第4話 ギルドで報告しよう

【レミリアーヌ・エリシス・グラース】

 ギルドに入るとまたも注目を浴びる。食堂にたむろっていた冒険者たちの遠慮ない視線。何となく全体的に昨日より柄が悪いような。気のせいかな?

 まぁいいや、幸い受付は空いているようなので、さっさと薬草納品して、大猪も売り払ってしまおう。ぐふふ、結構いいお金になるはず。


 受付は昨日と同じお姉さんだった。ちょっとほっとする。

 まず挨拶して、魔化っぽい猪を狩ってきたことを報告……なんて言えばいいんだ? 『こんばんわ、これ狩れちゃいました』違うな。そもそもまだ日は暮れてない。『こんにちわ、常時依頼の薬草と、ついでに猪狩ってきました』こうか?


「あの、その猪は……」


 あわわ、考えてた台詞を言う前に向こうから話しかけられてしまった。

 えっと、この場合はなんて言えば?


「はい」


 はいじゃないが。


「えっと、北の森でとれたんです」


 とれたんですってなんやねん。あー! なんですぐテンパるかな私ってば!

いや、でも獲物を「獲れた」とも言うしセーフか? うん、行ける気がする。押し切ろう。


「買い取りをお願いできますか? あと薬草もあるのですが」


 不自然じゃないよね? うん、大丈夫のはず……


「あ、はい。では向かって左手通路奥の納品場でお願いできますでしょうか? 納品場へは外から直接入ることもできます」

「……!」


 ひょっとして獲物の納品は、その納品場とやらに運び入れるのが普通? そりゃそうだ。受付で血だらけの魔物の死体とか、ホイっと渡すわけないじゃん!

 うわー、堂々と正面玄関から入って来ちゃったよ、恥ずかしい……! 常識ない人って思われたよ絶対。

 くわぁぁぁ! 泣きそう……


「……はい」


 シルバを連れて一旦外に出る。屋内の通路は明らかに幅が引っかかっちゃうんでね……

 いつも通り外面だけは取り繕って、何でもない風に歩く。でも内心はもうかなり鬱である。

 逃げたいが、流石にこの大猪をほっぽり出すわけにもいかない。諦めて納品場へ向かう。どんよりした気分が顔に出てないか心配である。


 納品場らしき、ギルドの別棟と思われる建物に入ると、忙しそうに解体作業や薬草の仕分けをしていた人達が、こちらを見て目を見開く。作業進捗的に終わり掛けっぽいですよね、ごめんなさい仕事増やして。


「あの、冒険者ギルドの納品場は此処でよろしいでしょうか?」

「え、あ、はい! ここです!」


 敬語だ。文句や嫌味が出てこなくてよかった。

 指定された場所に大猪を降ろす。重量軽減かけっぱアンド身体強化でささっとね。


「魔石と胆のうがあるんですが」

「預かります!」


 ダッシュで受け取り素早く、確認する。職人技だ。


「あと薬そ……」

「はい! 預かります!」


 速い。なんてやる気に満ち溢れた人なんだろう。


「どうぞ、お返しします!」


 薬草を入れていた袋が丁寧に畳まれて返される。


「どうも」

「受け取り票はこちらです! 査定結果が出るまで少々時間がかかりますので、受付前でお待ちください!」

「分かりました」


 なんか、ものすごく汗かいてるけど、大丈夫かな? そんなに急がなくてもと思うけど、これがここでの流儀なら口出すことでもないか。

 これはひょっとして、パワハラ上司に強制されてるんでは? そんな切迫感を感じないでもない。

 前世では結構ホワイトな会社に就職できた私としては、同情を禁じ得ない。勤続わずか一か月、初任給受け取った日に死んだけどね!


「あ」

「はい! なんでしょうか!」

「ありがとうございます。……頑張って」

「は、はい! 申し訳ありません!」


 え、励ましたらなぜか謝られた。なんか余計なことを言ってしまったのかもしれない。給与査定とかで理不尽ルールを強いられてるのかも? ブラック職場怖い。

 でも周りはいつの間にか誰もいなくなってるし、上司もいないみたいだからそこまで気を張らなくても……まぁいいか。これ以上余計なことは言わないでおこう。


「では」


 受け取り票の番号は……百。一日で結構たくさん納品されるんだなぁ。待ち時間長くなければいいけど。

 まさかと思うけど、食堂にいた人達全部待機組だったりしたら、一体何時間待たされるんだろう。

 通路を通って受付前のロビーに戻る。椅子もないので、隅っこでシルバと一緒にぼーっと待機。

 何も考えず突っ立っていると心が安らぐなぁ。


「フモ」


 ちょっとやめてよ、頭に顎乗せないで! おーもーいー!

