第6話 面倒事の後始末 【クラリス】
【クラリス・ブラント】
例の黒髪のエルフ少女――レミリアーヌの昇格手続きを終えてロビーに戻ると、何やら騒ぎが起きていた。
同僚達が何が起きたか見ていたはずなんだけど……
「……」
目を合わせると、ついと逸らされる。
黒髪エルフの件は私担当と言いたいらしい。いいけどね! いつか報復してやるんだから。
はぁー、昨日たまたま受付にいた自分の不運を恨むわ。
とにかく、事態を収めるために現場へ向かう。どうも街道組のパンケがレミリアーヌに因縁つけてるらしい。……本気でやめてよ。ただでさえ厄介案件確定なのに!
しかし、私が止める前に目の前で新人魔術師らしき若い娘が、騒いでたパンケを杖のフルスイングで吹っ飛ばしてしまった。
あちゃー。
「あちゃー」
新人魔術師の指導員らしき人が、私の内心を声を出して代弁してくれる。
ホントややこしくしないで欲しいんだけど! 気持ちは分かるけどさぁ! 何度目よ、このおっさん!
「てめぇなにしやがる! ぐべ」
パンケが転がった先には銀狼がいて、起き上がろうとしていたのを前足で潰してしまう。
いや、潰すというより優しく抑えたという感じか。
銀狼は目を細めて遠くを眺めるような表情になっていた。なんとなく同志的シンパシーを感じるのは気のせいだろうか。
銀狼に目礼すると、銀狼もゆっくり瞬きして答える。やっぱりわかってるわねこの子。
「何しやがるこの犬っコロ! 人間様に手を出してただで済むと思うなよ!」
「ただで済まないのはあなたの方ですよ、パンケさん」
抑え込まれ、じたばたするパンケを見下ろして、死刑宣告を開始する。
「な、なんでだよ! 俺は手は出してねぇぞ!」
姑息なことを考えてたな? このおっさん。
「手を出してなくても、あなたはDランクですよね。この娘はまだFランクですよ? 言葉や態度による威圧も暴力行為として認められます」
「えぇ、聞いてないぜ」
「常識です。以前騒ぎを起こしたときに言いましたよね? 次はないと」
「いや、待ってくれ! 欠格は困るぜ!」
銀狼が空気を読んで足をどかしてくれる。
パンケが立ち上がるけど、本人慌てすぎて銀狼の気づかいに気づいてなさそうだった。
「あと、あなた」
新人魔術師にも注意しないとね。
「……なんですか」
憮然とした表情で答える。
「こういう時はギルドに訴えてください」
「でも見て見ぬふりしてましたよ」
居合わせた同僚達が目をそらす。ほんまこいつらは。
「訴えた事実が大事なんです。ギルド内の騒ぎはギルド側にも責任がありますから。介入を拒否されたなら、ギルド側には責任放棄の負い目が生じます。それを大義名分にして殴ればいいんですよ」
「え、殴っていいんですか?」
「もう殴ってるじゃない……」
呆れた声で呟くダリアの声が聞こえた。そういえばさっきの声もダリアだったわね。問題児のダリアが指導員とか成長したわね。……成長したのよね?
「ふっ、所詮冒険者なんて実力勝負の世界ですからね。やられる方が悪いんですよ。あとは大義名分の確保。これ大事です」
「いや、それはどうなんだ?」
同僚職員のツッコミが入るが無視だ無視! 実際問題、私の言ってることは方法論としては正しいのだ。細かい理屈より力! 世の中そういうもんよ。
だいいち! 酔っ払いに理屈なんて通じるかっての!
まだ喚いてるパンケを無視して、一番の問題人物。レミリアーヌに話しかける。
あからさまに特権階級出身者のこの娘への対応を誤ると、大変なことになりかねない。
って……あら? この娘大丈夫かしら? なんか少し口開けて……これって、ひょっとして茫然としてるのかしら?
