第15話 ドヤ顔な私
【レミリアーヌ・エリシス・グラース】
開拓村への道中は実に平和だった。
お天気も良いし、冬とは思えないほど暖かい。いや、寒いことは寒いけど。
なんかの鳥が気持ちよさそうに飛んでる。猛禽類のサンシチ君が上空にいるのに暢気なものだ。
まぁ脅威は上からとは限らないけどね。
……てい!
「!?」
ウーちゃんがびっくりしてる。
いや、背中の弓を取り出して三秒で矢を射っただけだが?(ドヤ顔)
放った矢は吸い込まれるように飛んでる鳥に当たる。ヨシッ。
これで外したらかっこ悪い所だった。
トコトコと小走りに鳥が落ちたところに向かう。これはシギかな?
む、まだ生きてるな。えい。
「!?」
首を落として、血抜きだ。
本当は動脈だけを切って、生かしたまま心臓のポンプ機能で血を排出するのが良いらしい。でも、可哀想じゃない? これでもちゃんと血は抜けるし。
……よし、こんなもんかな。
矢羽根は今の所困ってないから、取る必要はないかな。シギの羽根は使ったことないし。
「晩御飯の足しにしましょう」
「でかした」
ノエルさんがバンザイして喜んでる。無表情で。
私は食べないけど、ノエルさんはお肉欲しがると思ったんだよね。
そう言えばシオン君はどうなんだろう?
「……本当に令嬢には思えないな。冒険者生活でこうなったのか、元からなのか」
「元からですよ?」
「それはそれでどうなんだ?」
「エルフ四公家の中でも、ここまで貴族になる以前の生活スキルを維持してるのはグラースだけでしょうね」
シオン君。そうなのかい? 他の家の事は知らないんだけど。
「セレスティア家でも弓は教えられますが、あくまで武芸としてです。獣を狩るのは色々と勝手が違って、最初苦労しましたよ」
「そうなのですね」
あれ? 弓使うの? 持ってないのに?
そう言えば、前から気になってたんだけど、シオン君って弓持って無いのに、矢筒に十本ほど矢を入れて持ってるんだよね、短めのやつを。
手で投げる投げ矢じゃないよね、それ。
ここで聞くのは何か負けた気がする。分かってますよという顔をしておこう。
我ながらなんなんだろう、この無駄な対抗心は。
「そう言えば、シオンは弓を持ってないのに矢を持ってるな」
流石ウーちゃん! 私の聞きたいことを聞いてくれる、頼もしいやつだ!
「これですよ」
背中の棍を手に取る。
ミスリルっぽいけど自信ない。
「ミスリルは魔力に応じた形状を記憶させることができるのは知ってますよね?」
「ああ」
え? しらんぞ? 自己修復とかは聞いたことあるけど。
「まぁ、相当な魔力が必要ですし、繊細な魔力操作が必要なので一般的な用法ではないのですが、この魔杖にはいくつかの形状を記憶させています」
そう言ってシオン君が棍を構えると、先端がみるみる槍の穂先に変化していく。
おお、いくら軽いミスリルとはいえ、全金属製の棍とか重すぎだろうとか思ってたら、そんな仕掛けが。
「槍の他にも剣や弩形状にもできます。この矢は弩用です」
「弩の弦はどうするんだ?」
「弦もミスリルで作ります。通常状態と引き絞った状態の2つの形状を記憶させているのです」
「ひょっとして、引き絞った状態で矢をつがえ、通常状態に素早く戻すことで射る?」
「その通りです。弓の力ではなく、間接的ですけど魔力で矢を飛ばすわけですね」
ええー、それってものすごく難しいんじゃ?
ウーちゃんの顔が若干引き攣り気味だ。
「ミスリルの形状記憶性は、一般的には破損の修復や切れ味の維持程度にしか活用されていないのだが……、その魔杖は普通の人間には扱えんだろうな」
「僕も満足いくように扱えるまで、二年ほどかかりましたからね」
なんかとんでもない武器らしい。
むむむ、試しに使ってみたい欲がむくむくと……
いかんいかん、他人の武器を興味本位で触ったりして壊したらどうするんだ。繊細そうな武器だし。
シオン君なら使ってみたいと言ったら触らせてくれそうだけど、それに甘えてはいかん。
ここは我慢だ。
「金銭に換算したら一体いくらになる事やら」
「そういうお兄さんの武器も業物では?」
ウーちゃんの腰の剣を見ながらシオン君が指摘する。そうなの?
