第23話 どうしてこうなった

【エリューネラ・バース・グラース】

 ロド君と話していたレミリアが落ち込んでいた。

 グリフォンの生い立ちを聞いて哀れに思ったのだろう。

 一見普段と変わらない無表情だが、わずかに視線が落ちている。

 私もロド君のことが心配すぎて目が曇っていたようだ。さっきまで人の心がないのではないかと疑っていた自分が愚かに思える。この子はこんなにも感情豊かではないか。倒す以外にない、魔化した魔獣にまで同情するなんて。

 頭を抱きしめて慰めたら、焦ったように手足をばたつかせる。小動物のようで可愛い。


「ありがとう」


 そう言って手を放すと、わずかに頬を染めて恥ずかしがっていた。


――同性と話しているときの柔らかい微笑。


――男性と話しているときや、焦っているときの無表情。


 今の表情はそれらいずれの仮面と違うものだった。

 レミリアが素の感情を表に出しているなんて、珍しいのではないだろうか? 少なくとも私は初めて見た。


「あら? ひょっとしてご家族とあまりこういうスキンシップは取らない?」

「……はい」


 私の家はそれ程でもなかったが、グラースの本家は随分と厳格だった。

どうやらあれは、外向きの格好だけではなく、身内だけの場面でも同じだったようだ。

 それはちょっと……寂しいわね。


「又従姉妹は血縁としてはちょっと遠いかもしれないけど、あなたは私にとって恩人であり、家族だわ。これからは遠慮なく頼ったり、甘えたりして良いのよ?」


 レミリアが真顔に戻った。これはびっくりしている時の真顔ね。


「家族、ですか?」

「さっきの今で調子の良い事と言われたら、その通りなんだけどね」


 自分の手のひら返しに苦笑してしまう。


「いえ、怒るのは当然だと思います。グリフォンの魔化を見抜けなかったこともありましたし、ロッドさんを危険に晒した責任の一端は、間違いなく私にもありま……」

「ほんと真面目ちゃんねぇ、あなた」

「……したし!?」


 もう一度抱きしめてあげると、さっき以上にわたわたとする。嫌そうではないけど、混乱しているみたいだ。

 手を放すと顔を真っ赤にして俯いてしまった。


「はわ……」


 本当に慣れていないみたいね。可愛いわぁ。

 ハッ! いけないわ。こんな子、男なら放っておかないはず。誤解されやすいと言っても、見る目のある人はいるだろうし。

 何よりもその実力。シルバと本人の魔術を合わせればSランクも見えてくる。

 ちゃんと冒険者生活の心得を伝授して、悪い男に騙されないようにしてあげないと。

 多分、当分は実家には戻らないつもりだろうし。

 これは責任重大ねぇ。




【レミリアーヌ・エリシス・グラース】

「どうしてこうなった」


 周りに聞こえないように口の中だけで呟く。

 ここは冒険者ギルドの職員エリアの会議室だ。

 目の前ではクラリスさんとエリナ姉様が謎の睨みあいを続けている。

 ちなみにエリナ姉様は眼鏡モードだ。なんか細かい作業や本気のときに掛けるらしい。


「面倒を見るとおっしゃいますが、あなた方はAランク。レミリアはCランクです。ランク差がレミリアにとって負担になるのは見えています。現に今回の依頼では、本来レミリアが冒す必要のなかった危険を、引き受ける羽目になったではありませんか?」


 クラリスさんがエリナ姉様を睨みつけながら吐き捨てる。


「あなたもこの子の特殊性は理解しているでしょう? それを理解した上でこの子とパーティーを組める、実力と信用を兼ね備えた冒険者が、果たしてこの国に幾人いるのかしらぁ?」


 エリナ姉様が馬鹿にしたような口調でクラリスさんに言い返す。

 空気が……、空気が重い……

 ロッドさんをちらりと伺うと、諦めたように肩をすくめる。

 同席しているギルド長さんは明後日の方向を向いて、巻き込まないでくれと意思表示中だ。

 何が起きているのかというと、今後の私の育成方針……らしい。

 さっきまで今回のグリフォン退治の後処理とか、報酬分配とかの話をしてたはずだったんだけど……、聞いてる振りして、今日の晩御飯の事考えてたら、いつの間にかこうなってた。

 あれ? 私が悪いのか?

 ちなみに私の意見は、黙殺以前に求められていない。口を出そうにもこの空気で口出す度胸ないよ、私は。


「大体ね、又従姉妹だかハシビロコウだかしらないけど、ほとんど赤の他人じゃない。そんなのがレミリアの事に口出す資格なんてあるの?」

「ハッ! ただのギルド受付が何言ってるのかしらぁ? あなたこそ紛うことない赤の他人じゃない。口しか出せないなら、せめてもう少し建設的で有益な意見を出したらぁ?」


 うう、怖いぃぃ……


「あ、あの、喧嘩は……」

「喧嘩じゃないわよぉ。ただの既定方針の確認だからぁ」

「一体いつ既定方針になったんですか! レミリアはこの街で真っ当に活動して真っ当な冒険者として育っていくべきなんです! 一足飛びに高ランクパーティーに入っても碌なことにはなりません!」