「レミリアーヌさん?」
「え、あ、はい」
「冒険者同士のトラブルは自力救済、すなわち自分で解決するのが基本です。犯罪がらみでない限りは、ですけどね」
「はい……」
あれ? なんかシュンとしてる? 予想外の反応。もっと『自分に有利に裁定しろ』『こちらは被害者だ』とか、無茶言われることも覚悟してたのに。
これはちゃんと弁えてるってこと? 私的には好印象かな。
「刃物や魔法を使うのはさすがに問題になりますが、理不尽なこと言われたなら、殴って黙らせるくらいは構いません。やっちゃってください。今後」
「え……いいんですか? 向こうが手を出してこなくても?」
「状況次第なところはありますが、こういう時は基本的に女は無敵です」
「無敵」
男は先に手を出してしまうと、不利になってしまうのはやはり避けられない。だが女性は腕力が劣る分、情状で有利に判定される。大抵お咎めなしだ。
理不尽と言うなかれ。それだけ過去男どもがやらかしてきたという歴史があるのだ。
この時代、女が自立してやっていくには、実力と強かさが必要なのだ。利用できるものは利用すべし。
「おいおい、新人に変な事吹き込むなよ……」
「その手の男女差別は冒険者にはタブーだろ」
男性職員どもがうるさいな。
「うるさい黙れ。女の子が絡まれてるのに助けない男に発言権はない」
「……」
けっ! ケツの穴の小さい奴らだ。
このお嬢様も、箱入りなのか野生なのかしらないけど、庶民の流儀ってものを……って、あら?
なんか目をキラキラさせてこっち見てくるんだけど。両手を(薄い)胸の上で重ねて……かわいいわね。そして、いちいち上品。
「あの……」
「ちょっと待ったー!!」
レミリアーヌが何か言いかけたところで、新人魔術師が割って入ってくる。
待てって何を?
「このまま立ち話もなんですから、続きは会議室か何か借りれませんか。被害者であるレミリアーヌ様が落ち着けるよう、同席者は私とクラリスさん? とレミリアーヌ様の三人だけで」
「ええ?」
何かに急かされるように、勢いよく一気に言い切る新人ちゃん。
まぁ、会議室自体は構わないんだけど、こういうのはむしろ公開でやった方が……
いや、あまり続けられる雰囲気じゃないか。野次馬が群れ成してるわ。
「はい、終了。解散! 酔っ払っいども! 顔覚えたからな! 後で覚えてろ!」
「うげー」「ざけんな」「かんべん」「クラリス様! 踏んで!」
以前似たような状況で禁酒破りの酔っ払いを、全員残らず締め上げたのをみんな覚えていたのだろう。蜘蛛の子を散らすように散っていく。
馬鹿め、真っ先に反応した奴が酔っ払い確定だ。
「ああー、俺は?」
パンケが情けない顔で話しかけてくる。よほど欠格の脅しが利いたのだろう、酔いは完全に醒めたようだ。
「さっさと帰って寝ろ! 明日朝一出頭!」
「はいー!」
尻を蹴りつける。
まぁ、欠格は勘弁してやるか。酒さえ飲まなければ悪い奴じゃないんだよな。
会議室に場所を移す。同席者はレミリアーヌ、新人魔術師――カレン、私、それと銀狼――シルバちゃんだ。シルバくんじゃあないと思う多分。
同僚に入れさせた緑茶をすすって、一息つく。
「落ち着いた?」
「おかげさまで」
ここの古い革張りのソファーはスプリングがふにゃふにゃになって、座り心地がいまいちだ。レミリアーヌはそんなソファーの上でもピンと背筋を伸ばして、隙のない綺麗な姿勢を崩さない。
緑茶に口をつける所作も、ため息をつきたくなる美しさだ。
「この度は大変ご迷惑をおかけしまして、申し訳ありませんでした」
「いえ、あの程度は日常茶飯事ですから、あまり気にすることはありませんよ」
レミリアーヌはかすかに目を見張ると、少し困ったように微笑む。
恐らく、これまで彼女が生きてきた世界ではあり得ないことを『日常茶飯事』と言われて驚いているのだろう。驚き顔まで絵になるとはね。
この娘は歩き方から驚き顔まで、ホントーにいちいち絵になるわ。上流階級ってのは自分を美しく、優雅に見せるため努力を惜しまないらしいけど、ここまで自然体でこなせるものなのね。青い血ってやつか。
……いやでも、北の主狩って来きてたわね、この娘。
獲物は矢で仕留められてたから、従魔に狩らせたわけじゃないし。このレベルになると礼儀作法も教養も所作も戦闘も全て完璧ってこと?
