第3話 狩りに行ってみよう

【レミリアーヌ・エリシス・グラース】

 翌日、日が昇る前から狩りのため街の北側の森へ向かう。もちろん届け出は済ませた。

 冒険者ギルドは二十四時間営業。この世界では珍しいけど、魔物の脅威は深夜でも待ったなしだからね。

 初めての森だが、まぁまぁ歩きやすいねここは。サクサク進んで行こう。安物の小剣を鉈代わりに、邪魔な下生えを払って進む。

 長すぎて使いにくいな……、普通の鉈を買っておくべきだったかな。ちょっと失敗。

 グラース家では貴族の癖にエルフの伝統ということで、森歩きも弓も本職の狩人並みに仕込まれる。冒険者としてやっていこうとした理由の一つだ。

 ふふん、なーんも経験ないのにやっていけると思うほど、世間知らずではないのだよ。

 シルバが一緒にいるので、獣狩るのはちょっと難しいかな。経験上、普通の獣はシルバが近づいただけですぐ逃げちゃうし。

 意外と下生えが多いな。鹿とか草食動物少ないのか? というか冒険者が入ってるはずなので、ちょっと違和感。メジャーな狩場からずれてるのか? まぁ初日だし、慎重に行くか。


 とか考えつつ、ずんずんと森の奥へ突き進む。目当ての薬草が見当たらないんだよ。もうちょっと調べてからくるべきだったかも。

 と、遠目に目当てっぽい草を発見。近づいて確認すると間違いなく常時依頼の薬草だった。


「第一薬草さん、ごめんなさい。あなたこれからすり潰されちゃうの~♪」


 しょうもない即興歌をうたいつつ採集。採り尽くさず、半分は残す。この手のマナーは地域にもよって差があるが、半分残しておけば問題ないだろう。むしろ残しすぎな気もする。

 お、こちらは食べられる野草。


「野草さん、あなたは私の食卓に出荷よ~♪」


 ぐふふ、美味しそうだ。

 そういえば、エルフになって前世と大きく変わったことがある。食事の嗜好だ。

 前世では、お肉? 愛してる! ピーマン? 玉ねぎ? 近寄らないで! って感じだったのに。今世では逆なのである。

 そもそもエルフの平均的嗜好が、葉物野菜がごちそう、肉類は健康のために取るものって感じなので、まるっきり種族特性に引きずられてしまった感じだ。

 そして人族の街での生活で参ったのがこれだ。

 地方にもよるのだろうが、基本的に人族は町の中に畑を作ったりしない。つまりあまり日持ちのしない葉物野菜は、近隣の農村から入ってくる、季節も量も限定されたものしかないのだ。

 人族の庶民の食事は、麦、豆、芋、南瓜、そしてパンが主食。そこに日持ちのする根菜や乳製品、そして肉類がごちそう、って感じだ。

 葉っぱな食べ物やトマト、ナスの類も旬の季節にはちゃんと流通することはする、ただし主な行き先は中流~上流階級の食卓で、ローアンの庶民の前にはあまり表れないのである。

 昨日、泊まった宿でその辺りの“常識”を女将さんに教えてもらい、軽く絶望しちゃったよ。街によっても事情は違うみたいだけど、少なくともローアンでは、その辺りあまり期待できないようだ。


 なぁーので、(私にとって)貴重な野草も一緒に採集である。まとめて宿の厨房に提出して夕食に……あー、よく考えたら迷惑かな? エルフが食べる野草を人族が食べるとも限らない。しまった、もっとよく下調べするべきだった。

 調理器具を調達して、森の中で昼食にしてしまった方が良いかも? だが今日のところはもう手遅れだな。ぐぬぬ。

 軽くテンションが下がってしまった。

 あと困るのが、シルバのお食事代である。彼女の食事は当然肉である。肉は買うと高い。量も必要だし。

 狩りでの調達を考えていたのに、今のところお肉さん候補との出会いがない。

 自由行動許して、狩ってこーい! でも良いんだが、シルバの存在がまだあまり周知されてないので事故が怖い。シルバがそこら辺の冒険者に負けることはないだろうけど、私が近くにいないときに手を出された場合、シルバは当然「それなりの対応」を取ることになるだろう。相手が危ない。


 おかしい。

 もうかなりの距離を歩いたが獣にも魔物にも出会わない。

 普通の獣がシルバを警戒して逃げてるとしても、小型の魔物や魔物化した獣に出会ってもいいものである。あいつら恐怖感とか理性がこわれてるから。

 この出現頻度がこの森の普通だとすると、それらを狩って日銭を稼いでる、底辺層の冒険者の生活が成り立たない。彼らは日帰りで狩りをしているはずだ。

 薬草はそれなりに収集できたが、薬草だけで宿代とシルバの餌を賄えるだろうか?

 無理っぽい。

 門を出て真っすぐ来たけど、手近すぎてここら一帯は獲物が狩り尽くされてる? そんなことがあるのだろうか?

