第11話 徹夜明け 【オーバン・サニエ】

【オーバン・サニエ】

 会議は昨晩遅くから、幾度かの休憩を挟みつつほぼ徹夜で続いていた。

 正直なところ、長く続けたからと言って適切な対策がとれるわけではないとは思うのだが、何分初めての事態で、検討すべき事柄があまりにも多すぎたのだ。


「やはり、被害をおさえることを考えれば街道は封鎖すべきでしょう」

「だが、代官様が許すとは思えんねぇ」

「本来は市長権限のはずでは?」

「建前論だけで言えば、こういった緊急事態では代官権限が優先される」

「その緊急事態で事態を無視して経済優先とか、おかしいでしょう。矛盾してますよ」


 先ほどから議論は何度もループしている。皆疲れて頭が回っていないようだねぇ。


「その点は代官様が居られない今、議論しても仕方あるまい」


 市長が話を元に戻す。

 扉がノックされたのはその時だった。

 会議の参加者に緊張が走る。それはそうだろう。代官様が到着してからが正念場。それは皆の共通認識だったのだから。


「クラリスです。グリフォンについて詳しい魔獣使いの方をお連れしました」


 場にほっとした空気が流れる。やはり皆代官様相手は可能であれば永遠に後回しにしたいようだ。全く同意するね。


「入りたまえ」


 扉から差し込んでくる、外の光を取り入れた明るい廊下が徹夜明けの目に痛い。

 いや、流石にもうカーテンをあけるべきだね。

 秘書官に命じて締め切ったままだった窓のカーテンを開けさせよう。

 クラリスに連れられて入ってきたのは黒髪のエルフ少女だった。

 あれは……例のグラース家の少女か! なんでそんな別件の厄介ごとを持ち込むんだクラリス!

 ……いや、だが彼女は今の事態には関係ない。それにグラース家が魔獣や幻獣の専門家というのは間違いない。意見を聞くには最適な人材かな?

 他の参加者も魔獣の専門家と、実際に現れた少女のイメージのギャップに驚いている。

 このグラース公家の少女については、以前にこのメンバーには注意するよう伝えてあったので、滅多なことはないとは思うが……


「こちらはレミリアーヌ・エリシス。魔獣使いの冒険者です。グリフォンについても一通りの知識はあるとのことです」


 クラリスから紹介で名前がはっきり伝わったな。まぁこれなら徹夜明けの頭でも流石に皆思い出すだろう。

 だが一応、私から流れを作るべきだろうね。


「ようこそおいで下さった。エリシス嬢。私はローアン冒険者ギルドの長を務めているオーバン・サニエと申します」


 ギルド長の立場で一冒険者に敬語で接する。これだけやれば、目の前の少女が何者か、以前私の注意を聞き流していた者も思い出せるだろう。


「こちらは市長のダニエル・チボー。右からエベレット王国軍のマクシム大佐……」


 順に会議の参加者を紹介していく。商工ギルド長、警察署長、魔術組合長、河川管理支局長。この七人がこの街、ローアンの実質的な指導者だ。本当は代官様がここに加わるのだけどねぇ……


「ご丁寧なごあいさつ痛み入ります。レミリアーヌ・エリシスと申します」


 人間離れした魔性の美貌。欠片も感情の感じられない顔。機械仕掛けのからくりであるかのような完璧な所作。

 なるほど、一部で悪いうわさが流れるのも分からないでもない。

 だけど、クラリスから聞いた『少し迂闊で、見ていて心配になる少女』とはまるで別物に見えるなぁ?


「まず、エリシス嬢の知見を伺う前に、私から状況を説明しましょう」


 話を聞く前に前提を伝えておかなければ、有効な意見をもらうことはできないだろう。機密事項ではあるが、どうせすぐに街中に布告せねばならない話だ。問題はない。



 この会議の議題。それは突如北の森に現れたグリフォンへの対応だ。

 昨日、北の森へ狩りに出た冒険者が頭上を飛ぶグリフォンを偶然発見した。位置は北へ十キロヤードほどの地点。時刻は昼頃。

 彼らはグリフォンに見つからないように慎重に撤退したため、冒険者ギルドへの報告は夕方近くになってからになった。

 幸い今の所、犠牲者は報告されていないが、ギルドとしてはとりあえずは明日以降――というかもう今日だな、北の森への立ち入りを禁止する布告を出した。

 言うまでもなくグリフォンは有名かつ強力な魔獣であり、もしこの街が襲われるようなことがあれば大変な被害を出すことになるだろう。この街にはグリフォンに対抗できる冒険者はいないのだから。

