第4話 デビューしちゃった

【レミリアーヌ・エリシス・グラース】

 今日は朝から冒険者ギルドでカレンさんに捕まって、食堂スペースの隅に連れ込まれた。

 なんだか鬼気迫る感じだ。なんだろう?


「これ! 見てください!」


 新聞? えーっと。


『ウスターシュ殿下、街中で堂々と婚約破棄宣言!?』


 ウスターシュ? なんか聞き覚えがあるような、ないような?

 殿下ってことは、この国の王子か。王子多いな。

 それにしても最近巷では婚約破棄が流行ってるのだろうか。

 しかも街中って(笑)

 ……ん? 何か違和感が。


「人違いとはいえ、このような侮辱を放っておくわけにはいきません! 名誉棄損で訴えましょう!」

「??」


 訴訟? 誰を? なんで?

 私も訴訟準備中だけど……あっ!

 その時私の中でばらばらだった、色々な情報が一つに繋がった。

 こいつだ! そうだよウスターシュだよ!

 え、じゃあ、ひょっとして記事になってるのって……


「これ、私が相手になってます?」


 記事の本文読んでなかった。いかん、タイトルだけ読んで一知半解状態だった。ちゃんと読もう。



 ……

 ……読んだ。


 似たようなことが起きてたのは確かだけど……え、端から見たらこう見えてたの?

 もうね、挿絵がね、読者に哀れを訴えかける感じですごいの。

 どうしてこうなった。

 こんな意味の分からないことで、新聞デビューしてしまうなんて。

 今後街を歩くとこう言われるのか?


『あ、レミリアーヌだ!』

『婚約破棄令嬢だ!』

『えぇー、マジ? 婚約破棄されたの?(笑)』

『ププーッ! ハキッ! ハキッ!(笑)』


 恐ろしくて体が震える。

 え、待って、これ実家に知られたらどうなるの?

 間違いなくお父様が激怒……うっ、気が遠く……


「レミリア様! お気を確かに!」


 ……ハッ! 半分冗談だったのに本当に気が遠くなったんだけど!


「こんなひどい嘘記事を掲載するなんて絶対許せません! 賠償金ふんだくってやらないと! あ、それとも殴り込みます? 今から」


 え、ちょっと待って! 殴り込みはダメ!


「話は聞かせてもらった。殴り込みには私も同行する」

「ノエル!」


 いつの間にか私の対面にノエルさんが座っている。本当にいつの間に?


「シルバもいるし勝ち戦は間違いないな。戦利品として印刷機でも頂こうか。高く売れるよ」


 無表情でなんか物騒なこと言ってるノエルさん。


「相変わらず、なんでもお金に繋げるんだから。そんなにお金稼いで何に使ってるのよ?」


 私がフリーズしている間になんかどんどん話が進んだあげく、横道に逸れてるように見えるが、まぁいつもの事だったりする。

 私があんまり喋らないからね。喋れないともいう!


「全部孤児院に送ってるけど?」


 首をこてんと傾げ、当然のことのように答えるノエルさん。

 冒険者相手に神聖魔法の治療で結構稼いでるはずなのに、いつまでも継ぎはぎだらけ神官服を着てたのは、そういう事だったのか。聖女かな?


「あー……、そうなんだ」


 ジト目だったのが、答えを聞いて、あって感じでばつの悪い顔になてしまうカレンさん。反応が素直で可愛いね。


「じゃあ、今から行く?」


 あ、いかん話が元に戻った。


「あ、あの、殴り込みは流石に……」


 か細い声で止めようとする私。

 果たして二人は止まってくれるのであろうか!?

 次回『やっぱりだめだったよ』。


「そうですよね。殴り込みはやめときましょう」


 あ、止まってくれるんだ。


「なら裁判? でも記事の差し止めは今更意味ないし、謝罪記事掲載してもらってもしょうがないと思うよ? でっち上げの名誉棄損でも、費用以上のお金とれるか怪しいし」


 ノエルさんが指摘するように、この国、というかこの世界は名誉棄損とかで損害賠償請求しても大したお金は取れない。新聞記事程度で棄損される安い名誉に、大した価値はないだろうという理論だ。理不尽。

 あー、それと、二人が勘違いしてる点を指摘せねば。


「あの、この記事まるっきりでっち上げという訳でもないので」

「!?」


 私の言葉にカレンさんが驚愕し、ノエルさんが無表情で「へー」と呟く。


「ままままさか本当に婚約……恋人だったのですか?」


 カレンさんがガクガク震えながら聞いてくる。

 いかん、さらに勘違いが深まってしまう。


「いえ、婚約云々は全く身に覚えがないのですが、このウスターシュ殿下? らしき人とトラブルがあったのは事実なのです」


 いまだにウスターシュ殿下(仮)から(仮)が外れないのは、王族なんているはずのない庶民街での出来事だったからだ。弁護士の人が本物っぽいって言ってたけど、未だちょっと信じ難い。


「そういうことですか。って、トラブル?」


 それも説明しなきゃね。

 私は先日あったことを掻い摘んで説明した。

 するとカレンさんが立ち上がって、手をテーブルに叩きつける。


「ひどい! 人違いとはいえ、そのような侮辱を放っておくわけにはいきません! 訴えましょう!」


 なんか話がループしてない?


