第15話 グリフォンを監視しよう

【レミリアーヌ・エリシス・グラース】

 グリフォンの目撃地点はローアンから北へ十キロヤードほど。つまり約九キロメートル。

 グリフォンは巣から数キロ程度の範囲で活動するので、九でも十でも誤差の範囲だ。

 キロヤード。いつまで経っても慣れないな。いっそマイルの方がマシだった。許すまじ例の大賢者。

 二時間ほど北上して、高めの木に登って様子を見てみると、グリフォンをあっさり発見してしまった。

 んー、なんというか、迂闊に空を飛びすぎ。あんなんじゃ獲物に警戒されてしまうだろうに。

 一時間ほど観察していたが、案の定、何度も急降下をする様子が見られた。つまり獲物に逃げられているのだろう。狩り下手糞個体かぁ。

 はは、それで縄張りとられたか、あるいは単純に若いのかな。

 ちなみに一応気配遮断の魔法を使っているので、こちらはまず見つからないはずだ。

 昔、夜会で隅っこに隠れるのに使ったやつだ。オリジナル魔法なのでいろいろ粗がありすぎて、あっさり破られたんだよね。それもお子様に。

 ちゃんと隠れられてると思って、戯れにこっちに目を向けてた子に手を振ってみたら、振り返してきてめっちゃ焦ったなぁ。

 今はもうちょっと破られにくいように改良している。少なくとも遠距離からは発見されないはずだ。

 高さとか枝の具合とか丁度良いので、この木を監視ポイントにしよう。


 日が暮れるまでグリフォンの様子を観察する。

 飛んでる範囲や、狩り成功後の移動経路やらで、寝床の位置もおおよそ予想がついた。色々迂闊な個体だ。

 彼(彼女?)はこの森では圧倒的な食物連鎖の頂点ではあるが、それで油断して良い理由にはならない。いつどんな敵が現れるか分からないのだから。親から習わなかったのかねぇ。

 ああ、親とはぐれたか、早くに亡くすかして、狩りや生存の為の技術伝承が不十分なのかもしれないな。

 迂闊に人里近くに住み着いてしまったことと言い、それなら説明がつきやすい。

 同情は出来るが、交渉ができない以上、倒すしかない。

 代官の人は捕えろとか言ってたけど、現実的ではない。

 あの人がグリフォンの成体を素手で絞め殺せる、実家の獣舎管理人並みの怪物なら、捕らえて従魔にできない事もないだろうけどね。それなら自分で捕らえろという話だ。



 日が落ちかけてきたので野営の準備をする。

 グリフォンは昼行性なので、夜に火を焚いても問題はない。そもそも巣の推定位置からここまで三キロはある。

 火を焚いたうえで、シルバに自由行動を許す。お食事は自分で何とかしてねってことだ。

 そして私は、食事後木の上で寝る。焚き火は長持ち型にして、一晩持つように工夫する。なんなら夜中に起きて継ぎ足しても良いし。

 火があるのに突撃してきて、かつ木に登ってくる獣などいない。魔物はいるけど、まぁ大丈夫だろう。満腹になればシルバも戻ってくるし。

 枝の上に小さな足場を組んで、そこに座って体をロープで固定。夜でもあまり寒くない季節なのは助かる。

 睡眠、温かい食事、その他の準備は夜に行い。昼はグリフォンの監視。食事はナッツ類で簡単に済ませる。

 グリフォンの気をひかないように、焚き火や襲ってきた魔物の痕跡は、夜が明けきる前に消しておく。

 そうやって順調に六日が過ぎた。



 物語なら最終日にトラブルが発生するところだが、私にはそのような油断はないと思って頂こう。

 昼まで監視の任を全うして撤収だ。

 グリフォンが狩りに成功して空から居なくなった隙に素早く撤収する。

 シルバに捕まって、引っ張られる形での高速走法。これで距離を稼いで安全圏に入ったところで歩きに切り替える。

 街に帰り着いたのは三時前だった。

 一週間ぶりのローアン。何もかもが懐かしい、って程ではないな。普通だ。

 いつものように北門から入ろうとするのだが、門が閉まってる。そりゃそうだ。

 けど近づくにつれ、あわてて門を開け始めた。シルバが目立つのが良かったらしい。


「お疲れ様です!」

「そちらもお疲れ様です」


 門で報告する雰囲気じゃないし、ギルドに行けばいいかな。


「グリフォン討伐パーティーが今朝方、街に到着したらしいですよ」


 ほーん。

 朝に到着って変なタイミングだなぁ。よっぽど急いできてくれたのかな?


