第24話 華麗なる(?)逃走

【カレン】

 翌朝。

 ギルドの会議室でノエルが状況を説明します。

 白髪に近いふわふわの金髪、日に焼けない白い肌。ノエルは黙っていれば聖女と言われても違和感のない美少女です。

 そのノエルが切々とお二人に説教する様は、まるでまっとうな聖職者のようです。

 普段はちゃらんぽらん神官のくせに。

 あまり感情が動かないこの子も、少しは怒っているのでしょうか?


「……という訳で、レミィは二人にビビって逃げちゃったよ」

「……」

「……」

「やーい、逃げられてやんの、ぷぎゃー!」


 ノエルが真顔のまま、馬鹿にしたように無言の二人を指さします。前言撤回、やっぱり真っ当じゃありませんね。

 対して、クラリスさん、エリナさんは渋い顔で無言です。

 合わせたかのようなタイミングでため息をつき、顔を見合わせて苦笑します。一時休戦ということでしょう。


「確かに、押しつけがましかったかもしれないわね。あの子の性格を考えれば引いちゃうのも仕方ないか」

「不本意だけど同意するわぁ。目の前で言い争いしたのは失敗ねぇ」

「あの子が自分で決めたのなら、それはそれで良かったのかもね。逃げた先は……王都かな? 一応フォローできるように手を打っておくか」

「私の方も暫くは王都で様子を見るようにするわぁ」


 あれ? パーティーのリーダーってロッドさんなのでは?

 疑問に思ってちらりとそちらを見ると、ロッドさんは肩をすくめます。

 エリナさんの方針に異を唱えるつもりはないようです。これがいわゆる尻に敷かれるというやつでしょうか?

 とにかく、お二人ともレミリア様がかわいいのは分かりますが、干渉しすぎるのは頂けません。あの方は繊細なのですから、これからは相応に配慮してもらいたいものです。

 幸い表面上は和やかに和解が成立したようですし、お二人とも適度に協調しつつ、距離を保ってレミリア様を見守ってくれることでしょう。

 私はその間に自己研鑽に努め、レミリア様とパーティーを組むにふさわしい実力を付けられるよう邁進するのみです。


 ところで、何やら外が騒がしいような……

 その時です。


「ギルド長!」


 ノックもなしに会議室の扉を開けたギルド職員が、血相を変えて飛び込んできます。


「な、何かね?」


 肩の荷が下りたという感で気を緩めていたギルド長が、慌てて姿勢を正します。


「ど、ドラゴンです!」

「……は?」



 外に出ると街の上空を巨大な竜が悠々と旋回していました。

 家ほどもある胴体、黒光りする巨木のような翼。両の翼を広げればちょっとした屋敷ほどあるのではないでしょうか。

 文句なしのSランク・カテゴリーⅤの最強幻獣であるドラゴン。その中でも特に戦闘力に秀で、一頭で一軍に匹敵するとも言われている黒竜です。

 幸い野生のドラゴンではなく、背に鞍をつけて人を乗せているのがチラチラと見えます。


「あ、あの竜はクロヴィス!? 先代様の騎竜の!?」


 エリナさんが空を見上げて愕然とした声を出します。

 先代様というと、先代グラース公ハインツ様!?

 かつてミッドランド王国を滅ぼし、魔王と呼ばれ恐れられたハイエルフ。

 レミリア様が一部から白い目で見られているのは、かのハインツ様のせいとも言えます。

 そんな大物が……


「なんでここに?」



◇◇◇◇◇◇◇◇



「まずいまずいまずい!!」


 全力で疾駆する巨大な銀狼の背に、黒髪のエルフの少女がしがみ付いている。

 少女は背後を気にしつつ、無意識に呟く。


「なんでクロちゃんが! ひいおじい様が! 捕まっちゃう! やばい! 逃げなきゃ!」


 普段の彼女を知る者が、今の彼女を見れば目を疑うだろう。

 滅多に動揺を表に出さない彼女が、涙目で動揺して思考を無意識に口に出していることにすら気付いていないのだから。


「ごめんシルバ! 全力でお願い!」


 主人の指示に応えつつ、シルバは考える。


(気持ちは分からないでもない。滅多に表に出てこないレミリアの曽祖父が出てきたのだから)


 かの黒竜クロヴィスはグラース公家の獣舎の主というべき存在であり、その背に乗ることを許すのは、唯一先代グラース公ハインツのみだ。子供の頃のレミリアーヌがハインツと共に乗ったことがあるのは、貴重な例外だろう。

 レミリアーヌには、隠居の身のハインツがローアンくんだりまで出向いてきた理由を、一つしか考えられなかった。

 すなわち、レミリアーヌを実家に連れ戻すことだ。


 だが、とシルバは思う。


(ハインツはレミリアの父親と違って、比較的この子の気持ちに寄り添ってくれていた方)

(恐らく、彼は追手ではなく、むしろ実家の追手がかかるのを事前に知らせに来てくれたのだろう)


 その証拠に、わざわざあれほど目立つクロヴィスに乗って来訪したのだから。

 だが、レミリアーヌはそこまで思い至っていないようだ。


「隠ぺい魔術使ってるけど、どこまで通じるか……もうバレてるかも……うぐぅ、まだ戻りたくないよぉ……せっかく友達もできたのに……」


 シルバは内心ため息をつく。


(全く仕方のない子……)

(家を飛び出す行動力、大胆さを発揮しながら、一向に改善しない小心さ……)

(実家の追手を巻く周到さがありながら、小さな街で一月以上も逗留する迂闊さ……)

(自身、そろそろ追手に見つかると予想していながらも、結局ギリギリまで動こうとしない怠惰さ……)


 グラース公家とて無能ではない。あの街にレミリアーヌがいたことはとっくに把握していただろう。

 それをレミリアーヌ寄りの幾人かが、あの手この手で誤魔化していてくれたであろうことは、シルバでも容易に想像できた。


(この子は未だ、多くの他者に守られている……)


 まだまだだ。

 到底一人で放り出すなど、できそうにない。


「ワウ!」


 この子の生は始まったばかり。

 多少の寄り道も良いだろう。

 耐えて壊れるくらいなら逃げるのも良い。


 生命は生き残る事こそ本懐。

 生き残ってこそ次に進める。

 私も今しばらくは共に……

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