第7話 お友達ができました

【レミリアーヌ・エリシス・グラース】

 通された会議室のソファーに座る。

 あー、このソファー、バネがふにゃふにゃじゃん。普通に座ると姿勢が崩れる。

 でもそんなあなたに朗報です。身体強化を用いて空気椅子の要領で姿勢を維持! そしてその隙におしりとソファーの間に魔法のシールドを展開!

 あら不思議。これにより、まるでしっかりした椅子に座っているかのような安定姿勢を確保できるようになります。

 これぞグラース流『腐ったソファー対応姿勢保持術』である。

 一連の動作、魔法展開を流れるように自然にこなせるまで、二年かかったよ。

 ほんま貴族って、見栄ばっかで下らんわぁ。

 そして未だにそれをほとんど無意識でやってしまう私もまた……


 実家の女官長エルザ曰く『お嬢様は相手が二人までならぼろを出さずに会話できます。ですので、もし一人で大人数を相手にしなければいけないときは、相手側を二人以下に分断し、それぞれを各個撃破するように心がけてください』だそうだ。

 戦争かな?

 いや、まあいい。要するに今の状況は私にとって最適な状況と言える。ここだ、ここで攻めるのだ!

 だが私の決意にもかかわらず、特に追加で言うこともなかったようで、場は和やかに締められてしまう。


「それでは私はこれで失礼します。ここはしばらく使って頂いて構いません。退出時に声をかけてくだされば……」


 いかん! 受付のお姉さん――クラリスさんが去ってしまう!


「あ、あの……!」


 それは困る! 困るのだ!

 私にはクラリスさんみたいな頼りになる、大人のお姉さんとお知り合いになりたい! という大いなる野望ができたのだよ。ついさっき。

 あの酔っ払いどもを叱って追い払うあの姿。すごいよね。私なら大人になっても十年後はおろか百年後でも真似できそうにないね。


「私、さきほどのクラリスさんの堂々たる振る舞いに感動いたしました」


 まず褒める。褒めまくる。そして本当に言いたいことに繋げるわけだが……、途中段々自分で何言ってるか分からなくなってくる。

 あれ、いや、褒めるのは取っ掛かりであって、本題は違うぞ私よ。

 えーと、なんだっけ? そうだ、クラリスさんとのコネクションをなんとか残したいんだよ。けど、どうやって? なんて言えば? むむむ……

 えーい、ままよ!


「……時々でいいので相談に乗っていただけないでしょうか!」


 ……うぐぐ、反応悪い。『は?』って顔してる。駄目なのか?


「……駄目でしょうか?」


 こうなったら泣き落としだ! 悲しげな顔をして、もうちょっと攻めてみる。


「あー、いや、別に駄目ってことはないんだけど……」


 クラリスさんは慌てたように答えてくれる。が、少し困惑気味だ。

 んむー、やっぱり迷惑なのかなぁ……。冒険者とギルド職員という立場の違いもあるもんなぁ。


「相談くらい、そんな風に頼まれなくてもいつでも乗ってあげるわよ」

「……!」


 やった! 思わず素の笑顔が出てしまう。アッと思ったけど、まぁいいのか。ちょっとづつでも素の自分を出せるように練習しないとね。


「ちょっと待ったー!! 私も! 友達に! なります!」


 わ、びっくりした。カレンさん? え、何?


「お友達……ですか?」

「だ、だめですか?」


 なんだかよく分らないけど友達になってくれるらしい。瓢箪から駒? 棚から牡丹餅?

