第13話 レミリア様の告白 【カレン】
【カレン】
冒険者ギルドは朝から妙に混んでいました。
混雑はダリアが受付に行ってる間にもひどくなり、騒がしさも増す一方です。
「なんか、街から出るの禁止だって」
ダリアが首を傾げながら受付から戻ってきました。
「なんでよ」
「さあ?」
メイの疑問に対する答えもないようです。
「周りではAランクの魔獣が出たとか噂してますね」
足止めを食らった冒険者たちは、ギルド職員に詰め寄ったり、冒険者同士で情報交換をしたりしています。諦めて出ていく者は少数派のようですね。
「こういう時の噂ほど信用できないものもないけどね」
なんにせよ、仕事にならないようですから、今日の所は解散ということになりました。臨時休業です。
うーん、図書館にでも行ってみましょうか。
ギルドから出ようとしたとき、職員エリアからクラリスさんとレミリア様が現れるのが見えました。
「!?」
レミリア様の様子がおかしい……!
表情が掻き消えた青い顔。クラリスさんに先導されて、歩く姿は明らかにぎくしゃくしています。他の人にはわからないでしょうけど、私にははっきりと分かりました。
「クラリスさん、レミリア様!」
小走りに駆け付けると、クラリスさんが少しほっとしたのが分かりました。
「カレンちょっと良い?」
「はい」
もちろん二つ返事でついて行きます。
会議室の中にはシルバちゃんがお座りしていました。中でおとなしく待っていたようです。
クラリスさんが扉を閉め鍵を掛けると、ソファーに座るように促されました。
「レミリアの様子がちょっとおかしくなって……」
クラリスさんがそこまで言ったところで、ギョッとした顔をしました。
ハッとして視線の先、私の隣に座ったレミリア様を見ると……ぐちゃぐちゃに顔をゆがめたレミリア様が、ボロボロと涙を流していました。
「ご、ごめんなさ……い! わたし、緊張して、頭が真っ白になって……!」
少しおとなしめだけど完璧な令嬢のはずのレミリア様が、まるでそこらの街娘のように外聞もなく泣きじゃくっています! 一体何が!
「グリフォ……何も考えられなくなって……! 覚えてた本しか……言えなくて! もし街の人に怪我人……でたら! 死んじゃったりしたら……どうしよ!」
泣きじゃくるレミリア様。慰めたくても、言ってることがよく分りません……
助けを求めるようにクラリスさんの方を見ると、何か得心したような顔をして、フゥとため息をつきました。
それに反応して、俯いたレミリア様が怯えるように肩をビクリとさせます。
クラリスさんは立ち上がって、レミリア様の前に跪く様にしゃがみ、目線を合わせるとその両手を握ります。
「ごめんね。そしてありがとう」
「……」
レミリア様は不思議そうにクラリスさんを見つめます。
「あなたが話してくれたことは、とても役に立ったわ」
「え、でも……、図鑑の文章を暗唱しただけで……」
「私もギルド長達も、その図鑑の情報も知らなかったの。それにレミリアが選んだその図鑑は、今の状況にとても適切な内容だったわ」
「……役に立ちますか?」
「ええ、とても。だから安心して」
ぼんやりと話は見えてきました。
レミリア様はギルドに情報提供をしたけど、レミリア様自身はあまりうまく話ができなかった、そう思い込んで責任を感じていた。そんな感じのようです。
「そうです! レミリア様が責任を感じることはありません!」
レミリア様とクラリスさんの手を挟むように抱え込んで、無理やり割り込みます。
だって、このままじゃ私、空気になっちゃいそうですから……流石にそれは寂しいです。
「……私、実はミクラガルズ王国のグラース公爵家の者なんです」
クラリスさんのハンカチで涙をぬぐっていたレミリア様が、ついにご自身の身分を明かしてくれました。
「知ってた」
「知ってました」
「え……」
そして私たちの言葉にショックを受けたように固まってしまいます。
本気でバレてないと思ってたようですね。
「懐中時計の紋章でね。でもそれが無くても、普段の振る舞いも明らかに庶民からかけ離れてたわよ」
「え、どのあたりがおかしかったのでしょうか?」
「全部」
「え……」
再びショックを受けるレミリア様。茫然とする様も可愛らしいです。
「そうだったのですね。それでも皆さま、知らない振りをしてくださっていたのですね」
