第12話 よく分らないけど裏目った? 【クラリス】
【クラリス・ブラント】
会議室に入った途端、レミリアの様子がおかしくなった。
視線は中を彷徨い、表情は抜け落ち、声は若干上ずっている。
誰とも目線を合わさない完全な無表情は、彼女の容姿と相まって過剰なまでの冷淡さを演出していた。
困ったわね、お偉いさん達に悪い印象与えないといいけど。
グリフォンの解説が始まってからの口調もおかしい。普段の彼女の口調とは似ても似つかない。まるで何かの文献を読んでいるような……
「……Sランク・カテゴリーⅡと評価されている。さんこーぶんけんいち」
参考文献? え、本当に何かの文献読んでる? いや、でも手元には何もないし。
まさか、暗記した文献を暗唱している?
戸惑っているのは私だけではないようだ。
周囲の困惑を置き去りにして、レミリアの解説は続く。その情報は現状に即した的確さで、お偉いさん達の懸念はかなり払拭されたようだった。
『参考文献』に誰も触れないのは、雰囲気の異常さを敏感に感じ取ったのだろう。
相手は素性を隠している(つもり)とはいえ、グラース公爵家だ。藪をつつくような真似はしたくない。各々の顔がそう語っていた。
賢明ね。私が彼らの立場でも同じように考えると思う。
そして、レミリアがおかしくなったのは多分だけど、私のせいだろう。事前の説明もなしに急にこの場に連れてきた、それが何か異常をもたらしたのだろうか。
何かに怒ってる? そんな雰囲気ではない。
男性恐怖症? これまでそんな様子を見せたことはなかった。多少緊張はする様だが、恐怖症とまではいかないはずだ。
あと考えられるのは、お偉いさんの前であがったとか? まさかね。公爵令嬢の方が圧倒的にお偉いさんだわ。
正直よく分らないが、当初の目的は達したので良しとしよう。
レミリアのギルドへの貢献を稼ぎ、ローアンの街としては、この非常事態への対処の指針を得ることができたのだから。
さっさと連れ出そう。ここがこの子にとってあまり良くない場所なのは、間違いなさそうだし。
会議室の扉が突然開かれたのはその時だった。
「グリフォンが見つかったそうだな!」
入ってきた小太りの中年の男は、挨拶すらなく開口一番そう叫んだ。この街の代官ファビアン・コロンヌだ。そうは見えないが一応は貴族だ。男爵家の三男だけど。
「……これは代官様。ご足労頂き」
「何度言ったら分かる! 俺はいずれこの街の領主になる男だぞ。領主様と呼ばんか!」
「……領主様。ご足労頂き」
「挨拶なんぞ要らん! それよりグリフォンだ! 必ず生け捕りにせよ」
ファビアンは市長の言葉を遮り、一方的にまくしたてる。
「生け捕り……でございますか?」
何を言ってるんだこいつは。
居合わせたもの全員の顔がそう言っていた。もちろん私もだ。
あ、レミリアは無表情だけど。
「なんと察しの悪い者どもだ! 日ごろから言っていたであろう。俺には魔獣使いの才能がある。グリフォンは我が下僕とするにふさわしい魔獣ではないか!」
本当に何を言ってるんだこいつ。
魔獣使いが幻獣や魔獣と契約を結ぶには、赤ん坊の頃から育てて絆をはぐくむか、実力で屈服させるか、二通りしか方法がない。
そしてこの男は見た目通り、グリフォンを屈服させる実力の持ち主ではない。成獣のグリフォンと契約を結ぶのは不可能だ。
「お言葉ですが、成獣との契約は難しいかと」
冒険者ギルド長がほんの少しだけ遠回しに、だけどほとんど直球で『お前じゃ無理だろ』と伝える。婉曲な表現では代官には伝わらないと、これまで散々経験しているのだ。
「馬鹿かお前は。人を使ってグリフォンを弱らせて、頃合いを見計らって俺が契約すれば良いだけではないか」
あ、一応考えてるんだ。でも……
「そんなことできるの?」
小声でレミリアーヌに尋ねる。
本当は早く出ていきたいんだが、黙って出て言って目を付けられるとそれはそれで面倒だ、タイミングを見計らわなければ。
「厳密には可能です」
え、できるんだ?
だがレミリアの言葉には続きがあった。
「ですが実質的には意味がありません。グリフォンが回復して契約者の力を上回った時点で、契約は破棄されます」
だよね。
魔獣使いの才能を持っている者は、探せばそれなりにいるのだ。弱らせて契約が可能なら、契約魔獣がそこら中に溢れているだろう。
「貴様! 例の魔獣使いの魔女か!」
しまった。
レミリアの声を聞き咎めた代官がこちらの存在に気づいてしまった。今まで眼中にない感じだったのに。
レミリアの澄んだ通りの良い声が仇になったか。
「ふん、常識にとらわれる愚か者め。それは今まで試した者が愚かだったのだ。一度や二度で諦めるから失敗するのだ。完全に屈服するまで繰り返し痛めつければ、いずれは反抗する気も失せるものだ」
いやぁ、多分それも誰かが試してると思うけどなぁ。
「そ……モガッ」
何か喋りそうになったレミリアの口を慌てて塞ぐ。
危ない危ない。今のレミリアには問答無用で、相手を論破してしまいそうな雰囲気がある。馬鹿代官相手にそれはヤバイ。
「なるほど! 流石はだいかじゃなくて領主さま。それではこちらの用は済みましたので失礼しますね。ご無礼ご容赦ください」
レミリアを抱えたまま、会議室からの脱出を試みる。
「待て!」
ぐ、何か言いだす前に逃げ出したかったんだけどな。
「魔女、貴様グリフォンの監視をせよ」
「は?」
あ、思わず素の声出しちゃった。
「グリフォンに逃げられたらかなわん。生け捕りの手はずを整えるまで監視するのだ」
「は?」
あ、また出ちゃった。
いやいやいや、逃げないように監視って、何をどうやるの? 監視はまだしも逃亡阻止とか、そんなことできるなら倒せるじゃない。
「いいか、これは領主命令である! 今日からだぞ。報酬はギルドから受け取れ」
「え」
冒険者ギルド長が寝耳に水という感じで顔を青くする。
それはそうだ。グラース公爵家のレミリアを意味のない任務で危険にさらして何かあれば、後難が恐ろしい。
それが無くても、このような高難度、かつ長期に渡る依頼に支払うべき依頼料は……それなりの額になるだろう。
無論ギルドが支払いに困るような額ではないが、これまでの経験上、この代官は依頼料を自分が支払う気などない。つまり、ギルドの持ち出し、泣き寝入りになるのだ。
「そ、それは」
慌ててギルド長が何か言おうとした、その時。
「分かりました。ご依頼承りました」
あちゃー、レミリアがはっきりと返答してしまった。しまったなぁ、口塞いだままにしとけば良かった。あまりにもはっきり答えてしまったので、いまさら間違いですは無理だ。
「よし、下がれ」
それっきり代官は興味を失ったように、大股で会議室の上座へ向かう。
「それでは失礼します」
急いで部屋から出て扉を閉める。扉が閉まる直前、お偉いさん達が恨めしそうな目を、こちらに向けているのが見えた。
すまんな、後はあなたたちで何とかして。私はそれどころじゃなくなったんだ。
未だ表情が抜け落ちたままで反応の薄いレミリアを連れて、シルバを置いてきた元の会議室に戻る。
レミリア、一体どうしたのさ……
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