を無傷で制圧する手段があるならば、あの方の性格です、すぐさま使ってしまっていたでしょう。
そうしなかったということは、魔術方面では適切なカードは持っていなかったという事です。
そうなればシルバに命じることになりますが……、シルバはあまりにも力が強すぎるので、死傷者が出るのは避けられません。村人側の抵抗もあるでしょうからね。
いつもの仮面としての表情を消した顔ではなく、本当に感情が抜け落ちた顔。そして、その後の落ち込み様。痛々しくて見ていられませんでした。実際にシルバに命じることはなかったのですから、そこまで気に病む必要はないというのに……。
ある意味煽ってしまった私では慰めても逆効果になりかねないので、止むを得ずシオンにあの場は任せましたが……。
今朝のレミリア様を見る限り、一応は役割を果たしてくれたようですね。シオンに借りを作るのは出来れば避けたかったのですが。まぁ、正式にパーティーメンバーとして認める事も視野に入れざるを得ませんかね。
荒れ地に刻まれた二本の轍に沿って進みます。
昼も過ぎましたし、もうそろそろマルサンが見えてくるころでしょうか。
この辺りは少し標高が高いので、農地には適していません。灌漑するために川のもっと上流から、用水路を作って水を引いてくる必要があるのです。
そこまでしなくても農地にできる土地がまだまだあるので、この辺りを農地にするとしても、もっと将来の話になるのでしょうね。
「……ハヤテがマルサンの近くに、妙な一行を発見したようです」
シオンの声にわずかに緊張が混じります。
どうやら従魔のハヤテから感応魔術で警告が送られてきたようです。昨日もそうでしたが、どうやってハヤテが見たものの内容を伝達しているのでしょうか? とても興味深いですね。
それはともかく。
「妙な一行?」
「はい、騎乗の者が五名、徒歩の者が十名余、馬車が一台。騎乗しているものは金属鎧を身に着けています」
エリナさんと顔を見合わせます。
「心当たりが?」
「無いわねぇ」
「そちらのぼっちゃん王子様は」
「……知らん。そもそも俺は引っ張り出された方だぞ?」
そうですよね。そんな武力行使を考えているなら、大人しくついてきていません。
仮にヘンリー村への査察だとしても、物々しすぎます。
「ヘンリー村への正式な国王の名代とか」
「私がその資格でここにいるのに、改めて別に、しかも武装した人数を出すなんてありえないわねぇ」
とすれば……。
「目的は俺か?」
一行に緊張が走ります。ここで王子が襲われたり、攫われたりしたら大問題になりかねません。最悪で国が割れかねないほどに。
「まずいわねぇ、ここでは隠れる場所もないわぁ」
「引き返しますか?」
「いいえ、迎え撃ちましょう」
それまで黙っていたレミリア様が迎撃を主張します。
「おいおい、本気か?」
ウスターシュ殿下が慌てます。
まだ戦闘になるとは限りませんが、もしそうなった場合を考えてみましょう。
こちらの戦力は平均的冒険者の水準をはるかに超えています。ですが相手の実力が分かりません。現段階では勝てるとは断言できませんね。九割方勝てると思いますが。
ですが正当性の問題があります。もし向こう側になんらかの強力な大義名分があった場合、戦闘はこちらの立場を著しく損なう可能性があります。つまり、王子は失脚、私たちは犯罪者ということです。
ただまぁ、それもこれも、現状の情報からでは想像の域を出ません。案外単純にぶちのめして良い相手かもしれませんし。
そういう意味では、対峙して相手の目的を質すというのは、それほど悪い選択肢ではない気がしてきました。
「引き返して山側の木々に紛れるならやり過ごすことは出るでしょう。ですが、もし彼らの目的がヘンリー村であった場合、あまり良い結果になるとは思えません。武器を持つ者は、気が大きくなるものですから」
ご自身の経験からくる言葉ですね。
「でもねぇ」
「エリナ姉様。私はここで後悔はしたくないのです」
「……」
いつにない強い口調。あるいは罪滅ぼしのおつもりなのでしょうか?
「十中八九は俺絡みだろうが、地理的に袋小路のヘンリー村へ向かっているという事は、俺がいるという確信があるのだろう。すれ違いもしなかったとなれば、村が隠していると勘繰られるかもしれん。そうなるとレミリアーヌ殿の言う通り、良くないことになりかねない」
「それは一理ありますね」
「なに、意外と大した用件ではないかもしれん」
自身であまり信じていないように、肩をすくめます。
エリナさんが仕方が無いとため息をつきます。
「はぁ、分かったわ。では、正面から彼らの目的を問い質しましょう」
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