第16話 ヘンリーさんのヘンリー村

【レミリアーヌ・エリシス・グラース】

 開拓村ヘ到着したのは、昼過ぎというか、夕方前というか、微妙な感じの時刻だった。


 開拓村までへの経路に集落とかはなく、中間地点に狩猟小屋らしき粗末な建物があるだけだった。農業の事はよく分らないけど、経路途中の土地は農地に向かないということだろうか?

 開拓村は少し傾斜を下った先にあり、川沿いの凹凸の少ない土地だった。集落の奥へ向かって畑が広がっていたが、さらにその奥は森林地帯のようだ。いまだ発展途上って感じなのかな?


「すいませーん! 依頼を受けた冒険者ですが、村長さんの家を教えてもらえませんか!」


 自宅の庭の果樹らしき木の剪定をしている人にカレンさんが呼びかける。


「んあーっ!?」


 耳に手を当て、聞き返してくる。ちょっとお年を召した人なんで耳が遠いっぽい?

 カレンさんが小走りに近寄ってもう一度叫ぶ。


「村長さんのぉ! 家はどこぉ!」

「んなぁ、ヘンリーん家(ち)ならここの隣だぁ!」


 隣、ただし五十メートルほど離れている家を指さす。


「ありがとうございまーす!」

「おおーう」


 手を振って剪定作業に戻るご老人。

 村長さんはヘンリーって名前なのか。


「ヘンリーさんは先代の村長さんですね。この村の仮登録名がヘンリー村になってました。今代はフィリップさんのはずです」


 自分の名前を村につけるとはなかなか豪胆な人だな。それとも勝手につけられたのかな? 私なら断固拒否する。


「この村の人口はどれくらいだ? 戸数を見るとそれなりそうだが」

「依頼の下調べくらいしてください。百人を超えたくらいです」

「それなら成人の男を二十人は用意できるだろう。ゴブリンの小集落くらい何とかならんのか? 開拓村には元冒険者も多いのだろう?」

「はぁー……」


 あ、これは私にもわかる!


「現役引退した冒険者と素人とはいえ、合わせて二十人もいれば、確かに勝てるでしょう。でも、それで一体何人犠牲が出ると思いますか?」

「ゴブリンの数とやり方にもよるが、死者が二~三人出てもおかしくはないか?」

「うまくやれば無傷で勝てるでしょうけど、素人に期待は難しいでしょう。死者に加えて怪我人がその倍出ます。その内半分は重症でしょう。この小さな村の労働力にそんな損害が出たら大変なことになりますよ」

「そういうものか? 戦争でも起きればそれくらい普通に引っ張られるだろう?」

「そうですね。案外何とかなるものではありますが、それは村人が本来しなくても良いはずの苦労ですよね? それによる損失は冒険者への依頼料の何倍となるでしょうか?」


 そうそう、餅は餅屋ってやつだよね。村もハッピー、冒険者もハッピー、ウィンウィンってやつ。


「だが、こんな僻地のゴブリン討伐依頼を受けてくれる、ほど良く低ランクで、パーティーの人数が揃っていて、暇な冒険者なんてそうそういないだろう。何年塩漬けにされた案件なんだ?」

「一年ほどですね……」


 え、そんなに受けてくれないの? それは依頼料を上げれば良いのでは?


「多少依頼料を上げたところで、受けてくれる冒険者が増えるわけではないですからね。気長に待つしかありません。相場に合わない高額な依頼料を出した場合も色々問題が生じます。緊急度が高ければ国の補助金が付きますけど、これには当てはまりませんし」


