第10話 慣れた頃こそ気を付けよう

【レミリアーヌ・エリシス・グラース】

 ローアンで活動し始めて一か月が経過した。

 その間、およそ十日に一回の女子会。

 時々カレンさんに誘われてお買い物。

 ノエルさんがついてきて肉を奢る。(餌付け)

 お友達活動はそんな感じ。

 なお、追加のお友達はゼロです。繰り返します。ゼロです。

 つまり一カ月で三人。図々しくもクラリスさんをカウントして三人である。友達百人まで三年かかる計算だ。あはは……



 カレンさんたちについても、自分から遊びに誘いたいと思いつつ、口実が無いとなかなか心理的ハードルが高い。

 くぅ、世間の女子は気軽にお友達誘って遊んでるらしいのに……

 いや、でもね? 言い訳させてもらうと、この世界は前世日本みたいに豊かじゃないので、庶民がしょっちゅうお金を使う遊びができるほど余裕がないんだよ。

 みんな日々忙しく働いてるので誘いにくいというか……、いや、カレンさんやノエルさんの懐事情、正確に把握してるわけじゃないんだけどさぁ……

 お金使わない遊びに誘えよって言われそうだけど……、お金使わない遊びって何?ってなるわけで。かくれんぼじゃないよな? ハイキング? いや角兎が飛び跳ねる原っぱでそれはない。スプラッターハイキングになっちゃうよ?

 そもそも、どんな頻度で遊ぶの? とか、頻繁に誘って嫌がられない? とか、考えれば考えるほどドツボにはまって……

 うごごごご……



 それは置くとして、冒険者稼業も軌道に乗り、そろそろ今後の事を考えなくてはいけない。

 直近は実家からの追手への対策。そして、今後の自分の長期目標だ。

 今更? って言われそうだけど。当面の生活で必死だったんだよぅ。

 まず実家。エルフってのは民族性なのか、寿命のせいなのか、わりかしのんびり大雑把である。私がいなくなって一か月。これくらいになってようやく『あれ? 最近見かけないな?』って思われててもおかしくない。

 そんな馬鹿なと言うなかれ。昔、単独の狩りで遭難した時、捜索隊が来るまで二週間かかったからね。あの時は本当にもうだめだと思ったよ。

 ……てか、気づくよね? 私がいなくなったこと。

 流石に気付かないってことは……私も一応は当主の孫だし。常識的に考えて。……常識かぁ。うちの実家に常識あったっけ?

 いや、気づかない方が都合が良いんだけど、でも気づいて欲しいっていうか。その、ねぇ? 微妙な乙女心がね?



 でだ。追手がかかった場合、この街程度だとすぐ見つかってしまうだろう。

 対策としては、常に移動し続ける。これはあまりやりたくない。お友達リセットとか悲しすぎる。

 次善の策としては、やはり木を隠すには森の中。人を隠すには大都市の中。

 例えば、この国、エベレット王国の王都テロワは人口七十万。大陸最大の都市だ。エルフが多少目立つとしても、紛れ込むには十分だろう。

 ローアンからも徒歩で七日ほどの距離で、定期馬車なら四日くらい? なので、ここで築いた縁を完全には捨てずに済む。

 コミュ障でも他人との関係なんて必要ないという訳ではないのだよ。パンクするまでのキャパが小さいってだけで。



 そして今後の人生の目標。

 明確な目標は無くとも、少なくとも行動指針程度ははっきりさせないとね。

 目標か……なんだろな? 安定して生活できて平穏であれば、結構どうでもいいというか。

 富も名声もいらんな。必要だったら実家から逃げてない。

 ただ、持ち家は欲しいな。あと、メイドさん雇える程度のお金。出来ればそこそこ以上の都市内に。

 ……あれ? 貴族的にはささやかだけど、よく考えたら随分贅沢な望みだよね、これ。

 いやいや、この時代中流程度の庶民でも、通いのお手伝いさんやらメイドやら雇うことは珍しくない。そんなに高望みでもない気もする。

 そもそも持ち家とか、メイドさんの給料とか相場が分からん。どれくらいの貯金が必要で、定期的な収入がどれくらいあればいいのか。

 うーむ?

 まぁとりあえず貯金だな。細かいことはその時になったら考えよう。

 とりあえず一千万ノルムくらい貯めれば大体何とかなるんじゃないだろうか?