天稟か努力か分からないけど、私らとは完全に別世界ね。
「カレンさんもありがとうございました。ご迷惑をおかけしてしまって」
座ったまま、隣のカレンへ向けて軽く頭を下げる。
「いや、私もなんか余計なことしちゃったかもしれなくて、ごめんなさい!」
慌てて謝り返す。
慌てすぎて立つか座るか迷いながら頭を下げるとこなんか、完全に庶民ねこの娘は。親近感湧くわ。
「そんなことは……」
「いえいえいえ……」
しばらく二人の謝りあいが続き、最後はうふふふと笑い合って収まる。
まぁ大丈夫そうね。
「それで、先ほどのパンケ……酔っ払いの処分ですが、ギルドにお任せいただけますか?」
「はい、もちろんです。ちなみに欠格というのは?」
「冒険者資格をはく奪、一年間再取得不可とする処分ですね。ただ彼の場合……」
「少々重すぎと感じますね」
少し困ったというように首を傾げるレミリア。
「はい、ギルドとしてはちょっとした労働奉仕で済ませようと考えています。前科があるので無罪放免ともいきませんし」
「えぇ、あんな奴欠格でいいじゃないですか」
カレンが不満を漏らす。若者らしい率直な物言いだ。
「欠格ってのは、ギルドの処分としては永久欠格に次ぐ罰で、おいそれと出すわけにはいかないの。あれくらいで出してたら、毎年世界中で何千人も欠格が出ちゃうわ。路頭に迷った元冒険者が増えたら治安も悪化するし、誰も得しないのよ」
納得いかな気だが、反論するつもりもないようだ。そこまで世間知らずというわけでもないらしい。
「お任せします。私としてもさほど重い罰は望みません。実害はありませんでしたし、私が対処できなかったということもありますので」
一方レミリアーヌは素直に同意してくれる。ありがたい。
よし、言質もとったし、レミリアーヌの人柄も何となく把握できた。
カレンも……一応釘刺したし、それに反発するほどおバカってこともないようだし、大丈夫かな?
まぁ概ね満足な結果ね。じゃあ、さっさと解散しとこう。
「それでは私はこれで失礼します。ここはしばらく使って頂いて構いません。退出時に声をかけてくだされば……」
「あ、あの……!」
レミリアーヌが何やら思いつめたように声をかけてくる。
え、何? 厄介なことじゃないよね?
「私、さきほどのクラリスさんの堂々たる振る舞いに感動いたしました。冒険者の方々の中に割って入ってあっという間に場を鎮めて……社会に出て自立する女性とは、このようなものかと尊敬を禁じえません」
え、なんか褒められてる? てか尊敬?
「……その凛々しさに感嘆し……」
「……人生の先輩として……」
「……将来の目標にしたい……」
その後も美辞麗句を連ねて、私を褒めそやすレミリアーヌ。
「え?」「あ?」
そしてその勢いに口を挟めない私。
てか、完全に勘違いしてるわこの娘。私そんな大層な人間じゃないんだけど!? むず痒すぎて悶えそうになる!
うう、流石にもう止めないとこっちが持たない!
「それで、まことに図々しいお願いなのですが……」
あ、止まった? そして何を言い出す気だこの子!?
「あの……! これからも時々でいいので相談に乗っていただけないでしょうか!」
………………?
……え、それだけ?
「……駄目でしょうか? 恥ずかしながら私あまり市井の生活に慣れておらず、困りごとがあっても、相談に乗っていただけるような知己もこの街には無く……少々心細くて……」
いや、そんな棄てられた子犬みたいな顔しないでよ、なんかものすごく悪いことしてる気分になるから!
「あー、いや、別に駄目ってことはないんだけど……」
あの、私は普段から適度にサボりながらのテキトーな仕事っぷりで上司に叱られて、表で謝り裏で舌だしてる……そんな不良女なんだけど。
でもそんな事言い出せる雰囲気じゃないわ……
あー、不安交じりの期待の目が痛い……
「相談くらい、そんな風に頼まれなくてもいつでも乗ってあげるわよ」
あ、ついため口で答えちゃった。
しかし、レミリアーヌは気にする風でもなく、花開くような笑顔を浮かべつつほっとした顔をする。
そんな無防備な表情晒して……、私が男だったら色々と危なかったぞ、このやろう。
「ちょっと待ったー!!」
またお前かカレン。
「私も! 友達に! なります!」
なんか必至すぎて、語彙がとっても残念な感じになってるんだけど?
というか友達とかそういう話だっけ? いや、そうなるのかな?
「お友達……ですか?」
「だ、だめですか?」
レミリアーヌは首を振って、嬉しそうに答える。
「とんでもありません。是非お友達になって下さい」
カレン、ガッツポーズはどうなのよ。君もうら若い乙女だろうに。ヨシッ! じゃないよ。
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