 ぐっ、そうなのか……


「ふぅん、経済的損失と人的損失と時間損失のバランス……、この場合は時間を犠牲にということか」

「それもありますが、小さい村で家族や隣人が死ぬかもしれない選択というのは、出来れば取りたくないでしょう?」

「まぁ……、そうだな」


 ふぅむ、なるほど。わかったぞ、つまりこうだな。


「でしたら、依頼を引き受けた私たちは歓迎されそうですね」

「レミリア様、それがそうとも言い切れないんですよ」


 あ、あれぇ? 失敗した。どういうことなの……


「どういうことだ?」

「まぁ余計なことを言わなければ、レミリア様の言う通り歓迎されますよ」


 カレンさんはそう意味深に言って、村長さん宅へ歩みを進める。



「やあ、ようこそいらっしゃいました。村長のフィリップです。歓迎しますよ」


 普通に歓迎された。

 村長宅でにこやかに出迎えてくれた村長さんは、年齢は三十代後半くらい、体格も良く、農作業で引き締まった体のナイスガイだった。なお、奥さんはぽっちゃり系。


「ゴブリンの集落までは少し距離がありますから、今日はここに泊まって頂いて、明日向かわれると良いと思いますよ」


 色々お客さんをお迎えする都合上、村長宅は他の村人の家より大きく、広間や応接間、客間が用意されているようだった。そこを使わせてもらえるようだ。

 ん? シルバは?


「従魔がいるんですけど……」

「おおう、これは……、納屋に入ってもらうしかないですね」


 シルバを見た村長さんがちょっと引き気味になってる。

 まぁそうだよね。んじゃ私も納屋でいいや。


「レミリア様! ちょっと待ってください! 交渉しますから!」


 あー、道中の宿でもあったなこれ。そんなに気にしなくていいと思うんだけど? 納屋なんて野宿よりずいぶんマシじゃん?

 とか思ってるうちに、必死に交渉するカレンさん。


「んー、ちゃんと綺麗に戻してくれるなら、まぁ」


 渋々了承する村長さん。

 結局、応接間の家具をどけて、シルバ含む女性陣が雑魚寝することになった。

 カレンさんが交渉したのを無碍にするわけにもいかないので従うけど、そんなに必死にならなくても、とは思う。

 必然的に男性陣は客間の寝具を使うことになった。


「なんだか悪いな」

「僕も雑魚寝でいいですよ」

「駄目です。あなたも客間!」


 シオン君の無駄な抵抗をあっさり粉砕するカレンさんであった。



 夕刻にささやかながら歓迎の夕食会を開いていただけるということで、途中で狩ったシギを提供した。それまでの時間は装備品の点検や必要があれば補修を行う。要するに暇つぶしである。

 庭先で村長さんから木剣を借りて訓練に励むのは、ウーちゃんとシオン君だ。いつの間にか組手するくらい仲良くなってる。ん? 仲良くなくても組手くらいはするのか?


「ここは僕に花を持たせてくれませんかね?」

「子供に負けるのはちょっとな」


 なんか、鍔迫り合いをしながら小声でぼそぼそと話してる。仲良いなやっぱ。

 シルバと一緒に座って、ぼへーっとそれを眺めていると、外から薪を背負った老人が入って来た。


「おめぇらか、依頼受けた冒険者は」


 歳は六十越えだろうか? 最近は天気が良いとはいえ、こんな冬に薪拾いとは、元気なお爺さんだな。足腰もしっかりしてるし。

 ウーちゃんが組み手をやめて老人に向き直る。


「お邪魔している。ご老体は先代の村長殿か」

「ああ」


 例のヘンリーさんか。

 ヘンリーさんはぶっきらぼうに返事をして通り過ぎる。愛想無いけど、まぁ村社会なんてそんなもんかも。偏見。

 そして、そのまま薪を薪置き場に置くと、振り返ってじろりとこちらを睨みつけるように眺める。


「ゴブリン退治なんぞ受ける連中には見えんな。村ん中で妙な事すんじゃねぇぞ」


 そう言うとさっさと家の中に入って行ってしまう。

 なんか感じ悪いな。


「元冒険者の割に、冒険者をあまり信用してないようだな」

「元冒険者だからこそでは?」

「そういうものか」


 まぁ冒険者にもろくでなしは混じってるしね。

 ろくでなしで思い出したけど、以前ノエルさんに絡んでた不良はどうしたんだろう?

 私ノエルさんとパーティー組んだけど、絡まれないよね?

 う、なんか不安になって来た……

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