第30話 冒険者ごっこの終わり 【カレン】
【カレン】
殿下の立場には同情の余地はあります。でもだからと言ってレミリア様を巻き込もうとしたのはいただけません。
レミリア様は困ったような微笑を浮かべるだけで、特に何も口に出しませんでしたが、ここは私が一言物申しておくべきでしょう。
「それで、自分の馬鹿さ加減を告白して、自分勝手にすっきりした感想はどうですか?」
「……ああ、すっきりした。ある意味気分が良い」
「変態ですか」
ああ、もう、イライラしますね。この人にもですけど、その周りの大人たちにも。
王族なんてものは孤独なのかもしれませんし、周囲への影響が大きい話をそうそう気軽にするわけにもいかないんでしょうけど、心配しているというなら行動に移して欲しいものです。
けどまぁ、とりあえずこの件はこれでけりが付いたと思って良いのでしょうかね?
王都への帰り道、殿下は色々吹っ切れたようで、往路以上に様々なものに興味を示し、その度に私を呆れらせました。
「古い文献で鉄の軌道を敷いて、その上に馬車を乗せて走らせるという構想を見たことがあるが、あれを実現できないものか。普通の馬車は尻が痛くなって叶わん」
「あれはとんでもないコストがかかるのでとん挫したはずです。仮に実現したとしても、その鉄の軌道を盗まれたらどうするんですか」
「せめて王都の中だけでも実現できないか?」
「何度か検討はされたはずです。実現していないという事はそういう事です」
「検討はされていたのか、知らなかったな」
「勉強してください」
まぁこんなやり取りもあと数日です。
二週間ぶりの王都です。
まぁ特に感慨はありませんね。遠出の依頼を受けたときはもっと長い間留守にしていたこともありましたし。
「ではここでお別れだな」
「ギルドには行かないのですか?」
馬車から降りると、殿下は唐突に別れを切り出しました。
冒険者ギルドで手続きは必要ないのでしょうか? ……必要ないですね。彼は冒険者じゃありませんし。
「今回の件でつくづく思ったのだが、俺はレイモン兄上とは違って庶民にも冒険者にもなれそうにない。それらは興味の対象ではあるが、あくまで俺の本来の立場からの興味でしかない。そこに入り込んで暮らしたいという類のものではないようだ」
「なるほど。ちゃんと自覚しているなら良いのではないでしょうか」
「ああ。でもまぁ、多少未練のようなものがないわけでもない。なので、ここできっぱり断ち切ることにするよ」
「そうですか」
若干、残念なようなそうでもないような、我ながらよくわからない気分です。
ですが本人が良いと言っているなら良いのでしょう。
殿下の差し出す手を握り、握手を交わします。
「お前たちとはもう二度と会う機会はないだろうな」
「立場的にそうでしょうね。ですが、私たちの事は心配いりませんから、あなたはしっかり本来の地位で務めを果たしてください」
正直言えば、王族が何をしてるのかよく分らないのですけどね。
彼も今は無役のようですが、いずれ何かしらの役につくのでしょう。最近好き勝手気味の貴族派を統制することを期待されているのは間違いありません。オランニュ公の胃痛仲間とも言います。
「ああ、もちろんだ。……そうだ、正直言うと君の事は好ましく思っていた。宮廷ではいないタイプだったからかな?」
「やっぱり変態なんですか」
本当に最後まで何を言っているんだろうこの人は。私はあなたを散々罵倒したんですけど?
「おやおや……」
シオンのにやにや顔がイラつきますね。
レミリア様、両手を口に当てて決定的瞬間を目撃! って顔しないで下さい! 違いますから!
「まぁ、これが最後だから言い逃げさせてもらおう。じゃあな。レミリアーヌ殿、ノエル殿、シオンも息災で。あ、シルバとハヤテもな」
「エリナは?」
ノエルの疑問の声で気づきましたが、エリナさんへの挨拶がありませんね。
「私は最後まで護衛なのよねぇ、一応。今後も会う可能性は高いし」
あとはお願いねぇ。と言い残して、エリナさんも殿下について行ってしまいました。
しかし、随分とあっさりな別れ方ですね。殿下としては最後まで庶民風で遠したかったのかもしれませんね。
でもね? 殿下。
庶民でも今生の別れとなれば、もうちょっとやり方というものがあるものなんですよ?
ま、いいですけどね。
「カレンさん、良いんですか?」
わくわく顔のレミリアーヌ様が、珍しく積極的です。
「ありません! そういうのはありませんから!」
ハッとしてシュンとするレミリア様。
あわわ、ちょっと強く言いすぎましたか!?
「所詮は立場が違いますから、最初から彼と道が交わる可能性なんてないんですよ」
何言ってるんですか私は! これでは私も彼の事を意識しているかのようじゃないですか!? 違いますからね!
「カレンも実は初心」
ノエルうっさい!
殿下との冒険者ごっこはこれでおしまいです。冒険者ギルドへ向かいましょう。
流石にもうトラブルはないでしょう。などと言ってると何か起きそうで怖いですが。
定期馬車の乗降場から歩いて十五分。幸い何事もなく無事到着します。
相変わらず騒がしい正面ロビーをすり抜けて、職員エリアへ直行です。クラリスさんは見当たりませんが、顔見知りの職員が手招きして先導してくれます。
「良かった。予定より早く帰ってきてくれて助かったわ」
先導する職員が、歩きながら話しかけてきます。
「助かった?」
前言撤回が必要でしょうか? トラブルの予感です。
「ここではちょっと説明出来ないから、中で話を聞いてね」
ごめんねと手を合わせて見送られてしまいます。
そのジェスチャー、王都では通じるかもしれませんが、エベレットの大半の地方では通じないと今度注意した方が良いですかね。……などと、現実逃避気味なことを考えている間に、職員が応接室のドアをノックします。
「御一行がご帰還されました」
「……どうぞ入ってください」
クラリスさんの声ですね。
それにしても『御一行』? ウスターシュ殿下絡みでしょうか? でも彼、先に帰っちゃいましたよ?
応接室に入ると、上座に黒髪の男性エルフが据わっています。対面にはギルド長とクラリスさん。
テーブルの上のお茶と茶菓子には手を付けられていません。そして、ギルド側の二人はひどく精神的に疲労しているように見えます。こちらを見てあからさまにほっとしています。
黒髪の男性エルフはこちらを見ようともせず、静かに湯呑を手に取り、冷めているであろうお茶を一口だけ、こくりと飲みます。
湯呑がテーブルに戻されるまで、彼の人の動作は無音。それこそ衣擦れの音すらしませんでした。
「お父様……」
レミリア様が一言だけ発し絶句します。
……そうですか。この人がレミリア様の父親である、ウルリヒ公子。
なぜここにと問う必要はありませんね。
ここが正念場ということでしょうか。
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