第5話 酔っ払いを退治します 【カレン】
【カレン】
私が育成クランで紹介されたのは、全員女性で構成されたパーティーでした。パーティーと言っても二人ですけど。
メンバーはDランクのメイとダリア。二人とも弓も剣も使える万能タイプ。ローアンでは珍しくもない、バランスとか無視の『気が合ったから』で組んでるタイプです。
魔術師である私との相性は、良くも悪くもない、といったところでしょうか。
ただ、新人教育を引き受けるのは初めてだったらしく、最初の教育を行うのが街の中――消耗品や武具の調達先――か、街の外――狩りに出て実力を見る――かで、若干もめて結局両方やろうということになって……、まぁ正直言えば、段取りはかなり悪かったです。
ただ、揉めたと言っても、仲の良い二人がじゃれていた程度で、そんな深刻な感じではなかったのは救いですね。私のせいでパーティーの雰囲気が悪くなったら、気まずいですから。
店巡りも、狩りも、なんだかんだ欲張って、結局冒険者ギルドに帰り着くのは、日もかなり傾いてからになってからでした。
「本当はもっと早めに上がるべきなんだけどね。じゃないとトラブルが起きて足止めされたとき、森の中で夜を迎えることになって危ないから」
ギルド食堂の空いた席を確保すると、一応リーダーということになっているメイが、早速反省めいた注意事項を教えてくれます。
「リスク管理上、日暮れまで余裕を持って街に戻れってことですね」
「そうそう。出来れば三時から四時には解散できるのがベストね。でないと」
パーティーメンバーのダリアが周りを見渡して、肩をすくめます。そして内緒話をするように顔を近づけて、小声で続けます。
「夜に近づくほど、リスク管理とか考えてない、質の悪い連中が増えてくるからね」
現在時刻は既に五時半を回っています。この時刻のギルド食堂の冒険者は、確かにあまり品が良いとは言えません。昨日三時前にギルドを訪れた時とは明らかに層が異なります。
「ダリア、あんたがゴネるからこんな時間になったんでしょ」
メイが呆れたように指摘します。ダリアが狩りの延長を主張した結果が今の時刻なので。
「だぁって、成果が角兎が六匹とか、あんまりにもさみしいじゃん」
「で、あなた様がおゴネになられた結果は?」
「ぐっ、何の成果も得られませんでした……」
「ほんと骨折り損よね」
ローアンは森の中の二つの魔境――魔物が自然発生する地脈の特異点――の間を縫うように敷設されたローアン街道に建設された都市です。
魔境と言ってもランクは低く、発生する魔物の半分がFランクの角兎だとも言われています。
交易の中継点として発展を遂げた今でこそ、街にとって冒険者の拠点としての比重は小さくなっていますが、かつては角兎の肉と毛皮、そして魔石の輸出で成り立っていた時代もある、歴史ある『初心者の街』です。
この街の冒険者は大きく二つに分かれます。森に入りリスクを取って、D、Eランクの魔物を狙う『森組』と、森から溢れ街道近くまで迷い出た魔物――ほとんどが角兎――を狙う『街道組』です。
“上”を目指す冒険者は当然森組になるし、上昇志向がないその日暮らしで満足している者や、何らかの理由――怪我や年齢、家庭環境――でリスクを冒せない者、冒す能力が無い者は街道組となります。
もっとも、リスクをとるからと言って、森組が上、街道組が下というわけではありません。街道の安全を確保するためにも、街道組はなくてはならない存在だからです。
でもやはり、どうしても森組は街道組を見下す傾向があります。素行とか、一部の街道組にも見下される理由がないとは言い切れないのです。
そしてこの時間帯の冒険者ギルドは街道組がメインとなります。街道組同士のなわばりや分担の関係でどうしても、時間をかけて遠出せざるを得なかったりもするので。先ほどのダリアの言葉は一部真実であるものの、偏見もかなり混じっています。
この辺りの話は今日メイさんから聞いたものではありますが、私がこの街に来る前に得ていた情報とも符合するので、概ね信用して良いでしょう。
「三人で千二百か、しょっぱすぎるよぉ」
今日の狩りの成果は角兎六匹。しめて千二百ノルムだった。
「クランから手当出てるでしょ」
「小銭じゃーん」
「すみません、私のせいで」
育成クランに所属しているとはいえ、収入が大きく下がるのはやはり痛いだろう。
「あ、ごめん、そんなつもりじゃなかったんだけど」
ダリアが慌ててこっちに謝ってくる。
「ダリアはいっつもこんな感じだから、気にしてたらきり無いわよ」
やれやれとばかりに肩をすくめるメイ。
「よし、今日の狩りでカレンの実力は大体把握できたし、明日は街の中案内しましょ。古着屋とか小物屋。あとマー・カフェとかね」
マー・カフェ! 私もまだ人生で数回しか行ったことがない、紅茶や珈琲、そして各種スイーツを提供する、甘味と流行の中心地です。この街にもあるのは知っていましたが、昨日の今日でまだチェックしていません。
「あ、でも私お金が……」
旅費で結構使ったので、正直手元の資金はけっこう厳しいです。そして高価な材料をふんだんに使ったマー・カフェのメニューは、どれも高いのです。食費何日分になることか。
「奢ったげるわよ。ダリアがね」
「え、待って、せめて割り勘に……」
ギルド内がざわめいたのはその時でした。
周囲の視線はギルドの入り口に向いています。なんかデジャブが。
「あれって、例の銀狼姫?」
メイの視線が向いたギルドの入り口には、レミリアーヌ様が立っていました。
『様』です。公女様を呼び捨てになんかできません!