「兄のお下がりだ。なんでもダンジョン初挑戦で手に入れたとか」
「魔剣ですよね」
「ああ、銘は『旭光』だそうだ。面白い剣ではある」
鞘から数センチほど抜いて見せてすぐ仕舞う。確かに刀身は魔力を帯びているようだった。
兄ということはロッドさんが見つけたのか。それにしても随分と大仰な銘だ。
「みんな高そうな武器だね」
ノエルさんが背中に下げていた、布を巻いた棒を手に持つ。
シュラシュラと布をほどいていくと……
「私のは普通のモーニングスターだよ」
……?
いや、それって
「釘バット……?」
「クギバッ?」
「いえ、何でもありません」
うん、棍棒にぶっとい鉄の鋲を打ち込んである、どう見ても釘バットだ。
ところで釘バットって有名な割には、実物見たことある人っていないよね。
「これで頭をかち割る」
「え? ノエルさん後衛では?」
「?」
なんで不思議そうな顔をされるんだろう? ノエルさん、盾も鎧も持ってないんだけど。
「大丈夫。無敵だから」
無敵とは?
「レミリア様は知りませんでしたか? ノエルって
「それは……、素敵ですね」
おおう……、びっくりしすぎて、貴族的テンプレで反応してしまった。
ゴブリンどころかオーガですら突破できない神防御。
どおりで、継ぎはぎだらけの神官服しか着てないわけだよ。
この人本当に聖女なんでは? ただし近接肉体派。
まぁ、この世界でそういうゲーム的な職業があるわけじゃないんだけど、やはり人の口の端に上る存在には、分かりやすいレッテルが付与されてしまう。ひいおじいさまの『魔王』とかはその典型だ。
「こうしてみると私だけ普通ですね」
カレンさんが自分の杖をむーっとばかりに睨んでる。目が真ん中に寄ってる。可愛い。
ウーちゃんは魔剣。
シオン君は魔杖。
ノエルさんは釘バット。
確かにこの三人はちょっとおかしい。色んな意味で。
私もカレンさんも装備はごく普通のものだ。
……あれ? でもカレンさんは『私だけ普通』って言ってたよね。私も向こう側扱い? なんで?
「私の装備もごく普通のものですが」
「え?」
実家から持ち出した弓は職人の手によるもので、品質が高いのは確かだけど、ごく普通の合成弓だ。小剣は新人の頃に買った安物だし。
「ひょっとして、その弓って魔弓じゃないんですか?」
「実家の職人に私用に作ってもらったものですね」
そもそも弓は放った矢で攻撃する都合上、有効な効果を発揮する魔弓というものはごく少ない。
例えば命中補助とか、一定以上の腕を持つ射手にとっては、勝手に余計な補正が入る使いづらい弓でしかないのだ。弦が切れないとかもっと地味な効果の方が喜ばれるのではないだろうか?
その辺りの事を説明すると、カレンさんは恥ずかしそうに謝ってくる。
「すみません、てっきり何かすごい弓なのかと思い込んでました」
「いえ、謝るようなことでは」
「いえ! 人の優れた技術を道具に頼ったものだと思うなど、失礼極まりない事です! 反省します!」
「さっきの鳥もかなり距離があったからな。勘違いしても仕方ないんじゃないか?」
「五十ヤードというところでしょうか。飛んでる鳥を早打ちで落としましたからね」
なんか褒められてる?
なんか嬉しいな。そんな普通じゃ無く見えた? 流石私。
顔がにやけそうだ。でもここで『ニチャア』としてしまったら、ちょっと台無しな気がする。我慢我慢。
とりあえず黙ってお澄まし笑顔をしておこう。うふ。
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