第1話 前方注意の街角
【レミリアーヌ・エリシス・グラース】
年明けして既に数日、新年祭の浮かれ気分ももう綺麗さっぱり消えている。お祭りは苦手なので、私的にはどうでも良かったりするけど。
エベレット王国王都テロワ。
この街に来てもう一年半ほどになる。もうだいぶ慣れてきたと言えるのではないだろうか。
街の人もシルバに驚かなくなったしね。
今の私は一か月近くもかけた依頼を達成して、気分はルンルンである。
依頼で採集した品を保管した保存箱を両手で抱え、心の中で即興でつくった謎歌を歌唱中だ。
「にゃっ、にゃー♪」
おっと、心の中で歌ってたのについ口に出てしまった。聞かれてないよな?
唐突にニャーとか鳴きだしたのを他人に聞かれたら、恥ずか死んでしまう。
私がこれだけ浮かれているのには理由がある。
この依頼を達成したらついに冒険者ランクがBになるのだ!
……うん、まだCなんだよね。
制度的にぼっちソロのCランクはギルド貢献度を稼ぎにくいのだ。というかソロを想定していないともいう。
Bランク昇格のための貢献度を百とすると、今九十くらい。
一年半かけてこれは、かつて『期待の新人』と呼ばれた者としては『期待外れ』と言われてしまうくらい遅い。悲しいなぁ。
何しろダンジョンに入れない。Cランクはパーティーじゃないと入場不可なのだ。
何度か手伝いで入ったけど、手伝った複数のパーティーからは、その後に声がかかることはなかった。悲しいなぁ。
何がいけなかったのか……ちょっと心が痛い。
だが! それも今日で終わりである。
今抱えているこの保存箱の中身をギルドに届ければ、Bランク昇格確実と確約をもらっているのだ! Bになればソロでもダンジョン入場可能なのだ!
箱の中身は月光花。
ある場所で、冬至付近の新月の夜のみに咲くという、伝説的な花だ。
現地への移動で十日。
月光花の捜索に三日。
新月の開花を待つ事さらに五日。
そこから戻るのに十日。
計二十八日の苦労が今日報われる。
日の光が入り込まないように厳重に封印されたこの保存箱には、周囲の土ごと採集した月光花がしまわれている。
理屈はよく分らないけど、こうすれば花をつけたまま一月以上持つらしい。水すらいらないのが不思議すぎる。
冒険者ギルド迄、あと五百メートルくらいだろうか。
ふと気付くと、私の直進進路上に男の人が立っていた。
茶髪で年齢は二十前後くらいだろうか。随分と身なりが良い。貴族だろう。なんでこんなところにいるのだろうか。
若干違和感を感じつつも、道幅に余裕はあるので避けるように進む。
けど、その男の人は再度私の進路を塞ぐように移動する。
ん? これはわざと? 一体なに?
「レミリアーヌ・エリシス・グラース」
フルネームだ。
身バレしてるってことは厄介ごとかなぁ。
茶髪の男の人はこちらを真っすぐに指さす。
「レミリアーヌ・エリシス・グラース! 貴様との婚約を破棄する!」
……
…………
「……?」
これは……、人違いだね。
世の中同姓同名の人が三人はいるって聞くし。
あれ? 顔が似てる人だっけ? まぁどっちでもいいや。さっさと避けてギルドへ向かおう。
「無視するな!」
だがレミリアーヌは回り込まれてしまった!