 よし、とりあえず貯金一千万が目標だ。

 今ギルド口座に預けてあるお金が二十三万、手持ち現金が五万ほど。……遠いな。

 手段としては当然、冒険者稼業。

 効率よく稼ぐにはやはりダンジョンだろう。野外の魔境はあまり効率が良くない。

 狩りで割りの良い獲物は、当然ながらランクの高い魔境に生息しており、ランクの高い魔境は街から遠い。移動だけで時間がかかるうえ、持ち帰れる魔石や素材類も少なくなってしまう。それこそドラゴン狩って一攫千金とか狙うのでもない限り今一だ。

 しかしダンジョンなら、街の内部にあるものも少なくない。

 王都テロワなどは、四つものダンジョンを抱えており、それにより発展した都市と言っても過言ではないのだ。

 やはり王都か。



 城壁の上で寝っ転がったシルバに、半ば埋まるようにもたれ掛かって寝そべる。地形に沿うように坂になった城壁上からは、胸壁越しに北に森が広がっているのが見える。

 この森は南北に続くいわゆる魔境帯に沿って延々と北へ続き、遠く故郷の森まで続いてるそうだ。

 故郷の森、すなわちミクラガルズ大森林。もっとわかりやすく、エルフの森とか北部大森林と呼ばる方が多い。

 そこまで五百キロはあるだろうか。遠くへ来たものだ。

 普通、城壁は軍事施設として立ち入り禁止になってることが多いが、周りが魔物の出没地帯のローアンでは、市民があまり自由に外に出られないため、その代替となる憩いの場として開放されている。解放箇所は限定されてるけどね。

 なので私も、休みの日はよく日向ぼっこに来ている。

 ご近所のお子様たちも一緒にシルバに埋まって寝ている。大人は怖がって寄ってこないのに、子供って怖いものなしだ。

 シルバに遠慮してるのが、ビビってるのか、騒いだり、変なちょっかい出したりはせず、おとなしくしてる。

 きっかけは一月程前、ビビりながら近寄ってきた男の子に、一緒に寝るかと聞いたら、走って逃げられた。ちょっとショックだった。けど、置いてきぼりにされた妹らしき女の子が、物怖じせずシルバによじ登って、普通に熟睡していった。

 その後は最初に逃げた男の子も、その友達らしき子たちも一緒にシルバに埋まって寝るようになった。

 皆なぜか私とはあまり喋ろうとしない。怖がってるわけじゃないみたいなんだけど。

 まぁ、こっちも話題に困るので丁度良いんだけどね。

 ぼーっと空を眺める。幸せな時間だ。

 日が高くなって若干暑くなってきた。もうすぐ夏だなぁ。

 遠くの空にでっかい鳥が飛んでる。

 猛禽類は羽を広げると結構でかいので、意外なほど遠くからでも見えるんだよね。私の視力が良いのもあるけど。

 平和だなぁ。

 今急降下した猛禽に狙われた獲物にとっては、生死の瀬戸際、危急存亡の秋だろうけど。



 昼近くになって流石に暑くなってきたので帰る。

 お子様軍団はお家に送っておいた。妹ちゃん起きないし。

 その帰り道にノエルさんに遭遇。

 狩りからの帰りらしく、獲物を抱えたパーティーメンバーらしき人達と一緒だ。

 おお、あれは金狐。毛皮の価値が普通の狐の百倍という、ゴールドな狐だ。景気良いなぁ。


「レミィ、おっす」

「こんにちわ、ノエルさん」


 ノエルさんは女子会の翌日には私の事は『レミリィ』呼びになっていた。

 そして今は『レミィ』。順調に親睦が深まっておる。

 呼び名が『レ』になる日も近いな。


「それはない」


 !?

 え、心の中読まれた!?


「ツッコミ入れて欲しそうな顔してた」


 あうあう……、いつも通り微笑的ポーカーフェイスのつもりだったのに……

 こういう時は軽く困り顔して誤魔化すのだ。


「馬鹿なこと言ってないで行くよ。姫様が困ってるでしょ」

「れっれっれー、れっれっれー」


 変な歌を歌うノエルさんを、パーティメンバーの女性が引っ張っていく。

 ……ノエルさん、底知れない人だな。


「姫ちゃん、またねー」


 なんだか最近、銀狼姫とか姫様という呼び名が広まってしまっている。誠に遺憾である。出自はバレていないと思うんだけど。一応抗議しておこう。


「姫ではありませんが」


 声ちっさ。これじゃ聞こえてないだろう。我ながらダメダメだ。

 その後は適当にぶらぶらしつつ、シルバ初見の旅人を慄かせつつ(ごめんなさい)、時間をつぶして宿に戻る。

 前世なら小説とか雑誌とか、引きこもって楽しめるものがいろいろあったが、この世界だと量・質とも満足には手に入らない。その辺りは残念である。

 紙は植物繊維のワシ紙がそこそこ安いのだが、印刷物になった時点でそこそこのお値段になってしまう。

 国全体の書籍出版点数は意外と多いらしいが、地方都市はやはり流通で不利だ。

 あ、図書館の場所聞いてたの忘れてた、行ってみようか……シルバ連れては無理だな。

 まぁいいや、今日はもう宿に戻ってゴロゴロしたり、ぼーっとしてよう。



 翌朝、朝食後に部屋でぼーっとしていると、戸をノックされた。


「エリシスさん、ギルドから使いの人が来てますよ」


 宿の人が扉越しに用件を伝えてくれる。

 使い? なんか用事あったっけな?

