第22話 グリフォンを倒すよ

【レミリアーヌ・エリシス・グラース】

 最初に少し言い訳をさせて欲しい。

 ロッドさんにグリフォンの後ろ脚の事をすぐに教えなかった件だ。

 いや、あれ気付いてると思ってたんだよね。ロッドさんベテランっぽいし。

 で、エリナ姉様に恰好つけるためにピンチを演出してるのかなぁと……

 うん、そんなわけないよね。あの人真面目っぽいし。

 いやぁ、逃げてる途中で気づいたよ。あ、これガチだって。

 もう慌てたね。このままじゃエリナ姉様の婚約者が死んじゃう! って。

 そんで、エリナ姉様を止めるため話しかけたんだけど、鬼の形相で睨まれて、おしっこちびるかと思ったよ……


 まぁそれでも勇気を振り絞って、電話、じゃなくて魔法通話を頼んだわけです。

 ロッドさんと一対一で会話してるつもりで大分崩れた口調で喋ってたんだけど――エリナ姉様の婚約者なら身内だしね――実は皆さんに聞かれてたって、後で発覚して……いやぁ参った。顔から火が出るかと。

 一応お嬢様なんでね。よく知らない人にあのぐだぐだな会話を聞かれるのはちょっと……。姉様酷いよ。

 で、絶対防御の盾でグリフォンを止めて、シルバに時間稼ぎを頼んで、奥の手を使いました。

 すなわち私のオリジナル魔術である。



 オリジナル魔術を編み出すのは簡単だけど難しい。

 矛盾しているが事実である。

 前世で例えるならパソコンやスマホ用のアプリケーションを自作するようなものだ。限定的な機能のものを作るのは結構簡単だが、誰でも使える汎用的なもの、例えばワープロソフトを自作するのはとても大変である。個人で作り上げるのは容易ではない。

 魔術も同じなのである。

 簡単に見える火炎弾でも、爆発条件やら、起爆安全距離やら、中断時の魔力や熱の解放経路やら、敵味方の識別方法やら……、とんでもなく複雑な術構造を備えており、一朝一夕に作り出せるものではないのだ。

 なのでいくつかある私のオリジナル魔術は、基本的に単機能なものばかりである。

 単機能でかつ使い勝手が良いよう、前世知識を応用して作り上げている。

 少しづつ改良はしてるけどね。まだまだ他人に使ってもらえるような代物ではない。そもそも教えたらまずそうなのもあるし。


 今使ったこの魔術も、その原理、構造は至極単純だ。

 球状の空間を設定して、その内部から一切の物質、エネルギー粒子が出ていくのを禁じる。逆に入るのは自由だ。マクスウェルの悪魔もびっくりのご都合空間である。魔法ってすごいね。あ、魔術か。まぁどっちでもいいや。

 この球体からは光すら逃がれられないため、外から見ると漆黒の穴のように見える。

 これで何が起こるのかというと、現象としては空中に突然真空の穴が発生したのと同じことになる。

 空気の実体は言うまでもなく無数の気体分子であるが、それらは音速で飛び交って互いに衝突し、跳ね返ることで互いの間隔と、位置を大雑把に維持している。音が音速で伝わるのも、気体分子が音速で飛び交っているからだ。

 そこにこの黒球を置いてやるとどうなるか?

 黒球の表面で跳ね返ることのできなかった気体分子がそのまま吸い込まれ、結果として黒球に音速で空気が流入することになる。

 分かりやすい大きな特徴としては風を巻き起こす。とはいえ球体の表面積がごく限られているので、何もかも吸い込む大風が発生するということはない。せいぜいつむじ風のちょっと強力版くらいなものである。音はすごいけど。


