第6話 勝った

【レミリアーヌ・エリシス・グラース】

「へ?」


 思わず素の声が出てしまう。


「私としても大変残念なのですが、この条件では示談せざるを得ないかと」


 今朝、弁護士さんから呼び出しがあって、ギルドの会議室で落ち合ったのだが……


「まぁ……、二百万ノルムも出されては」


 訴訟相手から示談条件が提示されてきたらしい。それも超好条件で。


「はい。請求額の約四倍の賠償金。冒険者ギルドへのペナルティ取り消しの働きかけ。対してこちらへの条件は、訴訟内容及び示談条件を公表しないこと。今後、紛争内容の正否を相互に問わない、第三者にも話さないこと。一般的に良くある条件で、文句のつけようがありません」


 ものすごーく残念そうに弁護士さんがため息をつく。


「無論、示談を受けるか否かはエリシスさん次第ですが、これを拒否した場合、裁判官の心証がかなり悪くなります。これほどの好条件を蹴るということは、要するに王家に対する嫌がらせ目的と判断されてしまうわけですね」

「なるほど」

「勝てる可能性は著しく低くなり、勝ったとしても認められる賠償金は極わずかとなるでしょう」


 やっぱり、アレは本物王子で確定なのか。

 それはともかく。うーん、私としては示談は全然問題ないんだけど。弁護士さんはすごく嫌そう。

 とはいえ、弁護士さんに気を使ってこの好条件を蹴るわけにもいかない。弁護士さん自身も、嫌だけどもう無理って感じだし。


「示談を受けます」

「それがよろしいかと」


 賠償金とは別に裁判費用も向こうが出すらしく、手付金がそのまま戻ってきた。


「まぁ経費としてせいぜいふんだくってやりますよ。……あまりにもあっさり終わって大して取れませんがね」

「なんだかすみません」

「いえいえ、エリシスさんの責任ではありません。お気になさらず。実際のところ、この労力でこの報酬は大変ありがたいですしね」


 弁護士さんは苦笑しながら資料を片付ける。


「賠償金は手続きが終わり次第口座に振り込まれます。一週間から二週間程度で連絡があると思いますので、その時にご確認ください。それでは」


 弁護士さんを見送る。

 裁判があまりにもあっさり終わってしまって、少し困惑気味だが。まぁ良い結果に終わったので良しとしよう。そもそも裁判にすらなってないのかこの場合。


「帰ろっか。今日はお休みで」

「ワウ」


 私も帰るとしよう。シルバに呼び掛ける。



 帰り道。何やらつけられてる。気がするじゃなくてはっきりと分かる程度に。

 まぁ素人だね。なんだろう?

 変態不審者とか?

 ふふっ、私って美少女だからね。時々あるんだよ。

 どうしよう、退治しておこうか。これも世のため人のため。

 人気の少ない小道に自らずんずん進んで行く。

 人数多いな、三人か……四人かな。若干困惑気味な雰囲気が伝わってくる。

 いつもとパターンが違うな。

 いつもの変態不審者は一緒にいるシルバのことも考えてない、ちょっと頭がいっちゃってる人の単独犯行の事が多い。

 グループ犯はまともな判断力を持ってる人が一人はいるのか、諦めるのか、そもそも目を付けられもしない。

 これはあれか? 時々噂に聞く人攫いか?

 これはますます潰しておかないと……

 などと思ってる間に、正面を脇道から出てきた四人組に塞がれた。

 最初ニヤニヤ笑いしてたのが、シルバを見て固まる。


「おい! どういう事だ! こんなでかい従魔がいるとか聞いてないぞ!」


 あれ? シルバを何とかできるつもりなのかと思ったら、そうでもないらしい。

 後ろから現れた四人も、どうすんだこれっていう感じで困惑してる。ここまでついてきたのは、正面組を見捨てるのが忍びなかったのかな?


「グルル……!」


 空気を読んでわざと唸り声を上げてみせるシルバさん。流石役者です。

 ちなみに、街中で唸ったことは今まで一度もないよ。


「ひっ、冗談じゃねぇ! 俺は降りるぞ!」

「お、おい」


 あー、逃げちゃった。

 どうしよう? あの人達まだ何もしてないし、捕まえるも何もないなこれは。


「くそ、あのチキンが!」

「だからやめとこうって言っただろ!」


 後ろの人達も揉めてる。

 なんらかアクション起こしてくれれば、それ口実にふん縛るつもりだったけど、これでは捕まえる理由がない。

 しょうがない。ここは見逃すか。

 というか、何もしてないな私。声すら出してない。何してるんだろう。虚しい。


「ぎゃっ!」

「ぐぅ……」


 後ろ組が逃げた先から悲鳴とうめき声が聞こえる。なんだなんだ?

 小道を覗き込むと倒れてる四人組と、長い棒を持って立っている小柄な人影。人影の肩には鷹が止まっている。

 ショートヘアーの金髪碧眼、長い耳。エルフだね。

 年の頃は十二~三歳くらい? いや、エルフだからプラス一か二くらいかな。あれくらいの年齢だと人族との差はあまりない。

 私が見ても超美人なエルフ美少女だ。

 こちらに気付くとニコリと笑いかけてくる。


「お久しぶりです。レミリアーヌ様」


 え、誰?

 いや、まて、知り合いだとすると重大なヒントがあるぞ?

 子供のエルフはとても少ない。私と面識がある可能性のある子供エルフ。

 あれくらいの年代だとかなり絞り込めるはず……!

 誰だ? あの年代の金髪碧眼の女の子……、うう、わからん。


「あの」

「あ、今思い出しますので少々お待ちを」


 うーん、そもそも上流階級の子がこんなところにいるのだろうか? それも一人で。

 肩にとまってる鷹は従魔だよね? この子の保護者? シルバじゃあるまいし違うか。


「金髪、碧眼、女の子、十三歳くらい……」

「あの」

「うーん、ヒントはないでしょうか」

「あ、はい」


 困惑している。ふふ、可愛いな。

 いやいや、困惑させてるの私じゃん。


「あの、男です。僕」


 ……!?

 ばかな……


「シオン・ゲイル・ケレスティアです。お久しぶりです」


 愕然としているうちに、自己紹介されてしまった。

 というか、ケレスティア? エルフ四公の?


「え、なぜこのようなところに一人で?」

「レミリアーヌ様の後を、なにやら不穏な雰囲気の輩がつけていたので。余計なお世話とは思ったのですが」


 それはまぁ心配になるよね。

 いや、そうではなくて。

 私が聞いているのは今現在シオン君がここにいる理由ではなく、なぜ冒険者の格好をしてこの街にいるかということなんだけど。

 私の言い方が悪いんだよね。どう言えばいいんだ? 悩んでると、シオン君がニコリと笑みを浮かべる。


「分かっています。なぜこの街にいるのか、ですよね」


 分かってるんかーい。


「それはもちろん、出奔したレミリアーヌ様を追いかけてきたんですよ」

「へ?」


 本日二回目の『へ?』であった。

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