第9話 経費で食う甘味は美味いわぁ! 【クラリス】

【クラリス・ブラント】

 カレンからあった女子会の提案は、まさに渡りに船だった。

 明らかに貴族の子女であるレミリアーヌの事は、放置して良い案件ではない。

 その為人を把握し、動向をチェックし、かつカレンには猫の首に付けた鈴の役をやってもらおうという目論見だ。

 もっとも、仕事は三割くらいで、残りはスイーツが三割、純粋な興味四割ってとこだけどね。


 彼女へちょっかいを出す輩についてだが、彼女自身、不埒者にどうこうされるタマではないし、そもそも銀狼――シルバもいるので、ほとんど心配していない。パンケの馬鹿は例外だ。

 問題は彼女の側だ。こんなちゃらんぽらんな私をあっさり尊敬の対象としたり、カレンみたいな昨日の今日出会ったばかりの子をあっさり信用したり(カレンは良い子だと思うけど)、危なっかしくてしょうがない。

 いつか悪い奴に騙されそうで……

 費用については、ギルド長に直談判して経費を認めさせた。話が分かる人で良かったわぁ。……脅してないわよ。問題起きたら誰が責任取る事になるんでしょう、とか聞いただけよ?


 そして当日、もう一人の問題児候補が飛んで火にいる夏の虫とばかりにカレンにくっついてきた。こうなったら、まとめて面倒見てやるよ!

 現れたレミリアーヌは冒険者から完全に逸脱した姿で現れた。

 薄紫のアジサイ色のワンピース。袖にはフリルがふんだんに使われ、首元は紫色のレースのリボンが結ばれている。

 腰の服と同色のベルト状の帯が細い腰を絞りこみ、足を膝下まで隠したスカートの裾は波打ってふわりと広がる。

 裾から覗く両足は(おそらく)膝上まで真っ白い靴下で覆われ、素肌を他人の視線からガードされている。

 シンプルながら良いところのお嬢様であることが一目で分かる、明らかに『冒険者が着る服ではない』服だ。


 ……メイベルの奴、趣味で作った自作服を押し付けたな? 気持ちは分かるけどね。この子を逃がしたら、あいつの趣味服の似合いそうな女の子はそうそう現れないだろうから。

 それは良いとして、うん、レミリアーヌは案の定、世間の常識を真っ向から否定してきたな。

 旅から旅の冒険者がそんなフリフリの服持ってるわけないだろうと。

 まぁ、実は持ってる子も多いんだけどね。女は冒険者になっても『女の子』を捨てられないのよね。そしていざって時に、体格が変わって体が入らなくなってることに気付き絶望するの……。筋肉がね、ついちゃうのよね。

 もっとも、本物の貴族の目からすると、メイベル謹製のおしゃれ服でも地味な服に見えるのかもしれないな。

 カレンが自分の格好と見比べて落ち込んでるのに気づいてる? 気づいてないだろうなぁ。

 ノエルは我関せずだけど。


 そして、懐中時計。素人でも見分けられる純度の高いミスリル製のガワに、どこかで見たような紋章が蓋に刻まれている。一目で高級品と分かる逸品だ。

 なんつー迂闊な子だ……悪党に狙ってくれと言ってるようなもんじゃないか……

 まぁ流石に本人もまずいって気づいたっぽいけど。

 まさか、笑ってごまかせたとか本気で思ってないよね?

 自己紹介が終わって適当に話題を振りつつ、レミリアーヌの様子を見る。

 自分からはあまり話題をふらず、適度に相槌を打ちつつ、時折会話に混ざる。

 印象通りあまりおしゃべりな性格ではないようだ。かと言って他人に興味がないわけでもない、庶民だから、孤児だから、と見下すわけでもない。

 おとなしめだけど、感じの良い上流階級の姫様って感じね。

 ただ、エルフでかつ黒髪赤眼、さらには神掛かった美貌のせいで、偏見が強い人にはあまり印象が良くないだろう。実際、彼女を目にした冒険者たちの印象もかなり割れている。

 中には闇の女神だの魔王だのと騒いでる馬鹿もいるくらいだ。それは極端だとしても、注意は必要ね。

 家業が肌に合わないって言ってたけど、本当の目的は何だろう?

 そもそもなんで貴族が平然と森を歩き、弓を扱えるのか。

 分からないことばかりだが、あまり性急に探るのも良くないだろう。今日の所は様子見だ。

 残りの二人、カレンもノエルも、基本的には良い子だ。三人仲良くしてほしいね。というより、迂闊に変なのと交流を持たないようにしてほしい。

 ちょいとカレンに注意するよう言っておくかな。あの子なら良い具合に取り計らってくれそうな感はある。


 翌日、ギルド長に結果を報告する。


「報告を聞こうか」


 執務室にいるのはギルド長と私と、資材管理課長の三人だ。

 まず資材管理課長が報告する。


「レミリアーヌ嬢が討伐した大猪ですが、討伐依頼を出していたCランクで間違いありません。重量は千四十ポンド。血抜き、内臓を抜いたうえでの重さです。討伐地点は北門からほぼ真北へ十キロヤードほどの地点とのことです」