 こうして無限に空気を吸い込み続ける、吸引力の変わらない掃除機と化した黒球内部には、断熱圧縮により超高温高圧となった空気が封じ込められることになる。

それを適当なタイミングで解放すればどうなるか。

 言うまでもないだろう。大爆発である。

 なお、代表的な空気分子以外の物質ははじき返すようにしている。そうしないとコントロールを誤って、地面や水中に投げ込んでしまった時、大変なことになる。最悪の場合、あっという間に圧力と熱が急上昇し、……核融合が発生する。魔法式核融合爆弾の爆誕である。爆弾だけに。がはは。

 ……つまり特定物質以外をはじくのは一種の安全措置である。

 はじき返されて飛び散った固体や液体の微粒子は、内向きの空気の流れに押し戻されるが、再び黒球に突入してもはじかれるため、それを繰り返すうちに次第に均衡し、周りに渦を巻くようになる。

 うまくやると土星の輪っかみたいなものも作れるが、別に輪っかを見せるためにやってるわけではないので、それはまた次回にでも。

 ちなみに、空気でも吸い込み続けるといずれ核融合を起こし始めるはずだ。どれくらい吸い込めば核融合が起きるのかはよくわからんけどね。物理学者にでも聞いてくれ。あ、この世界にはいないか。

 なので適当に時間をかけて空気を吸い込んだら、さっさと使わないといけない。

どうするかというと……

 投げる。


「シルバ!」


 以心伝心、私の意を酌んだシルバが氷結魔法でグリフォンを足止めしつつ素早く退避する。


「皆さん! 伏せて!」


 出来るだけ離れて、って言ったのにみんな結構近い。人のいう事はちゃんと聞いて欲しいものだ。

 ところで、これどれくらいの威力になってるかな? お父様に使用禁じられてから、あまり使ってなくて感覚が分からんのだよなぁ。まぁいいや、さっさと投げよう。


「てやー!」


 投げると言っても魔術の制御によるものだから、イメージが大事だ。

 なので、野球の投球フォームを思い出してそれを真似る。掛け声も大事だ。

 ハンマー投げとか投げた後の雄たけびで飛距離に差が出るらしいしね。イメージの力が体に影響する好例だね。

 あれ? でも、投球フォーム、上げる足が逆だった気がするな。まぁいいか。済んだことだ。


 黒球はグリフォンめがけて頼りない放物線を描いて飛んでいく。重力なんてかからないから放物線の意味ないんだけど、ここいらへんは私のイメージだね。

 グリフォンも本能で黒球の危険性に気付いたか、あわてて逃げようとする。だが無駄である。あれは標的に最接近した時点で爆発するようになってるのだ。

 これの起爆条件とか安全距離とか、結構頭を悩ませたもんだ。懐かしいね。

 おっと、私も伏せないと。

 グリフォン近くまで飛んだ黒球が、確実に起爆条件を満たしたことを確認し、私も地面に伏せる。


 爆発。

 閃光。

 衝撃波。


 そして予想を超えた爆風に煽られ、体が浮き上がり、吹き飛ばされる私。

 なぬー!?


「きゃわーー!!!?」



 ……

 …………

 ………………

 ふぃー、びっくりした。

 吹き飛ばされると言っても、二~三メートルで済んだ。

 一応できるだけ距離とったのと、グリフォンが遠ざかる方向に逃げてくれたのが幸いしたようだ。

 爆心地にはキノコ雲っぽいもの頭上に伸びてる。うひゃー。

 周囲を見渡すと、結構大参事になっていた。

 木やら土やら、飛び散ったものが散乱している。

 爆心地のグリフォンは跡形もなく、というか爆心地が跡形もなかった。

 やっべー、やりすぎだよねこれ?

 あ、みんな大丈夫かな!? シルバも!


「皆さん! 大丈夫ですか!?」


 あー、なんか耳が聞こえ辛い。鼓膜大丈夫かこれ? しっかり耳抑えたんだけどなぁ。

 シルバが起き上がって体に積もった土をぶるぶる振り払ってる。すまんな、あとで浄化するから。今は怪我人の確認が先だ。

 一番近くにいたロッドさんも、ふらふらとしながらも立ち上がった。見た感じ怪我はなさそう。


「ぐぅ、俺は大丈夫……、あーあー、……耳がおかしい」


 他の人は?