恥ずかし気に俯く様も……いやいや、そんな不純な目で眺めるのは失礼です。自重自重。
「私が家を出たのは、貴族としてやっていける自信がなかったからなのです。クラリスさんが目の当たりにされたように、知らない方や大勢の前だとあがってしまって……私自身に責任がかかってくるときは特に……自分が何を言ってるのかすら分からなくなって……」
あー、あがり症ってやつですね。
「沢山の方との会話も苦手で……お茶会のホストの時など、会話を盛り上げるように話題を振ることが求められるのですけど、一月前から参加者を下調べして、話題に出することを考えて、暗記して……それでも用意したことの半分以上、当日の緊張で頭から飛んで行ってしまって……会話の接ぎ穂を見失ってしまうこともままあって……」
え、それって……
「もしかして私たちとのカフェも負担でした?」
そうだったらちょっと悲しい。
「あ、それは大丈夫です! お友達と小人数でお喋りするのは全然大丈夫で、私も楽しんでましたし」
レミリア様は慌てて否定してくれます。
ほっ、良かった。
クラリスさんの指示で、レミリア様に近づく人たちを厳選、というか結果的にシャットアウトしてたのは正解だったっぽいです。
「人の顔と名前を覚えるのも苦手で……あ、言い訳させていただくと、エルフの容姿と見た目の年齢が、皆似通ってるのも一因だと思うんです。まぁ外国の、人族の方のお顔も覚えられないのは言い訳できませんが」
「でも記憶力が悪いわけじゃないよね? 図鑑の文章? 注釈まで覚えてたみたいだし」
クラリスさんが軽く首を傾げます。
「本を覚えるのは得意なんです。興味ある内容だと一回読めば大体記憶できますし、実家の書庫の二千冊ほども全部覚えてます。我ながらなぜかはよく分りません」
「へ、へぇー」
二千冊って一日一冊読んでも五年以上かかるじゃないですか。それを全部記憶。
私もサイエス派で秀才と呼ばれてましたけど、とても真似できそうにありません。レミリア様の頭脳は凡人とは次元が違うようです。
「要するに私は貴族としては完全にポンコツなんです。努力や慣れで多少は誤魔化せても、先を考えればエルフの寿命で千年。そんな年月、無理を重ねていくなんて私にはとても無理なんです。地獄以外の何物でもないんです」
「……」
俯いて自らの不出来を告白するレミリア様に、私は掛ける言葉がありませんでした。
尖った才能を持つ人は、釣り合いを取るように別の面が凡人以下だったりします。レミリア様の場合、それが生まれついた立場に対して悪い方に偏ってしまった、ということでしょうか?
「でも、あなた、周囲からの評価はそれほど悪くない……むしろ良かったんじゃない?」
「……そうですね、それなりにうまく誤魔化せていたんだと思います」
「んー、なるほどね」
クラリスさんがなにか合点がいったように呟きます。
「レミリア、あなたちょっと真面目すぎなんだね。あと頑張りすぎ」
「え……?」
クラリスさんの言葉に、レミリア様は顔を上げて不思議そうにします。
「随分自己評価が低いけど、端から見る限り、あなた立ち居振る舞いといい、言葉遣い、人当たりと言い、令嬢の理想形みたいな存在よ」
「そ、そうでしょうか?」
そうですよね。レミリア様自身が語る内面と、私たちが見る外見の落差はかなり激しいです。
「そ・れ・に、普通の貴族の令嬢にとっては、社交なんかより家出して冒険者になる方が何百倍も大変なんだよ。それを実行してしまうほど追い詰められたってことでしょ?」
「……そうなんでしょうか?」
まぁレミリア様の場合、魔獣使いとか弓とか魔術とか、冒険者を余裕でやれてしまうので、納得いき難いかもしれないですね。でも一般的にはクラリスさんの言ってることが正しいと思います。
「その気になれば、貴族としての義務を放棄して、実家でぐーたらすることもできるでしょ? あなたみたいに貴族に向かない貴族なんて、これまで何百、何千と生まれてるわよ。そういった人間をどうするかっていうノウハウも、貴族社会には存在してるの。時々放り出された人とか噂に聞くけど、それってごく稀な例で、大抵はなんだかんだ外面取り繕って、誤魔化してやってるものよ?」
「そう……なんですか?」
「外面を取り繕えなかったのが、時々出てくる変人貴族よね。そういう人達って、型にはめようとして失敗したとか、逆に研究や芸術分野で大成してしまって、外に出さざるを得なくなったとかね。つまり、結構好き勝手やってる貴族社会不適合者も多いってこと」