でも名前では呼んじゃう。今のところ心の中だけですけどね。
今日はなんだか機嫌よさげな雰囲気です。表情は変わらないけどなんとなくわかります。
ふんわりとした感じで、まるで女神様みたい。そう思ってるのは私だけ?
「すご……何あの超絶美少女エルフ」
今日初めてレミリアーヌ様を見たメイとダリアが絶句しています。
そうでしょう、そうでしょう。まるで自分の事のように誇らしい。
自分のテンションが急激に上がっているのを自覚します。でも今の所、ほとんど赤の他人なんですよねぁ……お近づきになりたい。そしてエルフマニアな師匠に自慢したい。血涙流して悔しがりそうあの人。
「うわ、でっか」
レミリアーヌ様の後ろについてきた銀狼の背中には、不自然なほどに巨大な猪が載っています。見た感じ千ポンドは軽く超えてそうなんですけど、平然と運んでる……。
あの銀狼、力持ち過ぎでは?
「あれって、ひょっとしてワイルさんが討伐計画立ててた、北の主じゃない?」
「あー、それっぽいわ」
依頼ボードを見るとCランクの魔化巨大猪討伐の依頼票があります。あれかしら。
この街の一般的冒険者のランク的に手に余るため、狩り場の安全確保のためのギルド討伐依頼が出ていたようです。
レミリアーヌ様は受付に進むと受付嬢と言葉を交わします。
途端、先ほどまでの柔らかさが嘘だったかのように、突然緊張感漂う雰囲気に切り替わってしまいました。
「え、なに事?」
そして、心なしか肩を落としてギルドを出て行ってしまいます。
食堂にたむろしていた冒険者たちがざわざわと騒ぎ出します。
「なんだあれ、お姫様かよ」
「え? どっちかというと近づくとヤバイ系じゃね」
「は? 女神だろ」
「俺も最初は女神かと思たけど、神は神でも邪神だった」
「あれを邪神とか目が腐ってるんじゃね、お前」
なんだか皆の感想が混乱しています。
ダリアとメイも「きゃー、かわいい! 仲良くなって愛でたいわぁ」「やめときなよ、確かに綺麗だけど、いかにもじゃない」「いかにも?」「え、わかんないの?」と印象が真っ二つに分かれている様子です。
確かにレミリアーヌ様の外見は、白い肌、黒い髪、黒に近い赤眼と各々のパーツだけ取り出せば、一般的にあまり良い印象のない特徴的なものばかりです。特に赤眼は魔物の目とされて差別対象にされることもあります。
そしてその顔。ほとんど感情を表さないその表情は見る人によっては、その美貌と相まって冷たい印象を与えるでしょう。よーく見るとわずかに動いてるんですけどね。はい、馬車で一緒になった時にじっくり観察させていただきました。
本人が意識的にほほ笑むと、万人を魅了するであろう程に魅力的なんですけど。馬車で微笑まれたときは色々とあぶなかった……
結局のところ、例えば赤眼に偏見を抱いている人は不気味に感じ、美貌に見とれる素直な人は女神に見えるという具合に、人によって印象が大きく違っているようです。私の独断と偏見による考察ですが、そう大きくは外れていないと思います。
つらつらと考察しているとレミリアーヌ様が通路から戻ってきました。どうやら獲物を納品場に置いてきたようです。
ロビーの隅で銀狼と一緒に佇んでいる様子は至極自然体です。普通の人なら冒険者になって初日にあんな大物を仕留めたら得意げになりそうなものですが、彼女にとっては普通の事なのでしょう。
と、銀狼が彼女の頭に顎を乗せます。顎下のふわふわの毛並みがレミリアーヌ様の顔を半ば隠してしまいます。
レミリアーヌ様は咄嗟に銀狼の頭をどかそうと両手で持ち上げようとしますが、当然びくともしません。
レミリアーヌ様が体をひねって銀狼の首を抱えるように両手を回すと、銀狼がいやいやをするように首を振り、結果として銀狼の首にねじ込むような形になったレミリアーヌ様の頭は、銀狼の毛に半ば埋まってしまいます。
その後もじゃれ合いはしばらく続きました。
「なんか……かわいいわね」
先ほどは否定的なことを言っていたメイが毒気を抜かれたような顔でつぶやきます。
「ほら、そうでしょ」
ダリアが先見の明を誇るように胸を張ります。
「百番の方、お待たせしました」
受付の人が声を上げると、レミリアーヌ様は銀狼とのじゃれ合いをやめて受付へ向かいました。もうちょっと眺めていたかったな。