「ふむ、協力者がいたということかな?」


 千ポンド超の獲物を一人で運べるわけがない。それに血抜きや内臓の処理を一人で行えるわけもない。ギルド長の疑問は当然の事だった。


「いえ、運んだのは魔術で重量軽減のうえで、従魔の銀狼に運ばせたとのことです。血抜き、内臓処理も従魔の力を借りつつも、自分で行ったと。浄化魔術が使えるので水場でなくても解体できるとか……それが本当であれば、常識的に考えて浄化を数回使えることになりますね。重量軽減を数時間維持したうえで。さらに言うと身体強化も使っていましたね」

「……」


 ギルド長が難しい顔をする。それはそうだろう、今言った魔術の行使だけで、並の魔術師なら数人、あるいは十数人が必要だ。


「エルフは強力な魔術師が多いですから、ありえないとは言えませんが、あの若さで驚異的ではありますね」

「だが、大猪を仕留めたのは魔術ではなく弓と聞いたが?」

「はい、両目に矢が刺さった跡がありました。その他には古傷以外の目立った傷はなく、その二矢が致命傷です」

「眠っていたところにでも出くわしたのかな?」

「瞼に傷はありませんでした。つまり、目を開いているときに、瞬きする間もなく両眼をほぼ同時に射抜いたということです」


 片目ずつ時間差をあけて射抜いた場合、痛みで反射的に両目をつぶってしまうだろう。


「加えて言うなら、動物というのは激しい運動や苦痛が長引くと、肉質に劣化が生じます。今回そのような劣化はほとんど生じていませんでした。ほぼ出合い頭に仕留められたものと考えられます。各々の説明や状態に矛盾は見られませんね」


 仮に秘密の協力者がいたとしても、ギルドとしては咎めようがない。稀に貴族の道楽者がその手のランク不正を行うが、Dランク以降は上げるのに時間がかかるため、社会的価値のあるAランク以上まで根気よく続けられる者は滅多にいない。

 そもそもレミリアーヌの場合、不正の意味がない。堂々と従魔――推定Aランクの銀狼に狩らせましたと言えばいいだけだ。従魔の力はその主人の力なのだから。


「よく分った。ありがとう下がって良いよ」


 資材管理課長が下がった後は私の報告だ。


「間違いありません。グラース公爵家の者。少なくともその縁者です」

「根拠は?」


 ギルド長はこめかみをトントンとしながら、さらに難しい顔をする。


「彼女が持っていた懐中時計、その蓋に刻まれていた紋章がグラース公のものでした。いうまでもなく貴族騙りは重罪です。その懐中時計自体も、市販されていないもので、旧帝国系の王家とエルフやドワーフの王家、高位貴族しか持っていないはずのものだそうです。その市場価値は二億とも三億とも言われているとか」

「そんなものを他人に見せたのか?」


 頭痛がしてそうな顔だ。


「何気なく時間を確認した時に、たまたまモノを知っている者がいまして。以前話したカレンです。レミリアもカレンが知ってるとは思わなかったのでしょうが、確かにわざとでなければ、かなり迂闊だとは思います」

「どっちだ?」


 わざとなのか迂闊なのか? それはもちろん。


「後者ですね」


 うーんと唸って、大きくため息をつく。


「現グラース公爵の嫡男に、ちょうど十八になる娘が居るそうだよ。つまり直系嫡孫だね」

「本人は隠したがっているようでしたが」

「全く隠せてないじゃないか」

「まぁ、所詮は世間知らずのお嬢様ですからね」

「その世間知らずのお嬢様が何で冒険者に?」


 恨みがましい目で見られても、こっちが聞きたいぐらいだ。ただ……


「エルフは元来自由を求める性向があるとか」

「らしいね」

「王家や四公家でも時々出奔する者が出るようです。それでは?」

「惣領家から出奔するのは聞いたことがないねぇ」


 エルフの王家と四公家は、それぞれの家中で『惣領家』と『庶流家』という二つの階級に分かれている。基本的には代々の王や公爵の嫡流が『惣領家』、それ以外の血縁者が『庶流家』と考えて良い。現公爵の長男は将来の公爵であり、その子であるレミリアーヌは惣領家の者ということになる。

 そしてカレンの知る限り、責任感の塊であるエルフの王侯の惣領家から出奔した者が出た例はこれまでないらしい。


「なんにせよ、我々にできることは大して無いね。本部に報告するくらいかな? ミクラガルズ王国に直接の伝手もないし」


 だったら最初から放っておけという気もするが、偉い人の立場からするとそうもいかないのだろう。そのおかげで私達がマー・カフェに経費で通えるんだけどね。


「幸いというかなんというか、本人の実力は確かなようだし、しばらくは様子見しかないかな。あっ」


 何かを思い出したように声を上げる。


「代官様にだけは黙っててね」

「言われずとも」


 誰があのばかにわざわざ報告するか。

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