 交通の要衝であるこの街には王国軍が駐留しているが、長らく続いた平和でその規模はわずか五百まで減らされている。

 警察の人員も戦闘訓練は受けてはいるが、あくまで対人用であり、集団訓練はほとんど形だけの都市防衛や防災訓練程度である。人数も二百人しかいない。

 そもそも人数が多くても、空を飛ぶ魔獣にどこまでやれるか。


 私の知る限り、この街にはグリフォンと戦ったことがある者はいない。

 どんな能力を持っているのか、その性質はどのようなものなのか、街が襲われる可能性があるのか、街道を行く旅人が襲われることはないのか、軍隊で対処できるのか、対処できるとしても何人必要なのか、等々、我々の疑問に答えられる者はいなかった。

 そこでギルド職員に心当たりがいないか尋ね、クラリスが心当たりがあるというので任せた。そして連れられてきたのがエリシス嬢だったというわけだ。



「……という訳で、エリシス嬢にはグリフォンの能力や性質についてお教え頂きたいのです。可能であれば、我々がとりうる対処方法について、助言頂けると助かります」

「……」


 私が状況を説明する間、エリシス嬢は一切反応を返さなかった。本当に話を聞いているのか、少し疑ったくらいだ。

 ……

 場が静寂に満たされる。

 ……

 妙な緊張感が生じる。

 ……

 なぜ答えてくれない?

 答えるつもりがない? 我々に恩を売る価値を認めていない? そういう事か? いや、だからと言って、要請を無視するのは我々を敵に回すのに等しい。そのような真似に意味があるとは思えないが。

 いくら貴族だと言っても、所詮は他国の貴族だ。我々を敵に回せば、この街での居所がなくなる。もちろん所詮は地方都市。この街を出ても行き先はいくらでもある。だが、冒険者としての評判はついて回る。先々で困ったことになりかねない。

何を考えている? 分からない。

 背中にジワリと汗がにじむ。


「あ」


 ようやく反応らしきものがあった。


「グリフォン……ですか?」


 改めて念押しされる。グリフォン以外の可能性を考えているのだろうか?

 確かに我々が冒険者の報告を、グリフォンと断定した理由については説明してなかったな。これは迂闊だった。


「鷲の上半身、獅子の下半身をもつ、全長三ないし五ヤードの空を飛ぶ魔獣です。目撃者がはっきりと証言しています。他の魔獣の可能性はあるでしょうか?」

「グリフォンですね」


 どうやら彼女の知識と照らし合わせても間違いないようだ。

 その視線は終始宙へ向かい、誰とも目を合わせようとしない。その態度に思うところがないでもないが……本来の身分差からすれば我慢すべきことだろう。

 と、唐突にエリシス嬢による解説が始まった。


「グリフォンは鷲の上半身と獅子の下半身をもつ大型の幻獣である。伝説、民話の中にも度々登場し、幻獣の中でも比較的知名度が高い。脅威度としては最低でもAランクとされ、帝国歴百五十四年には魔化した個体がミッドランド地方を襲い、大きな被害を出した。この事からもわかるように、人間を狩猟対象とすることもある有害な幻獣である。なお、この時の魔化個体の脅威度は、Sランク・カテゴリーⅡと評価されている。さんこーぶんけんいち」


 さんこーぶんけんいち?

 皆の頭に疑問符が浮かぶ。

 さんこー……参考文献か?


「繁殖期間を除き、基本的に巣から一定範囲内で単体で行動する。個体の身体能力はそこまで強くなく、Aランク個体の場合、その身体能力のみを評価するとBランク相当とされる。飛行する幻獣の常で、体重が比較的軽い事が不利に働くと考えられる。ただし、飛行能力に加え、風系統魔術を操るなど、対抗策の用意が難しい特性を持つことから、Sランクに匹敵すると評価する向きもある。さんこーぶんけんに」


 何となくだが……何かがおかしい気がするのは私だけかな?