「百番って特急番号じゃん」
「北の主を討伐したからかしらね?」
受付の言葉を盗み聞きしてると、報酬が九万六千とかDランク昇格とか聞こえてきます。はぁ、もう完全に別世界だなぁ。
どんな理由があって冒険者になったのか、いつまで続ける気なのか。
ミクラガルズ王国に戻ってしまえばもう一生会うことすらなくなるでしょう。冒険者をやってるうちになんとかお友達になりたいところですが……難しそうだなぁ。元の身分は言うに及ばず、冒険者としても格が違いすぎるなんて。
「はぁ」
ため息がでます。
もたれかかった椅子からぎぃぎぃと音が鳴ります。この音さえ、レミリアーヌ様との差を実感させます。
あの人はこんな音の出る粗末な椅子には座ったこともないでしょうね。
その時ふと、一人の酔っぱらいが受付に向かうのが見えました。
「あの人酔っぱらってますよね? 食堂って禁酒なんじゃ?」
「あー、持ち込んでる奴時々いるね」
「まぁ、ちょっとくらいで目くじら立ててたらキリがないから」
その酔っぱらいはそのままレミリアーヌ様の傍まで寄って行き……
「なんだぁ? こんな小娘がDだと?」
レミリアーヌ様に因縁をつけ始めました……!
「あいつ……!」
立ち上がろうとする私をメイが止めます。
「やめなさい。冒険者同士のトラブルは当事者で解決するってのが不文律よ。刃傷沙汰になりそうでもない限り」
「でも!」
「パーティーなりクランに入ってれば、そのメンバーが助けに入るのはセーフなんだけどねぇ」
ダリアも少しモヤッとしているようでしたが、止めに入るつもりはないようでした。
レミリアーヌ様は、一見平然と受け流しているように見えます。だけど私にはわかります。あれは困惑して怯えているのです。それはそうでしょう。ご実家ではあんな暴力的な言葉遣いをする者は、近づくことすらなかったはずですから。
その気になれば実力で排除することも可能でしょうに、きっと他人に手を上げることなど、思いつきもしないのでしょう。
現に最初は反論しようとしていましたが、対処に困ってか今では黙ってしまっています。
「パンケのやつ、あんな得体のしれない奴に突っかかるとか、意外と根性あるじゃねぇか。がはは」
「あいつ、この前警告受けてたよな。本当に欠格になってもしらねぇぞ」
「やれやれ! げらげら」
隠れて酒を飲んでいた奴らが、好き勝手囃し立て始めます。あーイライラする。
正直言えばチャンスと思わないでもありません。不文律とか無視して助けに入れば、レミリアーヌ様とお近づきになれる可能性大です。あの程度の酔っぱらい、私ならどうとでもなります。
でもそんなことをすれば、メイやダリアの顔をつぶすことになるのは明白です。
それに、私が手を出せばかえってレミリアーヌ様に迷惑になってしまうかもしれません。トラブルに自分で対処できなかったという結果が残れば、今後の評判に影響を与えかねなません。
くぅ、見守るしかない……のかなぁ。
煩悶が顔に出ていたのか、苦笑したダリアに頭をポンポンとされてしまいました。子ども扱いすんな。
でも私は見てしまったのです。
レミリアーヌ様が腰の前の組んだ両手、その右手に掴まれた左手がかすかに震え、それを抑えるように右手で掴みなおしたのを。
私はバカです。打算だとか世間体とか、そんな細々としたことばかり考えて……友達だったら、友達になりたいんだったら、もっと大事なことがある!
必死に震えを隠しているのを見ながら、それを見捨ててどうして友達と言えるでしょうか。
ダリアの手を振り払った私は、制止の声を振り切って、杖を振りかぶると玉打ち遊びの要領で全力で真横に振り抜いきました。当然狙いは酔っ払いの側頭部です。
カコーンと小気味の良い音を立てて、酔っ払いのおっさんが吹っ飛ぶ。
魔法の杖は頑丈です。戦闘中に鈍器として使える程度には。
「……! ……!」
酔っ払いはのたうち回って痛みのあまり声も上げられないようです。
「あちゃー」
背後でダリアの声が聞こえます。
ふんす。正義は勝つ。
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