 しまったなぁ。情報収集とかすべきだった。もっとも、狩場の事を知ってそうな知り合いはいないけど……

 私もコミュ障気味とはいえ、ギルド職員にちょっと聞くくらいならできるんだよ。届け出するとき、実はちょっと聞こうかと思いはしたんだよ。

 でもね、ついね、まぁ聞かなくてもなんとかなるかなと……。細々とした面倒からすぐ逃げてしまうこの性格ね。改めるべきだとは思ってるんだけどさぁ……


「はぁ、今日は様子見ということで、真っすぐ突き進みますかね」

「ワフッ」


 シルバと二人きりになるとつい緩んで、喋りが素になってしまう。知らない間に誰かに聞かれたら、普段の喋りとの違いでなんか言われそうだなぁ。


『あいつ森の中でなんか意味の分からない独り言呟きながら歩いてたぜ』

『普段は無口なのにね』

『草に話しかけてたぜ。妖精かよ。草』

『私が見たときは謎の鼻歌うたってたわ、普段とテンション違くない? 藁』


 うあー! 被害妄想、被害妄想! そもそも、まだ噂されるほどここで活動してないし!

 ふぅー、落ちつけ私。

 自分で自分の妄想に精神ダメージを受けている間も前進は継続。


「うー、そろそろ十キロは歩いたんだけど」


 これはもう駄目かもわからんね。

 私が今まで狩りをしたことがあるのは、管理された実家の狩猟場だけだ。なのでここまで獲物に出会わないことが、普通なのかどうかもよく分らない。

 狩りにはそれなりに自信があっただけに、この結果にはかなりしょんぼりだ。

 今後やっていけるのだろうか。というか他の冒険者はどこで狩りしてるのさ……いや、ちゃんと情報収集しろって話ですね分かります。


「はぁ、帰ろうか」


 シルバを振り返ると、ピクリと反応する。

 いや、これは私の言葉への反応じゃない?


「なんか見つけた?」


 クイッと顎で示す先に視線を向ける。基本、シルバは狩りでは私に対して厳しいので、私が見つけてない獲物をあえて指し示すようなことは普段はしない。

 つまり獲物というより、なんらかの脅威を発見したということだ。


「あれは、猪?」


 進行方向から左にずれた方に猪がいた。

 ……ほんとに猪?


「なんか遠近感が……でか」


 デカイ。普通の猪の二~三倍はある巨大猪がこちらを見ている。距離は百メートルくらいか。真っ赤な目がひたとこちらを見据えて……


「おわ、やば」


 猛烈な勢いで走り始める巨大猪。もちろん目指してるのはこっちだ。

 若干慌てつつも、意識的に気分を落ち着けて背中の弓を取って構える。

 慌てない慌てない……

 矢筒からは矢を二本まとめて抜く。

 赤い目、巨大化とくれば十中八九、魔化した猪だろう。目が充血した、ただひたすらでかい普通(?)の猪という可能性もなくはないけどね。やらなきゃやられるという点で大した差はない。

 ほんの数秒で距離は半分に縮まる。普通の猪も足が速いが、この巨大猪は体格の分さらに速いようだ。

 矢をつがえ、弓を引き絞る。狙うは両目。走っている獣の目を射るとか我ながら無茶だな。


 一流のアスリートは集中力を極限まで高めると、まるで時間がゆっくり流れているかのように感じるそうだ。いわゆるゾーンである。

 私は弓の練習でゾーンに入った事が……ない。

 本番で突然覚醒してゾーンに突入するってことも……当然、ない。

 つまり、どういう事かというと、


「にょわぁぁぁぁー!!!」


 続けざまに二矢を連射した後、結果を確認するより先に奇声を上げながら横っ飛びに避ける。シルバは逆に飛んだようだ。

 直前まで私がいた場所を巨大猪が弾丸列車のような勢いで通り抜け、一瞬の後つんのめるように顔面から地面に突っ込み、もんどりうって転がっていった。

 その勢いのままぶつかった木が真っ二つに折れ、重々しい音を立てて倒れる。そこで巨大猪もようやく停止する。

 もちろん全部リアルタイムだ。スローに感じることなど欠片もなかった。

センスねーな私。


 しかし……死んでた。あれに轢かれたら確実に死んでた。

 心臓がばくばくと、信じられないほど大きな音を立てて鼓動する。今までも狩りで危ない目にあったことは何度かあったが、今回のこれほど確実な死を予感させることはなかった。

 へたり込んでしまった足にうまく力が入らない。これが腰が抜けたってやつか。


「ワウッ!」


 シルバの鳴き声。彼女の非難するような鋭い視線がこちらに向いていた。

 はっ!? いかん、こういう気が抜けた時こそ危ない。残心という奴だ。

 従魔であるものの、狩りの師匠でもあるシルバは、こういうところは厳しい。ありがたいけどね。

 慌てて巨大猪の様子と、周囲の危険の有無を確認する。幸い問題はなかった。親子連れとかだったら危なかったな。


「ふぅー」


 深呼吸で気を落ち着けて、気合を入れて立ち上がる。


「ふん!」


 足にもちゃんと力は入る。若干心許ない感じがするが、何とか大丈夫そうだ。

 射た矢がどうなったのかは、確認する必要はなさそうだった。巨大猪は転がったまま痙攣しており、立ち上がる気配はない。

 念のため小剣を構えて、慎重に近づく。

 顔を正面から覗き込むと、両目に折れた矢が突き刺さっているのが確認できた。完璧じゃん。ふっ、私ってば天才か?

