第17話 夕食会と喧嘩と信仰 【カレン】
【カレン】
夕食会は質的にはささやかながらも、量的には満足のいくものが用意されました。
私は御馳走して頂けるなら、どんなものでも文句はありませんけどね。
出席者はこちらの五人の他は、村長ご夫妻と先代村長のヘンリーさんの合わせて八人です。
村長さんのお子さんは他の家に預けられてるらしいですね。素性の知れない冒険者を警戒してのことでしょう。リスク管理がしっかりしていて良い事です。
ところでヘンリーさんが最初から不機嫌なのはなぜなのでしょう? 仕方なく参加しているという態度を隠そうともしていません。
それでも食事前のお祈りまでは特にトラブルもなく、ノエルもさすがにこの場ではフライングもしませんでした。
お酒を飲む人には、ビールがなみなみと注がれたジョッキが配られ、ヘンリーさんを筆頭にものすごいペースで消費していきます。
もっともお酒を飲むのは主にヘンリーさんと村長さんと奥さんの三人です。お酒を飲む口実として利用されている感がありますね。
こちらはこちらで、食事の方を遠慮なく頂きます。
放っておくとノエルは肉ばかり、レミリア様はパンと豆と漬物ばかりを食べてしまうので、適度にお皿に栄養バランスが良くなるように料理を取り分けてあげます。
ノエルにはキャベツの漬物を山盛りに。
レミリア様にはソーセージを三本です。
「酸っぱい葉っぱ……」
「しょっぱい肉……」
二人とも、器用に無表情のまましょんぼりとしないでください。
あ、お皿を交換しようとするな!
「大体だな、こんな奴らの手を借りる必要なんてなかったんじゃ!」
「親父、それはもう散々話し合っただろう」
酔っ払ったヘンリーさんが鬱憤を晴らすように貯め込んだ言葉を吐き出します。大体予想はついていましたが。
「他所もんを村に入れて、余計なことを始めたらどうするつもりなんじゃ!? えぇ!?」
「だから、それも話し合っただろう。まったくもう」
「お前は昔からそうじゃ! わしの言う事に悉く逆らいおって! 親を敬うっちゅうことを知らんのか!」
「何言ってるんだよ。親父の言う事なんか聞いてたら、こんな村あっという間に潰れちまうよ!」
「なんだと!?」
「大体、俺を育てたのは親父だろ! 親を敬うことを知らないってのなら、そりゃ親父の事を見習ったせいなんじゃないか!?」
「この、下らねぇ屁理屈捏ねやがって!」
なんだかものすごい勢いで親子喧嘩がヒートアップしていきます。既に手が出始めていますが、奥様は「あらあらまぁまぁ」と笑って止めようともしません。日常茶飯事という事でしょうか。酔っぱらってどうでもよくなってる可能性もありますが。
こちらはノエルとシオン君が、何事もないように食事を続けています。ノエルはともかく、シオン君も結構図太いですね。
一方、ウーちゃん殿下は唖然としています。
それはそうでしょう、上流階級でこんな喧嘩の仕方はしないでしょうし……、あ、興味深そうに眺めつつビールを飲み始めましたね。そうきますか。
あと、レミリア様が真顔で固まっています。
この方は魔獣や獣と戦う時は顔色一つ変えないくせに、人間同士の争いには全く免疫がありません。そう言えば出会った最初の時もそうでしたね。
相手が明確に犯罪者なら、遠慮なく叩き潰すようですが、一般人の喧嘩は見かけただけで固まってしまうのです。基準がいまいち分かるような、分からないような。今後人間同士のいざこざに巻き込まれた時が心配です。
シルバちゃんは我関せずで食事を続けています。流石の貫禄です。
しかし、客の立場では口を出すにしても、放っておくにしても、どちらを選択しても居心地が悪いですね。どうしたものでしょうか。
「親子喧嘩というのは聞いたことがあるが、手まで出すとは思わなかった。庶民では頻繁にやるものなのか?」
「いきなり何言いだしてるんですか、あなた」
挑発ですか!?
もう大物なのか、ずれてるのか、どっちか分からなくなってきました。
「おう、あんた良いとこの坊ちゃんか」
ヘンリーさんが村長さんの首を絞めつつ、馬鹿王子に話しかけてきます。
「まぁそうだな。部屋住みで肩身の狭い四男坊さ」
「へっ、それで外に出て身を立てようってか。なかなか気骨があるじゃねぇか、見直した。名前は?」
「ウースだ」
ウースはウーちゃんこと馬鹿王子が一応用意していた偽名です。全然使ってませんでしたが、ようやく出番がきたようですね。
「よし、ウース! ここは俺が奢ってやるから遠慮なく呑め!」
ヘンリーさんは村長さんを開放すると、王子に酒を勧めます。
「奢るも何も、全部うちのだろ」
村長さんが愚痴りますが、半分笑っています。
結果的に喧嘩を収めましたが、これは偶然でしょうか? それとも狙ってのこと?
レミリア様が感心したように王子の事を見ています。
そしてそれを見たシオン君が『
その後はヘンリーさんによる、後輩冒険者へのアドバイスから始まり、彼の冒険譚やら亡き奥様との出会いやらで、独壇場と化しました。
そこに難なく溶け込む王子は、何気に人が出来ていますね。ちょっと感心します。
夜も更け、ノエルとシオン君とレミリア様を仮の寝室に送った後も宴は続きました。そして、そろそろお開きという雰囲気に。
「……田舎の村ってのはな、どこでも何かしら普通と違ってる所があるもんだ。妙な風習とかな。それをいちいちお節介にも指摘すんじゃねぇぞ」
「郷に入っては郷に従え?」
「そうだ。俺が現役の頃だが、その辺のお節介で大変なことになって、挙句に命を落とした奴がいた」
「この村にもなにかあるのか?」
「あるかもしれねぇし、無いかもしれねぇ。第一、中にいる奴ぁ、自分が外と違うなんて自覚できねぇ」
「ふーん」
「もし妙なものを見つけても見ない振り。それが処世術って奴よ」
「なんだ? この村は邪神でも信仰してるのか?」
「……ぶっ、ぶはははは! そりゃいいや!」
ツボに入ったのか、ヘンリーさんが笑い転げます。酔っ払いですからね。
「おい、フィリップ! うちでも邪神信仰すっか!?」
「勘弁してくれよ、親父一人でやってくれ。第一、親父はもっと怖いもの信仰してるだろ?」
「ああん? 邪神より怖い? なんだそりゃ?」
怪訝な表情で問い返します。あー、これはあれですかね。
「お袋だよ」
「……ぶーっ! ぎゃはははは! アンナか! そりゃそうだ、あいつぁ邪神よりこえぇや!」
……。
彼がヘンリーさんの言葉を冗談と受け取るか、真面目に受け取るか。ちょっとした分岐点ですかね。
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