「俺は大丈夫っす」

「私もぉ……ちょっとくらくらするけどぉ」


 一、二、三、四、五人。

 よし、全員大丈夫っぽい。ふぃー、一安心だ。

 それにしてもこれ、もし立ってる人がいたら死んでてもおかしくなかったな。

 吹き飛ぶか、飛んできた木や石がぶつかって。大参事だ。

 ちゃんと耐爆・耐衝撃姿勢を指示した私グッジョブ。

 爆心地の方を見ると、ロッドさんが地面から何か拾って……、あ、グリフォンの前足。ってか、赤いタグが付いてるんだけど?


「これが遠くへ吹き飛んでなくて助かったな」

「それは……」

「ああ、従魔登録のタグだ。あのグリフォンは元々従魔……というか、従魔にし損ねた魔獣でね。契約に失敗するうちに成長してしまい、処分すべきところを違法取引されたあげく、行方不明になっていた個体なんだ」

「え、それは……」


 魔獣管理法違反って結構重罪なんだけど? 何しろ強力な魔獣を犯罪行為、反逆行為に用いられると、大変なことになるからね。


「お察しの通り、ローアン代官ファビアン・コロンヌが違法に購入、従魔契約を試みて失敗、逃がしてしまったらしい。こいつが決定的証拠という訳だ」


 いやいや、待って。察してないから!

 昨日もそうだけど、ロッドさん私が気づいてると勝手に思い込んで、機密事項打ち明けすぎじゃない!?

 いや、でももう事件は解決するっぽいから大丈夫なのか?

 うーん……

 ま、いいか。

 適当に相槌打って、さも知ってたかのように振る舞おう。

 ここで知らなかったとか言うと、お互い気まずいし。

 はい、知ってた。私知ってたよ。


「なるほど」


 私は空気を読める賢い良い子なのです。

 しかし、従魔にし損ねて成長してしまった魔獣か。

 子供の頃に捕らえられたんだろうなぁ。

 後ろ足がおかしかったのは、育成環境が悪かったのかも。

 それで殺処分されかけてたところを、代官が引き取った?

 そういえばあの人、弱らせて契約とか無茶苦茶言ってたなぁ。

 うーん、地獄から地獄へって感じ。

 挙句、逃げ出して束の間の自由を謳歌してたところを、私にぶっ殺されて……可哀想すぎでは?

 うう、狩りで獣を殺すことに慣れた私でも、流石に良心の呵責が。


「レミリア」


 しょんぼりしてると、いつのまにかエリナ姉様が目の前まで歩いてきていた。


「姉様?」


 頭を抱きしめられた。そして、エリナ姉様は私の頭をやさしくぽんぽんとする。

 身長差で胸がほっぺにあたる。ほわほわ。これが格差か・・・(意味深)

 ハッと我に返って、あわあわしてしまう。

 立場上、家族にもこういう事あんまりされたことないんだよね私。


「あのグリフォンは可哀想だったかもしれないけど、あなたはやるべきことをやったのよ。気にする必要はないわ」


 すごいなエリナ姉様。私って結構『何考えてるか分からない』『感情が見えない』って言われる方なのに。

 面と向かっては言われることは少ないけど、意外と噂とか聞こえてくるものなのよ。

 しょんぼり落ち込んでても表には出さないので、当然ながら誰も察してくれないのだ。自業自得だね!

 それなのに、姉様は私が落ち込んでたのを察してくれた……

 クラリスさんに次ぐ、お姉様って感じ。


「それにあなたは、ロド君達を助けてくれたしね。……ありがとう」


 そう言えばいつもの舌っ足らず気味の喋り方じゃないのはなんでだろう。シリアスっぽい場面では口調が変わる?

 どうでも良いことが気になるレミリアさん十八歳であった。

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