「人違いかと」
婚約なんてしてないし。
そもそもエルフ貴族と人族の貴族の結婚がありえない。政略結婚としてもだ。
寿命が違うってのが最大の理由だ。
個人としての幸不幸を別にしても、文字通りの意味で(ほぼ)永遠に居座る先祖の後家さんとか、厄介以外の何物でもないだろう。
庶民のエルフと人族は自由恋愛で時々結婚してるけどね。ロッドさんとエリナ姉様とか。いや、あの二人はまだか。諦め悪いなロッドさん。
彼らは覚悟の上、自己責任だから良いんだ。
貴族になると自己責任では済まないのでね。
なのでこの男の人が私の婚約者であることはありえない。私が知らないだけで、実家が勝手に婚約を結んだということもあり得ないのだ。
しばし、避けて進もうとする私と、それを阻止しようとする変な茶髪男の間で攻防が繰り広げられる。両手が塞がってるせいで若干不利だ。
なんだなんだと、周りが注目しはじめる。
んもー、しつこいなこの人。
「逃げるなと言っているだろう!」
「ですから人違いです」
「人違いではない! このエベレット王家第四王子たるウスターシュがここに宣言する! レミリアーヌ・エリシス・グラース! 貴様との婚約を、ここに破棄すると!」
……
なんて?
第四王子?
貴族どころか王族?
騙り? いや、王族騙りはシャレにならない重罪で、終身重労働刑か下手すると死刑だ。
まわりで見てた人も、ちょっとシャレにならない発言にざわざわしている。
まさか本物?
だとしたら、それはそれで意味が分からない。
なんでこんな街中で護衛もつけずにウロウロしているのか? というのもあるし、家と家の契約である婚約を、街中での宣言で済まそうとするのも謎だ。そもそも婚約してないけど。
こんな街中でこんな意味不明の事で騒げば、下手をすれば醜聞として彼の今後が大変なことになるだろう。
これはあれか? ひょっとして、この人ちょっと頭が……
この人が自分の事を王子だと思い込んでる庶民か貴族なら、まぁあまり問題ない。この人の今後がちょっと不幸になるというだけだ。むしろしかるべき施設に保護された結果、現状より相対的に幸福な環境を得られるかもしれない。
問題は、そうではなく本物の王子様でちょっと頭がおイカレなさっている場合だ……
うーん、政治的に大変なことになる。
確か第四王子って、この国の貴族派の旗頭だったような。
ふむ、であるならば……
ここは、無かったことにするのがベスト。是が非でも振り切って逃げなければ。
でなければ、変な事に巻き込まれてしまう可能性大だ。
少し本気を出して突破を試みる。
「逃げるな!」
「……」
ここで下手なことは言えない。無かったことにするための無言の攻防が続く。
というかなんでこの人、私が逃げるのを阻止しようとしてるんだろう? 言いたいこと言い終えたらもう用はないのでは? ますます意味が分からない。
「おのれ、私を愚弄する気か?」
いやいやいや、待って! 剣を抜こうとしないで! 街中で抜剣とか、本気でシャレにならないから! 私じゃなくてむしろあなたが!
慌てて空いてる右足で暫定王子様の腰の剣の柄頭を押さえる。
はしたないと言わないで! 両手塞がってるの!
「くっ!? この……!?」
柄頭をおさえた私の足を避けて剣を抜こうとするのを、私がケンケンの要領で片足で必死に追従する。
くお! この! やめろ! 私はあなたの事を思ってだな……あっ!
「うおー!」
剣を抜くことを諦めた暫定王子が、私の右足をつかんで思いっきり振り回し、投げ飛ばす。
これは身体強化か! 何してくれるのよ!
「くっ……!」
空中に飛ばされた私は、体を捻って着地姿勢をとる。
なんとか足からの着地には成功。
が、石畳で滑ってしまい、バランスを崩して保存箱を取り落としてしまう。やば!
「……!」
こうなったら足で受ける! 直接地面に叩きつけられるよりはましな筈!
せいっ!
あっ!
がこーん! と盛大な音を立てて、私の蹴りをまともに受けた保存箱が、近くの建物の壁に激突。六つの板と中身に分解して散らばる。
うん、前世でスマホでやった奴だ。足で受けようとして蹴ってしまい、むしろとどめを刺してしまうやつ。
保存箱から放り出された月光花は、最初こそつやつやしていたが、目の前であっという間に萎れてしまった。
「ああ……」
私のBランクが……
ショックのあまり、思わずがっくりと座り込んでしまう。
「……では、しかと申し渡したぞ」
糞王子はそう言って歩き去っていく。
私は座り込んだまま、しおれた月光花を見つめて茫然し続けるしか出来なかった。
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