第20話 戦いの後はいつも虚しい
【レミリアーヌ・エリシス・グラース】
……虚しい。
というか、一方的な虐殺に罪悪感というかなんというか、胸がもにゅもにゅする。
考えてみれば、というか考えるまでもなく、こっちの都合で平和に暮らしていたゴブリンを『退治』してしまったのだ。依頼を受けたときから分かっていたことではあるけどね。なんかねぇー……
「レミリア様、ご気分はどうですか?」
「……あまり良くはありませんね」
「まぁそういうものです。むしろ気分が良いと言う人が居たら、修道院にでも押し込めて、二度と世に出さない方が良いです」
でもこの世界では、魔族を人間に仇なす害悪として積極的に『駆除』すべき、という考え方は結構一般的である。
交渉不能で人間に積極的に攻撃を仕掛けてくる社会性のある生物など、脅威でしかないのだから、当然と言えば当然だ。
魔物にも心はある! という人も時々いるけど、大抵は魔物を見たこともない人だったりする。
前世の日本人の価値観が残ってる身としては、何とも複雑な気分である。
「殿下も意外と動揺してませんね」
「俺は軍のゴブリン討伐に同行したことがあってな。あの時は戦闘中こそ問題なかったが、戦いが終わった後に手足が震えて仕方がなかったな。全く覚えがない場所に怪我があったり」
「それ、僕も覚えがありますよ。戦闘中は痛みを感じないんですよね。不思議なことに」
「私は傷を負ったことがないな」
ノエルさん。誰も聞いてないよ。
「ノエルさんは魔族討伐の経験が?」
「ないよ。今回初めて」
「え……」
ものすごく冷静に頭かち割ってたけど。
「苦しませるのは可哀想だから。極力一発で仕留めるようにはしたよ」
ああ、一応考えてはいるんですね、聖女様。
ちなみに、ゴブリンの繁殖期は春で、半年でほぼ成体になるので、見るからに子供のゴブリンを手に掛けるような後味の悪いことはしないで済んだ。
ちなみにのちなみにだが、ゴブリンが他の生物を孕ませて繁殖するってのは俗説で、普通に雄雌がいるらしい。前世のファンタジーではどうだったかは知らんけど。
「死体はどうする? 埋めるか? それとも燃やすか?」
「燃料が足りません。燃やしても生焼けになるだけでしょう。火災も怖いですし、埋めましょう」
家を解体して燃料にできるけど、手間がかかるうえ、不衛生なので解体中に建材で怪我をして、病気になったりしたらたまらない。
各自一本スコップを持参していたのはこれを見越しての事か。用意周到だ。カレン様流石です。
魔術で土を掘れないこともないけど、スコップの方が早いしね。地面の堅さにもよるけど。
みんなで協力して穴を掘って、死体を投げ込んで埋める。気が滅入るなぁ。
なお、戦利品は特にない。ゴブリンの資産は虫の湧いた皮とか腐りかけの肉とか、石器とか木とか……、要するに人間にとって価値のあるものはほとんどないのだ。もうちょっと高度な知能を持つ魔族なら宝石や貴金属、貴重な植物資源をため込んでることもあるらしいけど。
「体を洗いたいな」
みんな泥と血となんかよく分らない汁にまみれて、やばいことになってる。ノエルさん以外。
ノエルさんは戦闘中はもちろん、後片付け中も
「近くに川があるようだし、そこで洗い流そう」
ここからでも川の音が聞こえる。多分ヘンリー村まで続いてる川だ。やはりゴブリンも水場近くに集落を作るようだ。でも、
「浄化魔術使えますよ?」
ふふふ、ここは私の出番だな。このレミリアさんの便利機能を実感して、パーティーに必要不可欠な人材だと認識して頂きたい。是非とも。
「いや、ここは敢えて魔術なしで行こう」
えぇ……、敢えてってどういうことなの?
魔術を使おうと一歩踏み出して固まってしまった私に、カレンさんが慰めるように声をかけてくる。
「あの人はちょっと、今回の状況を楽しんでるところがありますからね。王族が普段は到底やらないであろう事をやりたいんでしょう」
あー、まぁそういうことなら、ちょっと付き合いますか。
……ん?
でも、今って冬なんですが?
「ふぅ、さっぱりした」
「寒くないんですか?」
「死ぬほど寒い……」
当然のごとく、ウーちゃんはガチガチ歯を鳴らしながら震えることになった。
最初の台詞は無論強がりである。
「お前、たちは、水浴び、しない、のか?」
「遠慮します……」
そりゃそうだ。
がくがく震えすぎて、台詞が途切れ途切れになってる人を見て、それでも浄化魔術より水浴びを選択するような変態は、ウーちゃん一人だけで十分だ。
ウーちゃんの目の前で浄化魔術を遠慮なく使っていく私達なのであった。
「ぐ……、裏切り者め」
「冬に川で水浴びとか、考えるまでもなく大馬鹿者の所業でしょう」
盛大にため息をつきながら焚き火のを用意してあげるカレンさん。これがツンデレってやつか?
「ふぅ……、想像以上にシャレにならないな。一人でやってたら凍死していたかもしれん」
焚火に当たって人心地ついたとばかりに座り込むウーちゃん。
「どうでも良いですけど、レディーの前でその格好はないと思いますよ?」
シオン君の言う通り、ウーちゃんは今半裸である。と言ってもこっちの世界基準なので、上半身は裸だが、ズボンは履いてる。
それでも若干目のやり場に困ってしまうのは、やはり私もこっちの世界が長いから、価値観が染まりつつあるのだろうか。
「ハッ……!?」
シオン君が息を呑む。なに?
「シオン、それはないから止めなさい」
カレンさんがシオン君を止める。何を止めようとしてるのかよく分らないけど。
「でも……」
「そういう下品なやり口は頂けません。それにお子様の体で何をアピールするつもり?」
「くっ……」
ぼそぼそと何か言ってる。背中を向けてるのでよく聞こえないな。
「種も仕掛けもございません」
ノエルさんは焚火に腕を突っ込んでみせて、引き抜いた腕が無傷なのを観客(?)にアピールする。
「いえーい」
もちろん
「このまま川沿いに村に戻ろう」
魔術の温風でズボンを乾かしてあげたウーちゃんが、服を着直しながらそう言う。もちろん、服も装備も浄化してあげている。
「え」
カレンさんが声を上げる。
これはまたカレン先生モード発動か?
「川沿いは滝があったり、急斜面があったりするのであまりお勧めできませんが……」
「いや、ここまでほとんど平坦だっただろう? 滝があるとは思えないぞ?」
「まぁ、そうなのですが」
なんとも歯切れが悪い。いつものようにため息ついて論破しないのはなぜだろう。
「もし踏破困難な地形に出会ったら、迂回するか引き返す。余分なリスクは負わない。それで良いだろう?」
「ええ、まぁ」
「?」
なんだろう。ウーちゃんも訝し気な表情だ。
「ハヤテによると地形は……、んー、ああ、ひょっとして……」
「ふーん?」
シオン君とノエルさんまで何か意味深なこと言い始めるし。
なんだ? 取り残されてるのはウーちゃんと私だけか? いつもの事じゃないか、ははは。
はぁ。
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