第29話 わりとどうでも良い真相

【レミリアーヌ・エリシス・グラース】

「自戒を兼ねて、自分の馬鹿さ加減を皆に知ってもらいたい。勝手な言い分ですまないが。それにレミリアーヌ殿はあの件について知る権利があると思うのだ。どれほどしようもない話であるか、という事も含めて」


 んー、いや、どうでも良いかなぁ。

 私は私で今自分自身の事で悩んでるので、それどころじゃないというか。


「事の発端は一年ほど前、宮中で貴族派の反乱の噂が流れたときに遡る」


 『あ、それもういいっす』って言って止められる空気じゃないなぁ。

 カレンさんはようやく吐いたか、って感じ。

 エリナさんは何言ってるんだこいつ、って感じ。

 シオン君は苦笑気味。

 ノエルさんは早速目を瞑って寝る準備。


 まぁ……、適当に相槌打ちつつ聞き流すか。


「噂自体は何ら根拠の無いものですぐ収まったんだが、内容がな」

「貴族派が反乱なんてするとしたら、旗頭はあなたですものね」

「そうねぇ」


 カレンさんの指摘を肯定するエリナ姉様。

 そうなの? 無視すればいいんじゃ? いや無理か。


「先に言っておくと、俺は父王陛下や兄王太子と争う気などさらさらない。王族の親兄弟というものは、庶民の親兄弟と比べると他人みたいなものかもしれんが……、喧嘩一つしたこともないしな。だが、俺個人としてはそれなりに肉親の情というものを持ってるつもりなんだ」


 ヘンリーさんとこの親子喧嘩に何か感じるものがあったのかな。


「そして、俺の中に貴族派に対する疑念が生じた。派閥だなんだのと言っても、それは王国の枠組みの中での勢力争いで、国をひっくり返すようなことはないのだと思っていた。だが本当にそうか? 今回はただの噂だったが、実行しないと言い切れるのか? とね。そして自分なりに貴族派の動きを調べたんだ」

「旗頭なのに自派の内情を知らなかったんですか?」


 私の疑問は当然だと思う。


「王宮ってのは複雑怪奇でな。俺は派閥の頭という事になってはいるが、所詮はお飾りだ。重要な情報はろくに回ってこない。まぁ俺がまだ十代の若造で軽く見られていたってのもあるかもしれんがな」


 はぁ、これはあれか、ろくに権限もないのに責任だけは取らされるっていう、貧乏くじな立場。ウーちゃん若いのに苦労してるんだなぁ。


「貴族派の実質的な指導者であるオランニュ公はやり手でな、当時政争で王党派のポストを次々と陥落させ、代わりに貴族派を送り込んでいた。その辺りの公表されている情報は入手するのも容易だったから、俺はまずそこから情報を集めた。まぁ、そもそも自分の手足だけじゃ、裏の情報を集めようにも集められなかったんだが」

「ちゃんと信頼できる部下を作っておかないからよぉ」


 エリナ姉様が苦言を呈する。

 どうやらここでいう手足とは、ウーちゃんのために働いてくれる人たちという意味ではなく、ウーちゃんの手足(物理)のようだ。


「そうなのですが、母上がなかなか……」

「あぁ……」


 二人だけで分かりあってないで、教えてくれないかなぁ?


「アデーレさんって選り好みが激しいのよねぇ。あなたの『友人』も『厳選』されちゃったわけ?」

「まぁ、そんなところです」


 子供の交際に口を出す親ってこと? 王族なら普通な気もする。

 でもアデーレさんの基準がちょっと問題ありってことなのかな?


「当時、貴族派が新しく人を送り込んたポストというのが問題でね。近衛騎士団長、オスティア総督、ローアン代官、等々だ」

「あらぁ」


 近衛騎士団長は言わずもがな、オスティアは王都テロワの外港かつ商都とも呼ばれる交易の中心都市、ローアンはテロワと東方領土との結節点……。ピンポイントで経済的、軍事的な要所過ぎる。


「無論、今日明日どうこうという話ではないだろう、明確に貴族派とされている人物の公表された人事なのだから。それにしてもいつなんらかの『騒ぎ』が起きても良いように、と言う布石にしか見えなかった。少なくとも当時の俺にはな」


 というか、王党派の人達は何をしてたんだろう? そんな重要ポストを短期間に連続して明け渡してしまうなんて。

 ん? ローアン代官?


「ローアン代官って、例の……?」

「ああ……」


 一年半ほど前にグリフォン逃がして首切られた人だ。

 あ、切られたって言っても物理的には大丈夫だったみたいだよ。今は下級貴族向けの刑務所で贖罪のための労働に励んでいるらしい。もちろん本人の意志は関係なしの強制で。

 あの人が居なくなった後、そのポストを貴族派がとっちゃったのかな? ただの棚ぼただったのでは。


「着々と準備を整えている……、ように見えた貴族派に対して、俺は焦りつつも何もできないでいた。だが、去年の年末にある噂話を聞いた」

「噂?」

「ミクラガルズのグラース公の娘が、王都で冒険者をやっているという噂だ」


 私じゃん。


「そんな馬鹿なと思いつつも、偶然とある新聞記者と話す機会があってな、その時に世間話的にその話題を出したんだ。だが、その記者が言うにはどうも本当のようだと」


 え、バレバレですのん?


