第2話 ギルドに登録しよう

【ワイル】

 ギルドの食堂でパーティの今日の成果を清算していると、見かけない顔の四人組がギルドに入ってくるのが目に入った。

 装備はそこそこまともに揃っているが、あれは……新米だな。つまり俺の出番ってわけだ。

 と言っても、別に新人に因縁をつけに行くわけじゃあない。

 俺の主催するクラン――ギルド公認の冒険者の互助組織――【鷲ノ巣】は積極的に新人を受け入れる方針を取っている、いわゆる「育成クラン」だ。

 この種の「育成クラン」は地方都市毎に一つや二つはあり、冒険者全体の質的向上に貢献している。クラン員、特に指導者側はギルドからいくらか便宜を受けられるし、社会的信用もそこそこ高くなる。

 新人の側からしても各種の知識や技能、冒険者の不文律等を穏当な会費で得られ、また将来のコネクション作りにも役立つとなれば、所属した方がお得というわけだ。少なくとも上を目指している者にとっては。

 俺自身、切った張ったより人を指導するのが性に合ってるしな。他人にそう言うと疑いの目で見られるのは気に入らないが……、人の人相のことをとやかく言うのはどうかと思うぜ?

 ちなみに、これは自慢だが、王都で今売り出し中のA級冒険者【幸運者】ロッドが駆け出しのころ、指導したのは何を隠そうこの俺だ。

 奴とは今でも時々手紙をやり取りしてる。有望そうな新人を紹介したり、交流も続いてるし、一方的に師匠面してるわけじゃないんだぜ?


「よぉ、お前ら新人だな」


 一瞬警戒するように身構える四人組。分かってる。コワモテのおっさんがいきなり絡んできたら警戒するわな。


「なんで俺たちが新人だと?」

「そりゃ、見る奴が見りゃ一目瞭然さ」


 装備の着こなし、俺に声を掛けられたときの反応、各々の位置取り、目線の移動、数え上げたらきりがない。そう言うと四人組は感心したような、少し恥ずかしそうな反応を返す。初々しいねぇ。


「俺は育成クラン【鷲ノ巣】のマスター、ワイルだ。ランクはB級。ローアンへようこそ。立ち話もなんだ、こっちで話そう」


 食堂へ誘い、空いたテーブルに腰を落ち着ける。


「俺はアーレス。一応剣士志望だ。この装備は親父が冒険者で譲ってもらったんだ」

「ガレスだ。同じく剣士志望。親から装備譲り受けたのも同じ。ぶっちゃけ、こいつとは生まれた時からの腐れ縁でね」

「ノエル。神官」

「私はカレンです。魔術師です。師匠から世間を体験して来いって追い出されて……」


 ほー、見たまんまバランス良い編成ではあるな。

 だが、ちょいと釘を刺した方がよさそうだな。


「あー、アーレス辺りは親から聞いてるかもしれんが、お前らそのままパーティー組むのはお勧めせんぞ?」

「新人が手探りで経験積むより、ベテランに手ほどき受けるべきって話だろ? ここに来るまでの馬車の中でも話してたんだが、経験を積んでからパーティーを組みたいを思ってる」

「ほう、話が早いな。もしうちのクランに入るなら、バラバラに中堅パーティに配属されることになる。最初は使いっぱしりに近いのは覚悟してもらわないといかんがな」

「もちろん、どんな仕事でも最初はそんなもんだろ? 世話になるぜ」


 若者らしい性急な結論に苦笑してしまう。


「まぁまて、こういう大事な決断は、ある程度情報を集めてから下すもんだ。クランの評判、代表者である俺の評判、他にもっと条件の良い育成クランがないか、とかな。出来れば信用できそうな情報源を複数確保、その情報を突き合わせて疑わしい点がないか、洗い出しもすべきだ」

「そこまで疑うのか?」

「疑うんじゃねぇよ。冒険者にはそういう方面のスキルが求められる仕事もあるってことさ。普段から習慣づけるべきなんだよ。面倒臭がって痛い目を見る奴もよくいるんだ」


 アーレスはその手の話は苦手そうだな。カレンとかガレスは分かってそうだが。ノエルは……よく分らんな。



 その後もアーレスたちと話をしていると、急にギルドの空気が変わった。


「?」


 周りを見ると、一人また一人と何かに気づき、ギルドの入口の方を見て……そして固まっていく。


「一体何が」


 振り向くと。



 見たこともない巨大な銀狼を連れた、黒髪のエルフの少女がギルドの入口に立っていた。



 馬鹿な、気配はおろか足音すら気付かなかったぞ!?

 黒髪のエルフはこちらに顔を向けているが、茫洋とした表情には何の感情も伺うことはできなかった。

 漆黒の長髪、黒に近い赤い瞳、ひと際白い肌。そしてエルフとしても際立った美貌。

 平均より小柄な身長からして、おそらくだがまだ少女と言っても良い年齢だろう。しかし既に「魔性」という称したくなるほどの美貌と、人の上に立つ者が持つ特有の雰囲気によって、その姿を目にした者すべてが絶句していた。明らかにこのような場所に居て良い人物ではない。

 そして俺にはその特徴的な容姿について引っかかる記憶があった。


「まさか」


 なぜこんなところにあの一族がいるんだ?