「そうなのですね。教えて頂きありがとうございます」


 守衛さんにお礼を言いつつ、ギルドへ向かう。北門からはちょっと距離があるんだよね。

 街の雰囲気はいつもと変わらない。街の中なら安全という情報が浸透しているようだ。

 ただ、冒険者風の格好の人達は、若干手持無沙汰な感じだ。お仕事ないもんね。冒険者が出費を抑えると、街の経済にも影響があるはず。

 長引くと影響あるだろうけど、一週間程度じゃそこまででもないか。

 最初の頃はシルバを目にした人たちが逃げるように道を開けてくれたものだが、もう皆慣れたもんである。シルバは吠えも唸りもしない出来た子だからね。

 最近は子供の肝試し対象にもなっている。抱き着く程度は許すけど、棒で叩こうとする悪い子も時々いる。一回ジャイアントスイングで振り回したあげく、十メートルほど水平飛行してもらったら来なくなったけど。

 いや、ちゃんと安全に飛ばしましたよ? 着地点にエアクッション展開して。


 ギルドがある通りまで出たところで、その人通りの少なさにちょっと驚く。まぁそうだよね、冒険者関連の店舗や施設ばかりだからね、この通りは。

 そこに六人組の冒険者が何やら話し合いをしていたのだが、妙に違和感を感じた。

 黒髪の長身の人族男性と、それに寄り添うように立つ金髪のエルフ美女。そしてそれに対面するように並ぶ人族らしき四人。

 並んでる四人は装備だけ見れば、冒険者か傭兵なんだけど、なんというか立ち居振る舞いが違う。それに無意識にか整列しちゃってるんだよね。冒険者はそんな綺麗に並ばない。

 軍人だねこの人達。それも現役か、最近まで現役だったか。

 退役して一旗揚げようとしてるなら、そんな不思議でもないのかな?

 初めてみる人達だし、多分この人達がグリフォン退治を引き受けたパーティーなのだろう。

 リーダーらしき黒髪イケメンがこちらに気づき、目を見張る。

 うん、その反応にももう慣れました。

 ……なんだけど、予想外の反応をする人がその隣にいた。


「あらぁー! まぁまぁ、あなたシルバよねぇ? ってことはぁ……」


 あっという間に近づいて、こちらの顔を覗きこむ様に顔を寄せてくる。

 近い! この人パーソナルスペースが超狭いよ!

 というか、この声聞き覚えあるぞ? シルバの名前を知ってるってことは。


「あなたぁ、レミリアーヌじゃない! なんでこんな所にいるのぉ!?」


 心底嬉しそうに満面の笑みを向けてくる金髪碧眼のエルフ女性。

 エルフ美貌鑑定士七級の私でも『超絶』判定、太鼓判の容貌。

 太陽を孕んだかのような見事なストレートの金髪。

 空の青さを溶かし込んだような碧眼。

 若干舌ったらずになりがちな喋り。

 そして何よりこのパーソナルスペースの狭さ。


「……エリナ姉様?」

「そうよぉ! 覚えていてくれたのねぇ! 五年ぶり? かしらぁ?」


 そりゃ忘れない。

 普段、エルフに話しかけられる度に、心の中で『え、誰?』を連発して、焦りまくる私でも見間違えようがない強烈な人なのだ、このエリナさんは。

 本名はエリューネラ・バース・グラース。

 私の祖父である現グラース公の弟さんの孫で、私とは又従姉妹の関係になる。家中最強の女官長エルザの孫でもある。

 その類まれな容姿と、近眼を原因とするパーソナルスペースの狭さ、分け隔てのない気さくな人柄で、数々の男性(一部女性も含む)を勘違いさせ、その辺り結構大らかなエルフ部族をして『傾国』の名を奉られたという曰く付きの女性だ。