 まぁ毎日欠かさず練習した成果ではあるな。お兄様には『何故それで当たる』とか言われるけど。ものすごく納得いかないって顔で。

 刺さった矢は柄が折れてるせいで、どの程度の深さまで刺さっているかわからない。だが顔面から地面に突っ込んだときに、矢じりに脳を散々かき回されたであろうことは容易に想像できた。


「う、自分で想像してしまった」


 まだ意識というものが残ってるか分からないけど、びくびくしてキモ……もとい可哀想なので、喉元から突き入れた小剣で頸動脈を断ってとどめを刺す。そのまま血抜きだ。

 流石にこの場で解体までやるのは無理がある。なのでとりあえず血抜きと、内臓処理までかな。街まで距離あるし、内臓は取っておきたい。

 シルバに手伝ってもらって血抜きした後、浄化魔術で毛皮全体を洗浄。腹を裂いて内臓を取り出す。食べられるのはシルバのご飯。食べられないのはそのまま掘った穴にポイだ。切り分けた胆のうは一応取っておく。熊胆ほどではないが小銭にはなるだろう。


「食べていいよ」

「がふがふ」


 一応主人なので、食事の許可は私が出すのだ。

 それと肝心なのが魔石。


「おー、結構大きい」


 それなりにお金になりそう。

 猪の腹腔内と汚れた自分の手足、ついでに魔石にも浄化をかける。浄化便利すぎだな。

 もっとも魔力消費がそこそこ多いから、こんなポコポコ連射するのは一般的ではないようだけど。


「ふぅー」


 さっぱりしたところで、バックパックから昼食用に用意したナッツを取り出してパクパクと口に入れる。

 昔じゃ考えられないな、獣の解体作業直後に食事とか。

 むしろ吐いてた。

 だがもう慣れたものである。これも公爵令嬢の嗜みの一つ……公爵令嬢とは一体?


「おっと忘れるところだった」


 目から矢を引き抜く。脳漿とか血とかでデロデロだが、これも浄化で綺麗にする。鏃だけ外して、腰のポーチに放り込む。作り直さないとね。

 シャフトは店で買うとして……羽根は適当に狩るか。

 あれ? そういえば麦藁帽子どこ行った?

 ……大猪に踏まれてぐちゃぐちゃになってるよ。ガーンだな。


 麦藁帽子でちょっとしょんぼり気分になりつつ帰る準備をする。

 シルバの肩から背中にかけては、実家から持ち出した革帯を装備している。見た感じは帯というより上着みたいだが。防具と荷物入れを兼ね、簡易的な鞍にもなる。

 大猪をその上に載せてもらってロープで固定する。この大猪、シルバより大きいので固定にちょっと苦戦する。

 さすがのシルバもそのままでは運べないので、手加減なしの重量軽減魔術を掛ける。大体八割減まで行けるので、八十~百キログラムくらいになるかな? おおよそ二百ポンド。

 ちなみにこの世界のヤードやポンドは定義からして前世と値が違うので、ちょっと注意が必要だ。ほぼ実害ないけど。


「それじゃ帰ろっか」

「わふ」


 大物を狩れたので帰りは採集も狩りも行わない。なのになぜか時々野生動物、狐や鹿を見かける。なぜ往路で出てこなかったのさ、君たち。風向きが悪かったわけでもないのに。

 運か? 私の運が悪いのか? 大いにあり得るので困る。前世的に考えて。

 流石に余裕ないので全部スルー。

 シルバは余裕そうだったが、一応往路よりゆったり目のペースで帰る。

 結果的に往路と同じくらい時間がかかり、街に着いた時には日もだいぶ傾いていた。


 門で衛兵にドン引きされ、路行く人々に遠巻きにされ、若干居心地悪く感じつつも冒険者ギルドを目指す。

 いや、なんでこんなに注目浴びるんだろう。冒険者ギルドあるんだから、冒険者が狩りの成果を運んでくるなんて、日常茶飯事なのでは? 

 この大猪は魔石の大きさ的に、多分Cランクくらいだと思う。そこまで珍しいというわけではないはず。昨日見た依頼ボードもBランクの依頼がいくつかあったし。

 私が美少女だから? 違うよね。

 やっぱシルバが目立ってる? なんかそれも違う気がする。

 とりあえず他人の目があるところでは、つい令嬢モードになってしまう。私は皆さんの視線なんて、全く気にしてませんことよぉ。おほほほ~。大嘘。

 すまし顔でさっさと冒険者ギルドへ向かうのだ。これは逃亡ではない。気分的に避難であることは否定できないが!

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