 銀狼が主人の方を気にする仕草を見せると、黒髪のエルフはふわりと微笑を浮かべその頭を撫でる。それだけで先ほど迄ギルドに漂っていた、張り詰めた空気が緩んだのが分かった。


「おい、あれって……」


 うちのクランの古参メンバが小声で話しかけてきた。


「ああ、おそらくグラースだな。なんだってこんなところに」


 俺とこいつは、昔あの一族と仕事上で係わったことがあった。係わりはさほど深いものではなかったが、魔王だの吸血種だのと忌み嫌われる世評とは違って、真っ当なエルフというのが俺の印象だ。

 だが、この黒髪のエルフは、最初は魔王の係累と言われても信じてしまいそうな張り詰めた雰囲気を纏っていた。微笑で幾分緩んだが。

 黒髪のエルフはギルドの受付へ向かう。対応するのはクラリスらしい。いつもは冒険者や同僚とだべって、上司に叱られてばかりのくせに、今は椅子の上で背筋をピンと伸ばして、はきはきと淀みなく受け答えしている。いつもの倍くらい舌が良く回ってるが、噛んでないのが奇跡だな。

 ギルド中が静まってるせいで、会話の内容がかすかに聞こえてくる。盗み聞きはあまり褒められたことではないが、聞こえてくるものは仕方ない。だがその内容は……


「登録……!?」


 明らかに新規の冒険者登録手続きだった。

 中身の少女に気を取られすぎて、今まで全く目に入っていなかったが、彼女の外身――服装、装備は新品の革鎧に、高価そうなブーツ、バックパックに使い込まれた弓矢、小剣……それらだけ見れば、確かに冒険者なり狩人のものだった。

 しかし、装備の着こなしといい、背負った弓矢の扱い――ごく自然に他人や壁に当たらないように配慮していた――といい、新人特有のちぐはぐ感が全くなく自然だった。自然過ぎた。中身の少女の場違い感と相まって、逆に違和感がありまくりだ。


「あの方とはこの町まで一緒の馬車で来たんですけど、なんかさっきまでと全然雰囲気が違う……」


 カレンが茫然と呟く。

 乗合馬車でここまで? お忍びってレベルじゃねぇな。真意は何だ?



【レミリアーヌ・エリシス・グラース】

 というわけで冒険者ギルドに到着である。

 開け放たれた入り口から入ると、そこは広めのロビーみたいな感じにになっており、奥に受付カウンタが並んでいた。ロビーみたいじゃなくてロビーそのものなのかな? 狭く感じるけど。庶民感覚に慣れないとな。

 ロビーの左には通路があり、右は壁がなく、そのまま食堂っぽい感じでテーブルと椅子が並び、冒険者らしき人達がたむろっていた。

 食事をしてるグループもあれば、書類(地図?)を広げてなんらか議論してるグループもある。食堂と打ち合わせスペースを兼ねた場所となっているようだった。

 この街まで同道してきた四人は既にその中へ混じって溶け込んでいる。


 そして、私はここで重大な失敗をしたことに気がついた。


 背中と握った手のひらにに冷や汗がにじむ。

 軽くめまいがする。

 目の前が暗くなる。

 心臓の鼓動がやけに意識される。


 ……おわかりだろうか? これ、入学式を風邪で欠席したら、次の日すでに自分以外グループが出来上がっちゃってたやつです。

 うっ、前世のトラウマが……

 いや、この場合新入生にあたるのは、私含めて五人だけだからちょっと違うか?

 ともかく、私がちょっと用事(カンペ作成)を済ませている間に、他の四人はスムーズに先輩冒険者の間に溶け込んでいたのだ。


 一方私は?

 はっきり言って、すでに出来上がってるグループに入り込む度胸は私にはない。せめて、四人がどうやって入っていったのか、その様子を見ていればそれを参考にできたのに……あるいは一緒に紛れ込めたかも。

 しかし既にチャンスは逸してしまった。自力で何とかするしかない。

 庶民はこういう場合どうやるんだ? 「ちーっす、はじめましてー、よろすこー」って言いながら何も考えず突撃すればいいのか? 違うよな?

 根本的に庶民の挨拶の仕方が分からない。単語が分からないとかではなく、加減が分からないって意味で。

 そもそも私は貴族の夜会とかでも人の輪に入っていくのに、ものすごく気合入れなければならないのだ。

 もし可能なら会場の端っこで誰とも話さず、ずっとぼーっと突っ立っていたいくらいだった。一度、魔法使って気配消してやってみたらめっちゃ怒られた。

 色々しきたりとかセオリーとか弁えたうえでそれである。予備知識が一切ない今の状況は、私的にはもう完全に詰みである。

 体が前に進まないし声が出ない。無理やり出したら、声裏返っちゃう自信があるよ。


 もう、こうなったら……逃げよう。

 シルバよ、そんな残念な子を見るような目で見ないでくれ。

 しかし、ただ逃げるのは問題がある。体面とかいろいろね、今更だけどさ!