「そこでふと思いついてしまった。これは使えるのではないかとな。これをうまく使って俺が失脚すれば、貴族派にとっては打撃になるのではないかと」

「え、それって」


 つまり、私を利用して自身の失脚を狙った?


「何しろエベレット王国にとって最重要の同盟国の公爵家の公女だ。その名誉を損なうような事を仕出かせば、外交問題になることは間違いない。その当事者である俺の失脚も疑いない。そう思ったんだ」


 あの、それ私への迷惑は考えなかったんですかね?


「レミリアーヌ殿には申し訳ないとは思ったが、国を割るような動乱が起こるのを防ぐためには仕方のない犠牲だと思った」

「最低ですね」

「一言もない。今思えばヒロイズムに酔ったただの馬鹿だな」


 でもちょっと聞いただけでも穴だらけの計画の様な気がするのは私だけだろうか。現に失敗してるし。


「杜撰、短絡、はた迷惑。子供ですか、あなた」

「……」


 エリナ姉様の呆れたような言葉に俯くウーちゃん。


「でも、まぁあなたの置かれていた状況も、分からないではないのよねぇ」

「え?」


 ウーちゃんの顔を上げる。


「実はある人から、あなたの事について、色々話……、というか愚痴を聞いてたのよ」

「ある人?」

「ロド君の所に時々愚痴を吐き出しにくる年寄りが居てね。曰く、母親が真っ当な人材を遠ざけて、自派のろくでなしをあてがっていて可哀想だ。曰く、神輿扱いしてる割に誰も敬おうとしない。曰く、悩みを聞こうにも母親に邪魔される。と」

「それは……、俺の事か? だが誰が?」


 エリナ姉様は意味ありげに微笑んでから、その名前を口に出す。


「ロド君はその人を、エドモン爺さんと呼んでるわね」

「オランニュ公……!?」


 さっき話題に出てた、貴族派のやり手の人?


「あの人、庶民の職人の変装してロド君の家で酒飲んで愚痴りに来るのよね。馬鹿どもが勝手にやりたい放題やって、自分は尻拭いばっかり、さっさと引退したいってね。大体二カ月に一度くらいかしら?」


 ウーちゃんが茫然としてる。なんかそんなにショックなことなのかな?

 一瞬腰を浮かしかけて、また座る。そして天井を見上げる。


「俺はあの人こそ、反乱を企んでるんじゃないかと思っていた」

「そんなわけないじゃない。ヘンリー村をてこにして、貴族派中の開拓規制派を潰しにかかってるのはあの人よぉ。いい加減に堪忍袋の緒が切れたとか言ってたわねぇ」

「……そうだったのか」

「今回のあなたの社会勉強の件も最初は大反対してたけど、ロド君に説得されて渋々認めてたわね。まぁそういう事を経験するのも悪くはないかと。ただし、あなたの安全については最後まで気にしてたわね」

「……」


 エリナ姉様が面白そうに真相を暴露してる。ウーちゃんの反応を見る限り、彼がオランニュ公に抱いていた印象と全然違うのだろう。


「それで勘違いに気付いたのは?」

「それは、マルサン男爵の件が切っ掛けだ。あの件は母上の勘違いだったわけだが、それはひょっとして自分にも当てはまらないかと」

「まぁ実際、大きな勘違いだったわねぇ……。私が聞いてる限り、オランニュ公はここ数年は行き当たりばったりに問題に対処してただけよぉ。当然自派が有利になるようにね。あなたも腹を割って相談できる相手が居ればよかったのでしょうけど、狭い交友関係を強いられて、視野が狭まっていたんでしょうねぇ。同情はするわぁ」

「……」

「ロド君もあなたの事はどうにかしたいとは思っていたみたいだけど、自分から飛び出した立場では口出しは難しいと思ってたみたいねぇ。その意味では例の婚約破棄騒動は良いきっかけになったのかも? レミリアには良い迷惑でしょうけど」


 ええ、良い迷惑でした。賠償金もらったから良いですけど。


「それで、自分の馬鹿さ加減を告白して、自分勝手にすっきりした感想はどうですか?」


 カレンさん辛らつ!


「……ああ、すっきりした。ある意味気分が良い」

「変態ですか」


 まぁ口に出した言葉ほど怒ってはいない感じ? なんかいろいろ複雑な立場に同情があるのかも。


「ぐぅ」


 なお、当然ノエルさんは寝てます。

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