 急いで身だしなみを整えて階段を降りると、十二~三くらいの少年が待っていた。Fランクのお仕事で受けたのかな。

 こちらに気づくと、あっけにとられたような顔をして固まってしまう。


「私がレミリアーヌ・エリシスですが」

「あっ! はい! あ、あの! 冒険者ギルドからの言伝で!」


 完全にテンパってる。

 ふふふ、微笑ましいな。


「大丈夫ですから、落ち着いて」


 緊張を解いてもらうため、微笑みつつ話しかける。

 うん分かるよ、君の気持ち。知らない人に話しかけるの緊張するよね。

 それとも美人のおねーさんが出てきて動揺しちゃったのかな? んー?

 真っ赤になった少年が深呼吸して続ける。


「受付のクラリスさんから言伝です。可能であれば今すぐギルドに顔を出して欲しいそうです」

「今すぐ、ですか。理由は聞いてませんよね」

「はい、直接話すって言ってました」


 ふむ、なんだろ? 個人的な話ではなさそうだ。


「分かりました。ありがとうございます」


 少年に十ノルム銅貨をチップとして渡すと、何度も頭を下げてあわあわしながら走り去っていった。そんなに急ぐと転ぶぞぉ。



 ギルドに着くとすぐ会議室に通された。

 他に人はいない。


「早速だけど、ちょっと協力して欲しいの」

「なんでしょうか」


 なんだろ、ギルド内がなんだかあわただしい感じだったけど。


「あなたは魔獣使いだし、魔獣、幻獣の類についても詳しいと思っても間違いないかしら?」

「そうですね、一通りは」


 魔獣使いと言っても、契約できる魔獣は一体にすぎないので、契約した魔獣以外の事はろくに知らない人も多い。

 でも私の場合は教養として大体の魔物、魔獣、幻獣、魔族について勉強済みだ。


「なら、グリフォンについても詳しいかしら?」

「グリフォンですか。鷲の上半身に獅子の下半身を持つ幻獣ですね。ランクはA以上。小型のものでも体長三ヤード以上、体重六千ポンド以上、飛行能力を持ち、風魔法を得意とします」


 どやぁ。得意げに語っちゃうよぉ。


「よかった、ちょっとついて来てくれる?」

「あ、はい」


 クラリスさんの指示でシルバは会議室に残していく。

 話がよく見えないな。

 ここら辺にあるのは低ランクの魔境だからグリフォンなんて出ないし。

 いや、でも空を飛んでくる可能性はあるのか? そういや昨日でっかい鳥見たな。あれ鳥じゃなかったとか?

 はは、まさか。


「この辺りはほとんど魔獣とか幻獣とか見かけないし、ギルドの職員にも詳しい人がいなくて、ちょっと困ってたのよ」


 歩きながらクラリスさんの話を聞く。

 確かに、冒険者やギルド職員だからと言ってドラゴンとかグリフォンとか詳しいわけではない。前世で例えるなら、車を運転する仕事してるからと言って、ポルシェやフェラーリに詳しいわけではないのと同じだ。

 男の子はドラゴン退治とかに憧れて、ドラゴンの生態に詳しくなるパターンもあったりするが、グリフォンくらい中途半端な幻獣ではそれもない。幻獣人気はドラゴンの圧倒的一人勝ちである。

 実際に遭遇する可能性が無ければ調べる者もいないだろう。趣味の人は別だけど。

 なので姿かたちや、空を飛べるとか基本的な情報以外を持ってる者は少ない。

 クラリスさんはギルドの職員側エリアをどんどん進んで行く。そして二階の奥の両開きの扉の前で止まる。


「で、ちょっとお偉いさん達に説明して欲しいのよ、詳しくは中で聞いてね」

「え」


 お偉いさん? え? 何?

 動揺する私を置き去りにして、扉をノックしてさっさと入ってしまうクラリスさん。


 両開きの会議室らしき部屋の中は妙に薄暗かった。

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