「人には分ってものがあるのよぉ。レミリアはこんな田舎でいつまでも燻ってるような器ではないわ!」


 視線に力が宿るなら、今頃この会議室は血の海だろう。

 無論、視線ビームの流れ弾で切り裂かれるのは、私とロッドさんとギルド長さんである。


「勘弁してくれ……」


 ロッドさんがぼやくが、この件――エリナ姉様がロッドさんのパーティに私を入れようとしていること――はリーダーのはずの彼も承知していないようだった。


「あー、そうだ。俺は先に代官の件片付けてくるわ」


 ロッドさんが、なんか野暮用思い出した的な感じで逃げようとする。

 でもその野暮用、この街の代官を逮捕するっていう、かなり重大な件なんですが。少なくともここで話し合われてることの千倍くらい。

 なんでもここの代官は、魔獣管理法違反の他、公金横領、貴族位詐称、脅迫等々、相当のやんちゃをやらかしまくっていたそうだ。

 王家の直轄領なので、度々王都に訴えがあり、内偵が進められていたらしい。

 そして、今回の魔獣管理法違反が決定打になったようだ。

 違法取引だけでも下級貴族が牢獄送りにされるくらいの罪で、例え故意でなくても魔獣を逃がして未申告は死刑すらあり得るとか。南無。


「そんなどうでも良い事、後でいいでしょ!」

「あんたも! あの糞代官連れて、一緒に王都に帰れ!」


 あわわわわ、誰か助けてぇ……



 結局、私の判断にゆだねるということで時間をもらった。

 うん、最初からそれで良かったんではないかな?


「……」


 マー・カフェのいつもの席で遠い目をする私。


「どうするつもりです?」


 カレンさんが心配そうにしてる。

 今、カレンさんとノエルさんを誘って、マー・カフェでちょっと相談中である。

 ノエルさんはもぐもぐしてるだけで、余り頼りにならないかも。


「正直なところ、カップルパーティーの間に入るのはちょっと……」

「ですよねぇ」


 ロッドさんとエリナ姉様のラブラブ(?)カップルパーティーに入れられるとか、どんな拷問なんですかね。


「かと言って、Cランクになってローアンで仕事を続けるのもどうかと」

「ですよねぇ」


 ローアン周辺の適正ランクはF~Cで、Cランクは一応ぎりぎり適正範囲とされている。

 だが実のところ、この『適性範囲』の上限は現実的にはあまり適正とは言えない。もっと稼げるところがいくらでもあるのだ。

 それに私には何と言ってもシルバがついてる。実質Bランクと評判のシルバさんがね!


「でもお二人とも好意で提案して頂いているわけで、無下に断るのもどうなのか……」

「んー……」


 カレンさんは異論があるようだ。


「あー、うーん、うー」


 なんか頭を捻って悩んでいる。なんだろう。

 私が首を傾げていると、なにか結論が出たらしく、なぜか苦々し気な顔で口を開く。


「本当は私達がパーティーメンバーとして、立候補したいところなんですが……」


 ピコーン!

 それだ!

 良いじゃん、良いじゃん!

 カレンさんもノエルさんも私の出自も性格も知ってるし、私としては大歓迎だよ!

 これで、二人の提案を穏便に断ることが……


「ですが……、今の私たちの実力では足手纏いにしかなりません。誠に不甲斐ない事ですが」


 ん?


「もっと実力をつけてから……あと二年……いや、一年! 時間をください!」


 え?


「お力になれなくてすみません!」


 あれぇ?

 これは、駄目ってこと?

 私がなにか言う前に結論が出てしまっている……、私としてはOKなのに。

 例えるなら、一瞬好きな人に告白されたと思ったけど、三秒で勘違いだと気付いた感じ?

 告白なんてしたことも、されたこともないけど。

 これはもう、こっちからパーティー組もうぜ! っていう空気じゃないな……


「……お気になさらないで下さい」


 くぅ……、断腸の思いで断念。

 では、一体どうすれば。


「もぐもぐごくん。もう逃げちゃえば?」

「……?」


 ノエルさんが唐突に逃走をお勧めしてきた。


「クラリスもエリナも自分たちが言ってることは、押しつけだと自覚してるみたいだし、逃げても怒らない」

「そう……なのですか?」

「その証拠に、レミィ自身に選択を委ねた。自分が百%正しいと思ってたら押し切ってる。あの人達の性格上」

「……なるほど」


 そうなのかな? なるほどと言いつつよく分ってない私。


「むしろ逃げた方が、あの人達に反省を促せる」

「そうですね! お二方ともちょっと反省してもらうべきです」

「……なるほど?」


 反省? なにを?

 いかん、マジで人の心の機微とかそういうのがよく分らん私には難しすぎる。

 そもそもあの二人が喧嘩してた理由もよく分ってないのだ。

 ここでは正直に分からないって言って良い気がするんだけど、二人ともごく当たり前のことのように言ってるので、聞くのがちょっと恥ずかしい。


「それじゃ、レミィは逃げる。私たちは明日あの二人に『プギャー!』する。決定」


 とか躊躇してる間に口を挟むタイミングが……ぷぎゃーってなに?


「よし、じゃあおかわり」

「あ、はい」

「まったくこいつは……」


 まぁ、いくらでも奢りますと言って誘ったのは私なので。

 それはともかく。よく分らんけど、結論は出てしまったようだ……。

 明日、返答ぶっちして逃げちゃえってことだよね。

 ほんとに良いのかな……?

 ……まぁいいか。

 正直、返答するのが怖いので、逃げたいのも事実なのだ。


 とすると、行き先は……王都かな。

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