 良いじゃん良いじゃん。


「とんでもありません。是非お友達になって下さい」


 にへら。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「どうしましょう……」


 やらかした仕事のミス。それを私が泣きそうになりながら報告するのを聞いて、上司が苦笑しながら答えた。


「うーん、これはやり直しかな。まぁ、期限までにはまだ余裕あるし大丈夫。それよりちゃんと報告してえらいえらい」


 子供をあやすような彼女の言葉を聞いてほっとする私。

 ……いや、当時の私はもう二十三だったはずなんだけど……

 あの頃の私は実年齢に比して子ども扱いされることが多かったように思う。

 まぁ仕方なかったかもしれない。身長も随分低かったし、痩せっぽちで精神年齢も低かったから。


「なに、またやっちゃったの? しょうがないにゃー」


 背中をポンと叩きながら同期入社の同僚が、私の手からファイルをひょいっと取り上げる。


「あーなるほどね。これは私が片付けたげるから、そっちは自分でちゃちゃっと片付けてね」


 そんな台詞が嫌味に聞こえないのは、彼女の朗らかな人柄のおかげだろう。


「ありがとう……」


 礼をいう私の声は随分と小さい。


「いいよいいよ。――はイージーミスさけ無ければ、内容は結構完璧なんだけどねぇ」


 にかっと笑いながら、早速私のミスの後始末に取り掛かる彼女。

 私が就職した企業の雰囲気は随分と明るく、就活中に様々なブラック企業の噂を聞いて恐れ慄いていた私は拍子抜けしたものだった。

 ろくろく下調べもせず(というより出来ず)、ホワイトな企業に潜り込めたのは、それまでの運の悪さが反転したかのような奇跡的な幸運だった。

 信頼できる上司に、頼りになる同僚。もう顔も名前も思い出せないけれど。


 私の人生で多分最も幸福だった最期の一か月。

 そして最も不運だったその日。


 帰宅中、原付に乗ったひったくりにバックを奪われ、引っかかった腕ごと引っ張られた私は、頭から地面に叩きつけられてそのまま意識を失った。その後の記憶はない。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 目を覚ます。

 目にうっすらと涙がにじんだのは前世の夢のせいだろうか。

 前世の夢を見た理由は何となくわかる。クラリスさんとカレンさんのせいだ。せい、というのはちょっと違うか。

 二人の立ち位置や性格が、ちょっとだけ前世の上司や同僚と似ていたのだ。


「おはよー、シルバ」


 シルバは目をつぶったまま、耳を振って返事する。

 従魔と一緒に寝起きできるこの宿には、人用のベッドと従魔用の寝床が別々に用意されている。なお、今私のベッドは空いている。なぜならば私がシルバの寝床に潜り込んでいるからだ。

 ふわふわのお腹の毛が気持ちいい。子供の頃から一緒なので、シルバも慣れたものである。

 実家でやるとベッドで寝てくださいと叱られるのであまりやれなかったが、思う存分堪能できるこの生活は天国だな。


 あれから三日。今日はカレンさん提案の女子会の開催日だ。マー・カフェで個室席を予約済みらしい。伝統ある元祖コーヒーショップで人気店なのに、よく予約取れたな。

 予約時刻は午前十時。現在時刻は朝六時。

 既に日は上っているけど、宿の朝食は七時からなのでまだ時間がある。

 早速、昨日古着屋で店員のお姉さんに半日着せ替え人形にされて、選んでもらったおしゃれ服に着替えるとしよう。

 予算五万でって言ったら、やれやれって顔されて『外行き用、普段着、部屋着、寝間着の四セットで二万! サイッコーのコーディネートさせていただきます! 今後他のお店で迂闊に五万とか言ったら駄目だからね! ぼったくられるから!』って怒られた。

 その後ふらふらになるまで着せ替えされたけど、その甲斐あってなかなか良い感じの服が買えた。もう服屋に行く服がないとは言えないな。


 ……よく考えたらクラリスさんやカレンさんと一緒にショッピングする口実を、自分で潰してしまったのでは?

 ぐぬぬ、ま、まぁこれからさ。前世で友達いなかった私には、いきなりお友達とショッピングはハードルが高すぎる。じゃあ喫茶店は? と聞かれると微妙だけど。

 と着替えた後で気付いた。万が一朝食で汚したらだめじゃん! 浄化魔術はあるけど、これは皺を伸ばしたり、折り目を付け直すほど器用じゃない。

 くぅー、一旦普段着に着替えなおすか。まぁ事前に気づけたので良しだ。


 今日の予定を頭の中で立てる。

 七時朝食、七時半から部屋で正座待機。九時前くらいに着替えて出発、九時半にマー・カフェ到着イメージかな。

 ……いや、貴族御用達のレストランじゃあるまいし、三十分も前に着いたらお店に迷惑か?

 かといって、遅すぎると相手に失礼。

 え、なんか時間管理が意外にシビア? そういうもんなの?

 そもそも何分前だとセーフなんだ? わからん……

 か、海軍は五分前行動とかなんとか、前世の映画で見た記憶がある。……参考にならんな。


 うおーん、当日になってもう調べようがないタイミングで出てくる疑問、マジ勘弁。知らずば悩まずに済んだものを……そして現地でフリーズしちゃうんだけどね。

 頭を抱えて悶える私をシルバが生暖かい目で見ている。

 うん、子供の頃から一緒なので、シルバも慣れたものである。これも。

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