第3話 傾国ってそういう意味だったか? 【ロッド】

【ロッド】

 早朝、いつもの日課としてクランハウスの広々とした私室で、コーヒーを飲みながら今朝発行の新聞を読む。

 ここは俺が名ばかりのクランマスターを務める、クラン【瑞兆の白竜】が王都テロワに構えるクランハウスだ。


 クランマスターなどという面倒は出来れば避けたかったのだが、様々なしがらみから断り切れず、名前だけを貸すことになった。一年ほど前の事だ。

 もっとも、名前を貸すことによる役得はそれなりに充実していた。なので、最近では後進の指導や特殊な依頼など、それなりにクラン活動に還元している。……つもりだ。

 今朝取り揃えられた新聞は三誌。この中で毎日発行しているものは二誌、残りの一誌は不定期発行の記事の質も落ちる――ぶっちゃけゴシップ紙だ。

 お堅い記事ばかりの主要紙も、しょーもない噂話で紙面を飾るゴシップ紙も、それぞれ別の面から世間の空気、潮流を知るためにそれなりに有用である。

 曲がりなりにも元王族の端くれとして、世論というものを感じ取るため、自らに課した日課として、日々この時間を取っている。


「景気はいまいちか」


 経済界も庶民も、共に景気停滞で政府を批判している。あまり良い傾向ではないな。

 読んでいた主要紙をテーブルに放り投げ、ゴシップ紙の方を手に取る。


「それって見る意味あるのぉ?」


 エリナが追加のコーヒーを入れながら疑問を呈してくる。

 まぁわからないでもない。このゴシップ紙は世間のくだらない噂話や根拠の無い憶測ばかりを記事にする、正直言えば真っ当な地位を持つ者が読むのはどうかと思われるような新聞だ。だがそれだけに庶民にはそこそこ人気がある。


「一応ここにもちゃんと取材して、裏取りした質の高い記事を書く記者はいるぞ。……一人だけな。エンベルだったかな」

「なんでその記者、そんなゴシップ紙で記事書いてるのぉ? 他のもうちょっと真っ当な新聞社に移った方が良くない?」

「さぁ? 事情があるのかないのか知らないが、他の新聞社に移る気配はないな。何か思い入れでもあるのかもな」


 今朝の一面の記事がまた傑作だった。でかでかとしたフォントで書かれた大見出しは『ウスターシュ殿下、街中で堂々と婚約破棄宣言!?』だ。

 弟のウスターシュはまだ婚約すらしてないのに、どうやって破棄するというのだ。


「無茶苦茶言ってるな相変わらず」


 苦笑しながら記事を読み進める。

 こういう記事も庶民の王家に対する親近感の表れと考えれば、意外と馬鹿にできない。

 少なくとも王家に対して怒りや憎しみがあれば、こんなコメディ記事が一面を飾ることはないだろう。お堅い役人は怒り狂うかもしれないがな。

 えー、なになに?


『去る一月五日、エベレット王家第四王子のウスターシュ殿下は、婚約者レミリアーヌ・エリシス・グラース公爵令嬢(ミクラガルズ連合王国グラース公爵家)と、下町にてお忍びで逢瀬を楽しんでいた。

 仲睦まじく下町を歩いていたお二人だったが、なにが原因なのか路上で突如口論が始まった。口論は次第にエスカレート、ついには殿下の口から婚約破棄の言葉が……』


 ……

 ……

 口に含んでいたコーヒーをゆっくりと飲み込み、カップをソーサーに置く。


「……いや、待て、落ち着け。所詮ゴシップ紙だ。この記事を書いたのは」


 エリナが不思議そうな顔でこちらを見ている。

 意識的に気持ちを落ち着かせて、記事の署名を確認する。

 エンベルだった。

 唯一まともな記事を書く。


「どういう事だぁぁぁーーーー!!!!」


 突然大声を出して立ち上がった俺に驚いて、エリナがビクッとする。だが、今は構っていられない。


「レミリアーヌが婚約者!? いつの間に!? いや、ありえないだろう!」


 少なくともエベレットやミクラガルズの王侯貴族の政略結婚で、エルフ族と人族の婚姻が結ばれることはない。禁止する法律があるわけではないが、それが三百年以上にわたって両国で守られてきた不文律だ。

 俺とエリナの場合は政略結婚ではなく、立場上平民としての自由恋愛だから成り立っているのだ。

 エリナを翻意させることを諦めたわけではないのだが、その、中々な……

 いや、それはともかく。


『……泣いて取り縋るレミリアーヌ嬢に対し、ウスターシュ殿下は無情にもその手を振り払い、あまつさえ剣に手をかけ脅しをかける暴挙に……』


 何をやってるんだアイツは!

 いや、事実とは限らないのか?

 だが、記事にはご丁寧にも挿絵まで添えられ、注釈には『殿下への贈り物の花を踏みにじられ、悲嘆に暮れるレミリアーヌ嬢』と書かれていた。

 具体的過ぎる……!

 だが、なんらか裏取りしはしているのだろうが、その取材対象が正しく状況を理解していたとは限らない。現にレミリアが婚約者だというあり得ない誤認をしている。


「……どういうことなの」


 背後から掛けられた冷たい声に一瞬背筋が凍る。

 エリナだ。

 いつのまにか眼鏡を掛けて、俺の肩越しに記事を読んでいたらしい。

 やばい、本気モードだ。最近のエリナはレミリアに対して過剰なほど保護者意識を抱いているからな。こんな記事を見たら何をするか……


「まぁ待て、落ち着け。所詮ゴシップ紙だ」

「唯一信用できる記者だ、ってついさっき言ってたじゃない」


 記事の署名を指さす。

 語尾がはっきりしている。本気で怒ってるなこれは。


「いや、ありえないって。そもそも婚約してるはずがないだろ?」

「でも何かあったのは間違いないわよね」


 やたらとレミリアの特徴を捉えた挿絵を指さす。誰だか知らないが、無駄に才能発揮しやがって……!


「ウスターシュ君にちょっとお話を聞きに行ってくるわね」

「待て!」


 非常にまずい。放っておいたら本当に王宮に突撃しかねん。


「俺が事情を聴いてくるから。人違いかもしれないだろ? 記者はともかく取材対象の目撃者が勘違いしていたという可能性もある。とにかく待て!」

「……」


 目が据わっている。

 勘弁してくれ。今日は予定もない平和な一日だったはずなのに……


「分かったわ。ロド君お願いね。私はちょっと準備があるから」


 準備?


「……何をする気だ?」

「大丈夫よぉ? 何事もなければみんな幸せなままでいられるからぁ。ふふふ……」


 怖い。

 対処を誤れば国が傾く気がする。

 ウスターシュ、お兄ちゃんお前を信じてるからな……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る