レミリア様は、考えすらしなかったという顔をしています。
「あなたの場合、あなた自身が優秀すぎて、周りの期待が大きくなっちゃったのかな? そして、あなたはそれに応えようとして何とかしてしまって、さらに期待が大きくなって……悪循環ね。完璧を求める周りと、自分の限界ぎりぎりまでそれに応えようとするあなた。そして、我慢に我慢を重ね、ある時ぷっつり切れちゃった。私の勝手な想像だけどね」
考え込むレミリア様。
「……全てではないと思いますが、当たってる部分もある気がします」
考え込むレミリア様にクラリスさんがにやりと笑いかけます。
「あなた今、実家に戻って家の人と話し合おうとか考えてたでしょ」
「え!?」
恐らく心の中を言い当てられていたのでしょう。目を見開いて驚いています。
「そこが真面目過ぎって言ってるの。勝手に期待して、あなたの心に寄り添えず、無理させてきたんだから、責任は大半は向こう側。頭下げて謝ってくるまで放っておきなさい」
ちょっと考えて継ぎ足します。
「いや、頭下げてきても放っておいていいよ。あなた自身の気が済むまで自由にしなさい」
「え……、いいんですか……?」
「いいのいいの。例え神が許さなくても私が許すよ」
レミリア様はほとんど呆然と言った様子ですが、明らかに顔色が良くなりました。
クラリスさんは流石人生の先輩というところでしょうか。私が口を挟む間もなく、レミリア様を心の枷から解き放ってしまいます。
本当に良かったです……
……ん?
ところで、このままでは私、ここに呼ばれた意味がないのでは!?
人生経験の差で主役はクラリスさんに奪われましたが、お友達枠代表として、私も役割を果たさないと!
「そうです! もうレミリア様の生きたいように、自由に生きればいいんです! 私もお手伝いしますから! し、親友として!」
レミリア様の手を取って、どさくさ紛れに親友宣言しちゃいます!
「……はい、よろしくお願いします」
あー、これまで見せて頂いた微笑とはまた違ったすばらしい笑顔です。これは、男どもに見せたら危険ですね。ここにいるのが私とクラリスさんだけで良かった。
その時です。会議室の扉が勢いよく開いたのは。
「話は聞かせてもらった!」
……唐突なノエルの登場です。
「え、私鍵閉めたよね!?」
クラリスさんもびっくりしています。
「この程度の鍵、赤子の手を捻るよりも容易い……」
ヘアピンを右手でもてあそびながら謎のポーズを決めます。
「いや、開けるなよお前……」
クラリスさんの呆れ声を無視し、ノエルはずかずかと部屋に入り込んで、レミリア様の傍らで彼女を見守っていたシルバちゃんにぼふっと抱きつきます。
「ワフ?」
「ふぅ、流石シルバ。抱き心地最高」
あんた何しに来たの?
シルバちゃんも心なしか困惑気味に見えます。
「ノエルさん?」
ノエルはくるりと振り向いて、レミリア様に近寄ると、その頭を抱えて撫ではじめました……って、何してんのよあんた! ……ずるい!
「孤児院では、お互いこうやって頭を撫で合ってた。辛いときは遠慮するな」
「ノエルさん……」
レミリア様は気持ちよさそうに目をつぶります。
ぐぐぐ……、割り込みたい気持ちと、それを押しとどめる良心がせめぎ合っています。というか、ノエルに良いところを完全に奪われてませんか? 私。
「ふー……」
クラリスさんも頭を振ってやれやれとしています。
「あんたたちさぁ……」
クラリスさんは立ち上がると、ノエルと座ったままのレミリア様を抱えてシルバちゃんに向かって飛び込みます。クラリスさん、意外と力持ちですね。
「ワフ!?」
シルバちゃんは良い子だなぁ。驚きながらも避けずに受け止めるんだから。
「カレンも来い!」
「え……」
「混ざりたいんだろ?」
いや、混ざりたいですけど……
やれやれという感じで、シルバちゃんが床に寝転がり、三人がお腹を枕に寝転がれるように位置を調整してくれます。
「うひゃー!」
「む?」
「うわ」
うー、もうしょうがない!
とう!
「ぐえ」
「あわわ」
丁度私の頭がノエルのお腹に突き刺さってしまいました。
ごめん、わざとじゃないよ。無意識のうちに狙ったかもしれないけどね!
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