 シルバとじゃれてると意外と早く番号を呼ばれた。


「百番の方、お待たせしました」


 ほとんど待ってない。というか、なんか先に順番待ちしてたっぽい人を飛ばしてる気がするんだが……順番は前後することがありますってやつかな。


「ちょっと待っててね」


 シルバをその場で待機させ、一人で受付に向かう。他の人の邪魔だからね。


「お持ち込みになりました大猪ですが、ギルドから討伐依頼が出ていましたので、討伐報酬が出ます」


 ほほーん? そんな大物だったのかあいつ。ラッキーだ。でも……


「依頼受けてませんが?」

「討伐依頼の場合、調達系の依頼とは異なり依頼の受付は、トラブル時の優先順位付け程度のものでして、必ずしも必要ではないのです。特殊な依頼ではその限りではありませんが」

「なるほど」


 調達系の依頼で横入りは困るが、討伐系の依頼で偶然ターゲットを狩ってしまうのはセーフってことか。確かにその方が合理的か。


「査定結果ですが、計九万六千八百十ノルムになります。内訳は大猪の討伐報酬が三万ノルム、買い取り価格が六万ノルム、魔石が五千ノルム、胆のうが千ノルム、薬草各種が計八百十ノルムですね」


 ざわざわ


 お姉さんが口に出した金額のせいか、周りが若干騒がしい。

 約十万ノルム……現代の貨幣価値でおよそ百万円である。いやまじで。

 この国の庶民の年収が十万~百万ノルム。所得格差が激しく、個々の物の価値が前世の日本とは全然違うので一概には言えないが、大体一ノルム十円くらいかな。ここ数日買い物した感覚だけど。

 十万ノルムってのは、庶民の間で流通する小型金貨で百枚、銀貨だと千枚だ。結構な大金である。

 予想以上の稼ぎにちょっとびっくりだ。


 それにしても、普通に周りに聞こえちゃってるけど、こういうのって個人情報じゃないのかな?

 でも明細をわざわざ紙で発行するのは、コスト的に問題なのかな。駆け出しの人とかが、薬草採集で数百ノルム稼いで、明細書発行で十とか二十とかとられるのは嫌だろう。

 しかし、十万か……たった一日で。うひょ。

 なんだ、冒険者ってもしかして楽勝? やっていける自信はあったけど、実際に数字として示されるとテンション上がるな。

 さっきの失敗での落ち込みを帳消しにするくらい、気分アゲアゲである。調子いいな私。


「また、Cランク討伐の達成により、冒険者ギルド規定により、Dランクへ昇格となります。おめでとうございます」

「え」


 聞き違い? 昇格、しかも二階級も?


「私はまだFランクですが」

「Dランクまでは、実戦闘力を示すことさえできれば、ほぼ無条件で昇格できるんです。傭兵などの別業種からの転職者で、実力のある人を長々と低ランクに留めていると、ギルドにとっても本人にとっても損失ですので」

「なるほど」


 なるほどなるほど。良いシステムだな!

 冒険者になって昨日の今日で二階級特進! うふふ、さらにテンション上がって、なんだか気分がふわふわしてきたよ。

 こんなに心が軽いの初めて! もう何も怖くない!

 顔がにやけそうになるのを必死に抑える。平常心平常心……


「昇格手続きを行いますので、その場でしばらくお待ち願います」


 お姉さんが受付の奥に引っ込む。

 ところで、こういうのってチップとか心づけとか渡した方がいいのかな? よく分からん。

 よく分からないときは聞こう! いつもだったらそういうことに気づいても、まぁいいかでスルーしそうだけど、今日はテンション高いので聞いちゃうよぉ。

 などと考えてると、誰かが近づいてくる気配を感じた。


「なんだぁ? こんな小娘がDだと?」


 なんか冒険者のおっさんが、こっちを指さしながら怒鳴ってきた。

 え、誰? てか、人を指ささないでほしい。


「おめぇ、いいとこの嬢ちゃんだろ、人を使って狩らせた獲物で昇格か? いい身分だなぁ?」


 え、何? もしかして不正を疑われてる?


「そんなことは」

「ああ!? やってないってなら、やってないって証拠みせろや!」

「え」


 それ悪魔の証明じゃん。


「それは無理で」

「無理なら昇格返上しろ! 不正してんじゃねぇよ!」


 てか、この人お酒臭い……酔っぱらってるよこれ。ギルドの食堂は飲酒は禁止のはずなんだけど。壁にでかでかと『飲酒禁止!!』って張り出されてるし。


「いえ、ですから」

「冒険者ってのはな、金持ちの道楽じゃねぇんだよ! お天道様がしっかり見てなくても俺みたいなやつがちゃんと見てんだからな!? 庶民馬鹿にしてんじゃねぇぞ!?」


 いや、もう何言ってるのか段々分からなくなってきた。

 私も反論を挿し挟もうとしてるんだけど、すぐ遮られて「あ」とか「う」とかしか言えない。なんか威嚇もしてくるし。

 でも最後の一線、暴力行為や差別発言だけは避けてる。器用な酔っ払いだなぁ。

 そういえば、こういう言葉の暴力って今世では初めてだな。お上品な人しか周りにいなかったし、出会う可能性すらなかったから。

 あわあわしてる自分と、それを俯瞰で眺める自分。この感覚久しぶり。前世の学生時代に変なおじさんに絡まれたとき以来か。

 この感覚最大の欠点は、俯瞰で眺めたからって良い考えが浮かぶわけでないということだな。意味ねぇ。


 うーん、それにしても、こういう先輩冒険者に絡まれるのって小説や漫画なら定番のシチュエーションだけど、自分の身に降りかかると、全く対応できないな。

 漫画だったらクールに打開策をひらめくところなんだろうけど。

 殴り返す? 論破する? 無理だよ。少なくとも私には。

 そんな度胸もないし口も回らない。

 そもそも向こうは手を出してきてないから、先に手を出したらこっちが罪に問われるんじゃなかろうか。

 うー、暴力や脅しに慣れてない前世だったら完全に泣いてたな。今の私はその気になれば反撃できるからまだ耐えてるけど。


 はい、嘘です。

 結構泣く寸前だったりします。だって、人相手の喧嘩なんてしたことないし……

 誰も助けようともしてくれない……世知辛い……一体どうすれば……

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