 だって、入り口で周り見まわして、そのままなにもせずUターンとか不審人物にもほどがあるじゃん?

 前に逃げよう。セキガハラのシマヅの如く。

 幸いギルドでやるべきことはまだある。そう、冒険者登録だ。

 私が食堂の方を眺めてたのはほんの数秒。それほど違和感はない。はず。

 このまま真っすぐカウンターに進めば、最初から登録目当てだったとみんな思ってくれるはずだ。

 というか、だんだんざわめきが収まって注目を浴びつつあるのは気のせいか?

 またお前か、お前なのかシルバ!


「フゥ……」


 だからその残念な子を見る目をやめるんだシルバ。責任転嫁であることは私もちょこっと自覚してるから。

 とにかく空いてるカウンターへ向かう。


「……」

「……」


 何とか言ってくれ受付のお姉さん。もしかしてこっちから用事言うべき? まぁ普通そうか。


「「あの」」


 見事にかぶった。間が悪い……


「失礼しました。当ギルドへようこそ。依頼ですか? それとも……登録でしょうか?」


 固まってしまった私に対し、素早くフォローを入れる受付のお姉さん。流石、長年受付を職業としてるだけある。いや、長年か知らんけど。後半の台詞がちょっと困惑気味だったのは気になるが。


「……冒険者登録をお願いします。新規で」


 必要事項を用紙に記入後、こちらの種族や性別、髪、肌の色をお姉さんが追加で記入し、確認を求めてきた。


「こちらは本人識別用の情報となります。記載内容に問題ないかをご確認後、確認頂いた旨こちらにサインをお願いします」


 ちなみに名前は家名を省略して、レミリアーヌ・エリシスにした。グラースは流石に有名すぎる。かと言って偽名もまずいしね。


「問題ありません」

「それではこちらを」


 はや! もう出来たの?

 渡されたのはID番号とランクを表すFの文字、そして名前が焼き印された木札――冒険者登録証だ。穴に紐が通されて首にかけることができるようになっている。一見粗末だが、これでも保存魔法がかかっており、そう簡単には壊れないようになってる。

 偽造についてはFランク登録証を偽造する意味はあまりないので、それほど考慮されていない。ランクが上がるにつれセキュリティが高度になって行くらしい。

 どのランクでも、IDに紐づけられた冒険者個人の情報が世界中のギルドに魔法なシステムで共有されているので、下手な偽造なんてすればあっさりお縄を頂戴することになるけどね。そのあたり周知されているにもかかわらず、毎年一定数のおバカが捕まるらしい。


「紛失すると再発行に手数料がかかります。また、実績にペナルティが生じますので気を付けて下さい。登録手続きは以上になります」


 ちなみに登録証の材質はFランクは木札、E、Dが形状違いの鉄、Cが銅、Bが銀、Aが金、Sがミスリルになる。ミスリルって銀色だけど銀とどうやって区別するんだろね。

 実家にいた元冒険者によると、各ランクはFは子供のお使い、E、Dは有象無象、Cになってようやく半人前……らしい。


「ありがとうございます。依頼はどのように受ければ?」

「あちらの依頼ボードを確認いただき、依頼票を受付までお持ちください。薬草採集、鳥獣駆除、魔獣討伐ならば常時依頼扱いで受け付けは不要です。常時依頼扱いの薬草や鳥獣の種類については、依頼ボード右端の一覧をご確認ください」

「なるほど」

「街の南北の森――魔境が主な採集、狩猟場所となりますが、森に入る前にはできるだけ届け出をお願いします。遭難した場合に運が良ければ救助隊が出る場合があります」


 行方不明者が発生しても必ずしも捜索が行われるわけではないが、短期間に多数行方不明者が出た場合は、なんらかの脅威(主に魔物だろう)の発生可能性ありとして、捜索隊が出るらしい。ようするに人命を使った警報装置扱いってわけだ。


「よく分りました。ありがとうございます」


 この受付の姉さん、出来る受付嬢って感じだが、ちょっと受け答えが堅苦しいなぁ。私としてはもうちょっとフレンドリィな感じが好み。と言いつつ馴れ馴れしいのも苦手なのだが。

 注文の多い冒険者レミリア。


 それは置いといて、素早く依頼ボードを確認する。常時依頼の薬草の種類を確認して……ああ、全部分かるな。ふぅん、ここら辺はこんなのが取れるのか。あと大物は鹿と猪と熊がでると。引き取り額は……時価。まぁそうだろうな。為替相場じゃあるまいし、毎日金額入れてたらキリがない。

 よし、必要な情報は得た。逃げよう。

 宿をとって明日以降の対策を練るのだ。主に知り合い、友達の作り方について。

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