 本人には全くその気がないのに、周囲が色恋沙汰であまりにも騒動を起こすせいで、嫌気がさしたのか五年ほど前に公爵家を出奔。冒険者になったという風の噂だった。

 ちなみに彼女を追っかけて、出奔した男女が一ダースほど発生。普段動じないグラース公のおじいさまが、頭を抱えたというのは有名な話だ。

 言ってて思ったけど、冒険者なんかやってて大丈夫なんだろうか? エルフですらコロッといってしまうような人が人族の国で愛想を振りまいたら……


「エリナ、そちらの方は?」


 黒髪イケメンがエリナ姉様に声を掛ける。若干こちらを警戒しているようだ。

 もしこの人がエリナ姉様の素性を知ってる場合、エリナ姉様が私との関係を正直に伝えてしまうと……自動的に私の素性ももろばれになってしまう。

 どうしよう? ここはアイコンタクトで……


「私の又従姉妹のレミリアーヌよぉ」


 むーりー! そもそもアイコンタクトって何さ。具体的にどうするの? 分からん。

 そもそものそもそもとして、なんらか目で伝えるためには、私の鉄壁(自称)のポーカーフェイス崩す必要あるじゃん。元から無理じゃん。


「又従姉妹……黒髪……」


 ハッとするイケメンさん。

 はい、バレたー!

 笑ってごまかそう。


「レミリアーヌ、この人はロッドよぉ。私の良い人!」

「おい……」


 おおおお……

 グラースの傾国に恋人が……いかん、実家に知れたら大変なことになるぞ……

「外堀埋めるのは卑怯……」「これも戦略よ……」「だからそれは……」「時間の問題でしょ……」

 何やら小声で言い争いしてる。これが痴話喧嘩か。初めて見た。

 そして残りの四人の表情は嫉妬ではなく、生暖かい笑顔。なるほど、このパーティの関係性はそういう感じか。


「いや、失礼した、レミリアーヌ殿。ロッドだ。ランクはA。今回グリフォンの討伐を請け負ったパーティーのリーダーだ」


 エリナ姉様が隣でブーブー言ってるのを黙殺するイケメンさん。


「レミリアーヌ・エリシスです。Dランクです」

「ふむ」


 グラースを名乗らなかったことで、察してくれると思うけど。


「ところでレミリアーヌ殿。ひょっとしてグリフォンの監視依頼を受けたというのは、あなたか?」

「はい、今帰還の報告に来たところです」

「それは丁度よかった。見てきたグリフォンの様子をお聞かせ願いたい」


 え、知らない人ばかりの前で報告? 勘弁してほしいな。


「あ、皆さん、申し訳ありませんが討伐準備の方をお願いできますかぁ? お話はロッドと私で聞いておきますので」


 エリナ姉様の指示で四人がこの場を離れる。ほっ。

 意味深な微笑を向けてくるエリナ姉様。私の人見知り知られていたっぽいな。女官長のエリザの孫だし知ってても不思議はないのか。

 なんにせよ助かった。

 一緒に冒険者ギルドへ向かう途中、ロッドさんが話しかけてきた。


「お察しの通り、先ほどの四人は、グリフォン討伐を受けるにあたって、ある方から借りた兵でね」


 え? あ、ごめんなさい、全然察していませんでした。てっきり退役兵士の再就職かと。


「今は事情を明かせないのだが、このことは内密に願いたい」

「はい、もちろん」


 それはもちろん。何にも察してませんから、他人に喋りようもないんですが。

 え、なに? なんかあるの? 人を巻き込まないで!

 内心焦りつつ、さも何もかも分かってますよ的な雰囲気を醸しつつ、ギルドへ向かう。

 うむ、よく分らんが、道中会話を振らない(振れない)のは、おかげで誤魔化せたな。

 でもエリナ姉様との関係を、もうちょっとツッコんで聞いてみたい気持ちも、ないではなかったんだけどね。

 ギルドに入ると受付にいたクラリスさんが立ち上がって迎えてくれた。


「レミリア! 大丈夫だった?」

「はい、問題ありませんでした」

「よかった。……あら?」


 クラリスさんは、私について入ってきたロッドさん達を見て訝し気にする。


「彼女の報告に同席させて頂きたいのだが、良いかな?」

「それは……」


 私の方に目配せしてくるクラリスさん。

 なるほど、目配せってこうするのか。

 了解の意味を込めてうなずいておく。


「はい、ではこちらへ」


 いつもの会議室に案内される。途中、別の職員にギルド長を呼ぶように伝えていたので、クラリスさん、ギルド長、ロッドさん、エリナ姉様の四人の前で報告することになりそうだ。

 まぁこれくらいなら、そこまで緊張しなくて済みそうかな? 知ってる人も多いし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る