第18話 実はゴブリン退治は初めてでして
【レミリアーヌ・エリシス・グラース】
ゴブリンというのはいわゆる魔族だ。前世のファンタジーな物語でもおなじみのやられ役である。この世界でもその例からは外れない。
ここで魔族ってのがなにかというと、乱暴に言えば人型の魔物である。獣型が魔物、でっかいのが魔獣、人型が魔族と思えば大体合ってる。
魔族が普通の魔物と違うのは、その社会性だ。魔物が単体、あるいは少数で活動することが多いのに対し、魔族は人間のような社会――集落を形成する。もっとも、知性の低さと破壊衝動のせいか、それほど大きなものは形成されないけどね。
時々キングとも称される強力な個体により『王国』が形成されることもあるが、これは例外だろう。王国と言っても、その王様パワー(腕力)で沢山の魔族を従えているってだけなのだ。
なんにせよ魔族最大の特徴であり、脅威でもあるのは、ほぼ確実に群れているということなのだ。
今から向かうゴブリン村も、魔境からはぐれたゴブリンが定住して繁殖したものとみて間違いない。
こういった魔族の村は、自然消滅する可能性がほぼないので、その殲滅は周辺に住む人間にとって必須の事業だ。交渉は不可能なので、当然その仕事は冒険者に回ってくることになる。
時々軍隊が訓練を兼ねて討伐することもあるけど、そう都合よく魔族の集落が見つかるわけもないので、滅多にないようだ。
「ゴブリンは小鬼と呼ばれる事から分かるように、子供くらいの体格の魔族です。一対一なら標準的な冒険者ならまず後れを取りません。武装した農民でも勝てるくらいです」
「だが数が多い?」
「はい、今回の依頼では小集落規模とされていますね。鵜呑みには出来ませんが、まず間違いはありません」
「なぜだ?」
いつも通り、ウーちゃんがカレン先生に疑問をぶつけてくれる。
君の疑問は大体私の疑問。せいぜい頑張って質問してくれたまえ。うはは。
「依頼時の申告と実際が異なった場合、依頼者側にペナルティがあるからです。主に金銭ですね。預託金が没収されます」
「だが、正確に規模を計るのはただの村人には難しいのではないか? それに依頼した時から一年も経てば状況は変わっていてもおかしくない」
「規模が分からないなら、分からないと申告すればいいんですよ。必要があればギルドが調査を行います。大抵は『規模不明』で依頼を出すんですけどね。規模を申告していた場合に、実際との差異があった場合、当然依頼日からの時間もペナルティ有無の考慮に入ります。その辺り情報の鮮度から確度を推定する責任は、依頼を受けた冒険者側にもあるという事です」
「では今回、カレンが情報の確度が高いと言ったのは、こちらの責任範囲で判断した結果という事か。その根拠は?」
「簡単です。ヘンリーさんの見立てです」
「ほう? 自分の目より、他人の判断を信頼すると?」
振り返って平和そうな村を指さす。
「それはそうです。昨日今日この村に来た私なんかより、この一年自分の村に危険がないか、警戒し続けた元冒険者の言葉の方が、圧倒的に信頼できると思いませんか?」
「確かに、な」
なるほどなるほど。
「確実性の高い所では他人の判断を容れる。あるいは専門家の判断を自らの判断の上位に置くか。合理的だ」
ウーちゃんが感心したように呟きます。
「集落の推定位置はここから十キロヤードほどです」
「遠いな」
村と森の境界線。ここより先は森、すなわち王領である。エベレットでは森林や山岳は基本的に領主権の元にある。そこを切り開いて開拓したい場合は許可が必要で、当然お金を取られるのだ。
ヘンリー村も、最初はヘンリーさんを始めとした入植者がお金を出してるはずだ。入植者が借金を負うタイプの開拓の仕方もあるけど、ヘンリーさんは元冒険者だし多分違うだろう。
地方の村にとっては、この王領森林が厄介で、近隣の村に管理を任されている。というか強制なのである。
勝手に木を伐採しちゃダメなのに、間伐やら枝打ちやら管理はしっかりしろと言われてしまう。国の言い分としては『薪を取ったり、獣や森の幸を採るのは許してやるんだから、報酬としては十分だろう?』である。
馬鹿馬鹿しいので大抵の村はまじめに管理しない。薪をとるため多少は管理するけど、おざなりなものに留まる。
それを考えると、この森はぱっと見はちゃんと管理されてる。偉いなぁ。
以上「森」という単語に敏感なエルフさんこと、レミリアーヌの情報でした。
「まぁ……、ゴブリンは狩人が偶然発見したそうですが」
「それだけ遠いと、森に慣れてない素人では移動だけで疲労しきってしまうだろうな。冒険者に頼むわけだ」
そうなのかな? 農作業で鍛えられた農民ならそれくらい大丈夫な気もするけど。
自分を基準に考えるなと言われそうだ。というかよく言われる……
カレン先生教室の講義を受けつつ、ずんどこ森の中を進む。しばらく進むと人の手が入ってない自然の森になる。
ここは私とシルバが先導するところだね。
「ハヤテが既に集落を発見しています。僕が先導しましょう」
あらぁ、役割とられた。しょんぼり。
得意気にこちらを見るシオン君が、なぜかギョッとして、あわあわし始める。
「あ、そうだ、レミリアさんとシルバさんに先導してもらうのが良いかもしれませんね! 大まかな方向は僕が指示しますのでお願いします!」
おや? そうかい? フフフそう言われたら断れないな。
「分かりました」
うん、やはり銀狼のシルバさんは頼りになるからね。
あれ? 私って必要? シルバが居れば良いのでは? 自分の存在意義に若干疑問を抱いてしまう。
まぁいい、歩きやすいところを見繕って、邪魔な下生えや張り出した枝を払って進む。
「いやぁ、流石レミリアさん。歩きやすくて助かります」
そうかい? 出来るだけそう心がけてるけど、どうしても自分基準になっちゃうんだよね。
「シオンの無駄な努力が見ていて辛い」
「何の話だ」
ノエルさんのつぶやきをウーちゃんが聞き咎める。
「攻撃側も防御側も初心すぎて、すれ違ってすらいないのだ」
「……放っておいてください」
「だから、何の話だ?」
本当に何の話だろう。
ゴブリンの集落まであと一歩というところで、後続に停止を指示する。
「あれを」
木の上に粗末な見張り台が設けられている。
冬で枝が寂しい点を差し引いても、全く隠ぺい出来ていない目立ちすぎな見張り台だ。
「あれは……」
「まさか……」
カレンさんとウーちゃんが絶句している。
「分かりますか?」
「まぁ……、なんといいますか」
私が皆に確認すると、シオン君も分かったようで呆れたような声を出す。
呆れるよね。私もちょっと目を疑った。
何かというと……
「寝とる」
ノエルさんが核心的な言葉を口に出す。
そう、寝てるのだ。見張りのゴブリンが。
「……」
心なしかシルバも呆れてる気がする。
ま、まぁ楽なことに越したことはないし、良いよね!
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