「性質としては警戒心が強く、人間や魔族の集落、特に城壁を持つ市街には近寄らない。ただし、性格の個体差が大きく、好奇心が強い個体は小~中規模の村落を襲うことがある。このような個体は城壁を持つ市街にも、ある程度接近することが知られている。さんこーぶんけんに」

「すると、ローアンが直接襲われる可能性は低そうだな」


 警察署長がほっとしたように独白する。

 この妙な空気を無視して声を出せるとは、彼は意外と大物だったのかな。

エリシス嬢の解説が続く。


「脅威度としてはAランクからSランク・カテゴリーⅡ程度とされる。ただし、人里近くに現れる個体は、本来の生息域で縄張り争いに負けた個体、すなわち未熟な若年個体や衰えた老齢個体であることが多い。グリフォンが起こした被害として特筆されるのは、前述の帝国歴百五十四年の魔化グリフォン被害がある。これは若年個体が魔境に住み着き、魔化したものであると考えられている。この個体はエベレット王国ミッドランド地方北方において村落を積極的に襲撃した。城壁を持つ都市の間近にまで接近し、一部では都市の守備隊との交戦も発生している。最終的に死者推定二百名以上、負傷者三百名以上、損壊家屋五百戸以上という大きな損害を出した。これは下位幻獣の出した被害としては、過去三百年で最大である。さんこーぶんけんいち」


 最悪の場合は街が襲われる可能性もあるようだが、三百年に一度のようなレアケースを考慮に入れる必要は流石にないだろう。警戒は必要だがね。


「グリフォンが出現した場合、付近の街の外や街道を単独移動する等は避けるのが賢明である。馬車を複数、空荷でも良いので目立つように車列を連ね、集団で移動することが望ましい。この場合、落伍者の発生には注意が必要である。グリフォンが学習すると落伍者が高確率で狙われるようになり、被害が増大する」

「なるほど、警戒心が強いという点を突くわけですな」

「通行・通商のための隊を組む場合、念のため軍から護衛を付け、落伍者が出ないよう注意しましょう。街道封鎖を避けられそうですな」


 商工ギルド長は街道の通行を維持できること、大佐は軍としての役割ができそうなことを、喜んでいるようだ。

 彼も空飛ぶグリフォンを相手に、軍が有効に働けるかという点には頭を悩ませていた。だが商隊の護衛ならば、目に見えて意義ある役割と言える。


「グリフォン討伐に有効な戦法としては、接近戦は下策と言える。幻獣としては身体能力が比較的低いとはいえ、これはあくまで他と比べてという意味であり、人間が単独で対抗できるものではない。飛び道具、魔術で打撃を与え、可能であれば飛行能力を奪い、槍等長柄の武器を用いて距離を置いて囲むのが基本の戦術となる。飛び道具は通常の矢は風系魔術に対する耐性により有効性が低い。破魔の矢を用いるか、強力な攻城兵器級の武器を用いるべきである。魔術は耐性を突破できるならば特に有効で、最適はグリフォンの風魔術を封じることである。なぜならばグリフォンの飛行能力は、風魔術の補助に大きく依存しているため、風魔術を封じることで、その飛行能力を大きく制限することができるからである。さんこーぶんけんさん」


 ……

 ……終わりかな?

 時折挟まれる『さんこーぶんけん』とやらが気になるが、今は無視した方が良いような気がする。なんとなく。

 よし、では私から補足しておこう。


「王都の冒険者ギルド本部へは、既にグリフォン討伐可能な冒険者の派遣を依頼しています。王都のダンジョンにはグリフォンが出現する場所もありますので、有効な討伐手段を持つパーティーを派遣してくれるはずです。ただ、該当するパーティーが首尾よく見つかったとしても、この街までの移動を考えると最低でも一週間はかかると思われます」


 エリシス嬢の情報からすると、街の中での活動に制限を設ける必要はなさそうだ。

 ただし、街の外での活動は全面禁止。他の街との往来は商隊を組んでということになるだろう。それを最短一週間。

 冒険者を探すのに手間取った場合は、もう少し長引くかもしれない。そこは本部に期待か。

 うん、思ったよりは影響が少なそうだな。

 市長も同じ結論に至ったか、ほっとした表情になっている。


「エリシス嬢、貴重な知見を頂きありがとうございます。この情報を基に……」


 市長がそこまで言ったところで、会議室の扉がノックもなしに蹴り破られでもしたかのような勢いで開かれた。

 ろくでなしのご登場だね……。

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