第8話 嬉し恥ずかし……

【レミリアーヌ・エリシス・グラース】

 時は前日、シオン君との出会いまで遡る。


「追いかけてきた? 私の実家の追手ではないですよね?」


 セレスティア家が私を追ってくる理由が思いつかない。実家から依頼されるようなこともないだろう。身内の事だし。

 うーん、どゆこと?


「追手ではないです。が」


 が?

 周りで伸びてるチンピラ四人を見下ろす。

 そういえばこれ、一瞬で伸したんだよね。手に持ってる棒でやったのか? 棍ってやつか。


「良ければ場所を変えませんか?」

「はぁ」


 確かにお話する環境ではないね、ここ。



 シオン君のなじみという、近くの老舗コーヒーショップの個室へ移動する。

 チンピラは放っておいた。何しろ彼ら何もしてないので、通報したところでこっちが暴行で逮捕されかねない。

 前後の状況を説明すれば、大丈夫だとは思うけど。


「改めまして、シオン・ゲイル・ケレスティアです。ケレスティア家現当主の次男になります」

「レミリアーヌです」


 苗字は言わなくても知ってるようだし、省略してもいいよね。


「こちらは僕の従魔のハヤテⅩⅩⅩⅦ三十七世」

「クェッ!」


 ハヤテ! 日本語じゃん。それとⅩⅩⅩⅦ三十七世って名前受け継ぎすぎぃ!


「この子はシルバです」

「ワフ」

「よろしくお願いします」


 従魔にまで挨拶する礼儀正しいシオン君。しまった、こちらはハヤテ・サンシチ君に挨拶し損ねた。なんてこったい。

 今挨拶しても今更な感じだなぁ。くっ、仕方ないから気づかない振りして話を進めよう。


「久しぶりと言ってましたが、お会いしたことが?」


 若干不満気な表情をするシオン君。

 ごめんね、顔覚えるの苦手なの……。


「覚えていないのも仕方ないかもしれませんね。五年近く前になりますから」


 五年前か。私がバリバリ令嬢稼業をこなしてた頃だ。バリバリは個人の感想です。客観的な事実とは異なる可能性があります。


「親について参加した夜会のことです。会場の隅で何やら魔力的な違和感を感じまして」


 ん? 会場の隅?


「結界らしきものがあったので、少し触れて干渉したところ結界が割れ、満面の笑みを浮かべたレミリアーヌ様がケーキを頬張って……」

「……あーっ!!」


 あの子か! 人を避けて隠れてるつもりだったのに、戯れに手を振ったら振り返してきてびっくりした、あの子!

 あれ、結界失敗したんじゃなくて、壊されてたのか……。


「思い出していただけましたか?」


 ニッコリ笑顔のシオン君。可愛いな、おい。


「思い出しました……」


 大口開けてケーキ食べてたのまで見られてたのか……、恥だ。


「よかった」


 ニコニコ、ニコニコと……、私を揶揄うのがそんなに楽しいか! ちくせう。


「ところでレミリアとお呼びしても?」

「……さん付けでしたら」

「分かりました、レミリアさん。僕の事はシオンと呼び捨てにしてくださって構いませんよ」

「ではシオン君と」

「む、ガードが堅いですね」


 いや、いきなり呼び捨てはちょっとね。というか心の中ではすでにシオン君ですよ。


「それで、何か御用が?」


 追いかけてきた、というからには何か用があるのだろう。

 いや違うか? 言い方のニュアンス的にちょっと違う気がする。

 なら何かというと分からないんだけど。


「もうちょっと旧交を温めたいところですが、まぁ温めるほどの関りがありませんでしたね。あの後すぐ逃げられちゃいましたし」


 苦笑されてる。

 うん、あの時、エルザが迫ってきてたんで逃げたんだよね。結局、捕まってめっちゃ怒られた。


「ところでご存じでしたか?」


 なにが? 首を傾げて見せて続きを促す。


「当家とグラース家では、僕とレミリアさんの婚約の話が進んでいたそうですよ」

「婚約?」


 婚約というと、結婚する前のあれ?

 結婚か、私もいずれ考えなきゃいけないんだろうか。想像がつかないなぁ……。

 エルフの結婚適齢期はあって無きが如しだから、慌てる必要がないのが救いかな。

 ……

 …………

 ………………

 

 ……!?


「!!!!??!????!?」


 は!? なんだと!? 婚約!? 私と!?

 いや待て! 落ち着け!

 これは家と家の話だ。今の私には関係ないはず。

 ……ふー、びっくりした。

 驚きすぎて、座ったまま変な踊りを踊ってしまったけど、声を出さなかったからセーフ。

 ……セーフじゃないな。思いっきり見られてたよ。

 めっちゃ笑顔で見られてる。恥ずかしい……。


「その様子ではやはりご存じではなかったようですね」

「ご存じではなかったです」


 言葉が変になってしまった。まだ動揺が残ってるようだ。


「よかった。ひょっとして僕との婚約が嫌で出奔してしまったのではないかと、気が気ではなかったんです」

「出奔の理由は個人的理由でして……」


 気にさせてしまったのか。悪いことしたな。

 でもそれが追いかけてきた理由じゃないよね?


「父には笑われてしまいました。好きな女性を捕まえておきたいなら、自分から行動しろと」

「はぁ」


 ケレスティア公ってそういう人だったっけ? 父ほどではないけど結構お堅そうな印象だったけど。

 ……

 …………

 ………………

 

 好き!?


「!!!!??!????!?」


 今度は踊り出すことは辛うじて耐えたけど、顔が、顔が変顔に。


「す、好き!? え!? え!?」


 落ち着けぇー!! 自分! ぐぅぅ、顔が、顔が熱い!

 やばい、今、顔真っ赤だぞこれ!

 シオン君の顔をまともに見られず俯いてしまう。

 うぐぐぐ、子供相手に何してるんだ私! しかも今まで話したこともないような人で、意識するとかしないとか以前の関係なのに!

 くぅー、心と体がコントロールできない。なんだこの初心な乙女みたいな反応は。乙女だった。

 自分ではそこそこ大人のつもりだったのにぃ……!

 

「……これは、脈ありってことなんでしょうか」

「ありません!」

「そうですか? ものすごく顔真っ赤ですが」


 うぐぐ、思わず両手で顔を隠していまう。


「こういう事に、全く免疫がないだけでしゅ!」


 噛んだ。


「なるほど」


 うー、楽しそうな雰囲気が伝わってくるが、どんな顔をしているか見られない。くそぉ。


「しかし、僕の事を少しは意識してもらえていると考えると、これは存外嬉しいものですね」

「意識なんてしてないです!」

「ふふ」


 うう、立場が実年齢と逆転してしまっている。なぜだ!


「大体、シオン君はまだ子供で、そういう対象になりませんから」

「ふふ、今の所はそういう事にしておきましょう」

「うぐぐ……」


 か細い反撃もあっさりいなされてしまった。完全に主導権を奪われた……。


「という訳で、レミリアさんを追いかけて冒険者になったんです。が」


 が? まだ何かあるの?


「ちょっとこれ以上深い話は無理そうですね。また明日お会いしましょう。あ、支払いは済ませておきますので、ゆっくり気分を落ち着かせていってください」

「クェッ」


 そう言って颯爽と去っていくシオン君とハヤテ・サンシチ君

 くっ、ここはシオン君の言う通り、落ち着くまでここに居よう。

 引き下がってくれたのも助かったし。


 うう、でもこの動揺。ちょっとやそっとじゃ落ち着かなさそうだなぁ……。

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