「いえ、すでに損害賠償の訴えの手続きを進めてるので」

「あ、そうなんですね……」


 しょぼーんとしておとなしく椅子に座るカレンさん。何かにつけ可愛いね。この人。


「それにしても、なんでそんなことに?」

「それが全く……、相手の方とは初対面ですし」

「やっぱり人違い?」


 うーんと唸るカレンさん。


「まぁそっちは裁判でけりをつけるとして、問題は新聞の方ですね」


 そうだった。どうしようあれ。


「そういった事実があった以上、内容の正確性はともかく、訴えてどうにかするのも難しそうですね。仮に勝ってもノエルの言う通りリターンは少ないでしょうし」


 色んな事が不正確なこの時代、いちいち事実誤認で新聞を訴えてたらキリがない。裁判所も取り合わないだろう。

 うーんと唸る私とカレンさん。

 そしてノエルさんは……


「いらはい、いらはい」


 飽きたのか、臨時治療所を開設していた。お金を取って、冒険者の皆さんの治療をするのだ。結構頻繁にやってるんだよねこれ。

 まぁノエルさんには最初から期待してないので、放っておこう。


「放っておくしかないですかね」

「まぁ、人の噂も七十五日と言いますし」

「へぇ、エルフの国では七十五日なんですね。こっちでは七週間ですよ」


 え、そうなの? いや、なんか微妙に不穏な数字なんですが。

 というか、七十五日は前世だった。あぶないあぶない。

 エルフは気が長いので、その手の言い回しに日数表記はない。いずれはみんな忘れるさ、みたいな感じだ。

 などと言ってるとノエル診療所の方が何やら騒がしくなってた。


「ノエル、今日こそは良い返事を聞かせてもらうぜ」


 なんか、派手な格好した男の人とその仲間らしき四人組が、順番待ちしてる冒険者を押しのけて、ノエルさんの前のテーブルに手をつく。


「……」


 ノエルさんは無言だ。


「ガレス……」


 カレンさんが呟く。あの人ガレスっていうのか。

 ガレス氏は雰囲気が、なんというか……、前世の記憶を刺激される感じ。

 そう、不良だ。

 不良がノエルさんに絡んできたのだ。


「うちに入れば、こんな小銭稼ぎが馬鹿らしいほど稼がせてやるぜ。金が要るんだろう?」

「いや、特には?」

「なに? ……どういうことだ」


 どうやら予想外の返事だったのだろう。ガレス氏がお仲間の一人を睨みつける。


「強がってるだけだ! 孤児院の立ち退きを防ぐために金が要るって聞いたぞ!」


 お仲間さんが慌てて弁明する。


「情報が半年古いね。日々状況は変化する。その話はもう終わってるよ」


 ノエルさんの言葉を聞いたガレス氏が、弁明してたお仲間を無言で殴る。ひぇ……

 やっぱり不良だ。行動が完全に不良……!


「まぁいいや、お前がうちに入ることには変わりねぇ。お前もいつまでもソロで人に使われてる女じゃねぇだろう? 取り分はパーティーの上がりの三割でどうだ」


 お仲間さんが動揺している。

 そりゃそうだよね、五人パーティーでノエルさんが三割なら、ガレス氏が三割以下ってことはないだろうから、残りの三人はそれぞれ一割前後? ブラック企業爆誕だ。

 そんなところにお友達を就職させるわけにはいかない。

 だけど、口を出そうとして気が付いた。

 声が出ない。

 足に力が入らない。

 まじか。

 へーい、私ビビってる! ははは……

 笑い事じゃない。お友達が困ってるのに助けられないなんて……、困ってるよね?

 ノエルさん無表情で全く動揺してないのでよく分らない。

 あれ? 余計なお世話?


「ガレス! いい加減にしろ!」


 茶髪の男の人が現れて、ガレス氏の肩を掴む。


「……放せ」


 ガレス氏は茶髪の人の手を振り払う。

 また殴るかと思ったけど、今度は手を出さなかった。なんでだろ?


「ケチが付いた。今日の所はここまでにしとく。だが」


 ガレス氏がノエルさんを指さす。


「ノエル。お前はいずれ俺のものにする」


 !?

 うわ、俺様だ。

 現実にこんな台詞口にする人がいたのか!

 不良じゃなければちょっと興奮してたのに。

 だがまぁ、ガレス氏は去って行ってくれたのでとりあえず平和は回復した。よかった。

 ガレス氏を止めた茶髪の人もこちらに目礼して去っていった。

 パーティーのメンバーかな? それにしては仲が悪そうだったけど。

 そして何事もなかったかのように診療所を再開するノエルさん。

 元々並んでた人達は、遠巻きにしてたんだけど、恐る恐る並び直す。


「ガレス、変わっちゃいましたね」


 カレンさんが呟く。

 あれ? カレンさんの知り合いなのか?


「お知合いですか?」

「え?」

「ふむ」

「フゥン?」


 私の言葉にカレンさんとノエルさんとシルバがそれぞれ変な声を出す。

 え、何?


「レミィは流石だな」

「いや、まぁ、レミリア様にとっては些末なことです! 気にしなくても良いので!」

「フゥ……」

「??」


 なんだよぅ、仲間外れにしないでよぉ。




※ 不良(ガレス)、茶髪(アーレス)・・・第一章第1話で馬車に同乗していた新人冒険者。

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