第13話 だんまりモードな私

【レミリアーヌ・エリシス・グラース】

 当面の目的地であった、王都の西方の小都市マルサンまでの道中は、特に語るようなことは起きなかった。ただし、時間は五日もかかった。街間の定期馬車のタイミングの都合もあったけど。

 わざわざ王都までゴブリン討伐依頼が来てることから分かるように、この辺りには冒険者がいるような街がほとんどない。東の魔境帯沿いとは大違いである。

 マルサン自体も典型的な田舎の小都市で、人口は千人くらいしかいない。かつてはそこそこ広い男爵領の領都だったが、その頃からあまり変わっていないようだ。


 旅の間のウーちゃんを観察した結果、言動にしろ行動にしろ、おかしな人という印象はなく、むしろ王族のわりに意外と気さくな常識人という印象だった。

 私への婚約破棄騒動だが、旅の間にカレンさんがそれとなく……、ではなくドストレートに、なぜあんなことをやったのか聞いたんだけど「さあな」の一言で返されてしまった。

 カレンさんの苛烈なツッコミを、のらりくらりと躱しきってしまうところは、流石に王族の話術である。なんというか、言葉の柔術? 私にはとても真似できそうにない。


 なお、シオン君はあの騒動のことは知らなかったらしく……、話を聞いた時は顔が……、笑顔なのに怖かった。子供のする顔じゃないよ、あれ。

 婚約など実際にしておらず、ウーちゃんの一方的なもので、賠償金も貰ったことを説明すると「ふむ」と言ったきり、それ以降はその件については特に何も言わなくなった。

 逆に怖い。


 マルサンで一泊して、翌朝早速目的地の開拓村へ出発である。


「補給は必要ありませんね。各自水を補給して出発しましょう」


 皆で井戸でざぶざぶ水を補給。

 ん? なんか量多いな。そんなに持っていかなくても魔術で出せばいいのでは。


「やけに多く補給するんだな。魔術でいくらでも出せるだろう」


 ウーちゃんがいつも通り私の疑問を代弁してくれる。なんて便利な人なんだろう。


「はぁ……」


 わざとらしい溜息をつくカレンさん。意図してないのに、着実に私のメンタルにダメージががが……。

 ところで、もう何度も似たようなやり取りを繰り返してるのに、藪をつつき続けるウーちゃんはマゾなのだろうか?


「冒険者なら当然の安全保障です。お偉い方には縁がないでしょうけど」


 嫌味を言いつつも、何か引っかかったのか少し考えこむ仕草をする。


「今更ですが、なぜわざと庶民に常識を疑われそうなことを口に出して聞くんですか? 嗜虐趣味者ですか?」

「違う」


 嫌な顔をするウーちゃん。


「一応俺も考えてるんだよ。エリナさんが『社会勉強』というからには、なんらか意味あるのだろう? それに、この機会に庶民の考え方を知るのは悪いことではない」


 悪びれもせず、わざと突っ込まれやすく疑問を口に出しているということを自白する。

 そうだったのか……。


「ぐっ、意外と度量がありますね」


 カレンさんも、この人がそこまで『社会勉強』とやらを真面目にやる気だったとは思っていなかったらしく、少し言葉に詰まる。


「コホン。それならもう少し、深く説明しましょう」


 歩き出しながら解説を始めてくれる。ふむふむ。


「このマルサンとその近辺は、三十年ほど前までは男爵領でした」

「ああ、道中で聞いたな」


 聞いたなと言いつつ、実はこの人も知っていた。というか歴史的に結構有名な話だったりするので、王族なら知ってて当然なのだ。

 つまり、ここではカレンさんの顔を立てて、カレンさんから聞いた体で合いの手を入れているのだ。

 多分私だったら黙ってるか知ってますとか言いそう。そういうところが駄目なんだよな私。


「マルサン男爵は領地を王家に返上したわけですが、その理由は知っていますか?」

「財政が破綻して、領地経営が行き詰ったと聞いている」


 歴史のお勉強で習ったな。

 マルサン男爵の領地返上が、エベレット王国におけるその後の小領主の領地返上ラッシュの先鞭となったのだ。結果として、子爵以下の小領主がこの三十年で三分の一に減っている。中には伯爵家が領地返上した例も一件だけだがある。

 売却ではなく返上なのは、この国の貴族の領地所有の感覚が、前世のヨーロッパ貴族より、日本の幕末藩主に近いのだろうか? 内情よく分ってないから見当違いかもしれない。

 ただ、領地返上した領主へのその後の年金支給は、旧領地収入に見合ったものだとか。エベレットの王家って太っ腹だね。


「今でこそこの辺りは治安も良く、野盗の類もあまり見られませんが、当時はマルサン男爵領を根城にした大きな盗賊団が活動していました」

「男爵はなぜ放置していた?」


 領内の治安維持は領主の義務だ。財政破綻で手が回らなかった?


「大きいと言っても所詮男爵領です。財政基盤が貧弱で、領軍はあるものの維持に手一杯だったようです。その盗賊団も最初は小さく、被害もたかが知れていたので、放置していたようですね。軍隊を動かすとお金が掛かりますから」

「領民にはいい迷惑だな」

「はい。ですが男爵領を根城にすれば安全に活動できると気付いた盗賊たちは、周辺の王領まで遠征するとともに、地域のならず者たちを吸収して、あっという間に規模を拡大していきました。気づいた時には領軍の手に負えないほどになっており、手をこまねいている間に男爵領の経済は盗賊団によって破滅的な状況に、という訳です」

「ひどいな。……最初の手抜きが結局は致命傷に繋がったということか」


 へぇー。

 そういえば、エベレット王国は領主の権力が大きく、その領地に王家がなかなか介入できないので、領地の境界で治安的な問題が生じやすいと聞いたことあるな。

 うちの国なら気付いたところが問答無用で盗賊をぶっ飛ばして、その後で王家や公爵家で話し合うけど。

 王やら公爵やら言っても、その実体は諸部族の取りまとめ、何でも屋の面倒処理係なのだ、うちの国では。


「マルサンの場合、盗賊団のリーダーがやり手だったというのもありますが、この手の話はこの国ではあちこちにあるんですよ。もちろん、中には現在進行形のものも」

「……つまり、水を魔術に頼りきりにしないのは、野盗に襲われたり、災害に会ったりといった、不測の事態に備えてということか? 野盗については今回はほとんど心配いらないようだが、他の土地ではそうとも限らない、と」


 ? なんでそうなるの?

 あ、そう言えばこの話の発端って水だったね。忘れてた。


「そういう事です。なんでしたらドラゴンに襲われた、と想定しても良いですよ」

「ふぅん、まぁ可能性はゼロではないか」


 どういう事なんだ……

 二人だけで分かってないで教えて……、置いてかないで……


「ところで、ドラゴンはともかく野盗が冒険者のように戦い慣れた者を襲うのか?」

「野盗にも狡猾なリーダーに率いられている比較的理性的な集団から、ただの頭のおかしい奴ら迄、ピンキリなんです」

「頭のおかしい奴らに追われて、水も持たずに野っぱらに放り出されるのは確かにごめんだな」


 ふぅむ、多人数に襲われて散り散りに逃げた場合の話?

 それなら水がなくて、魔術で気軽に水を作れない人がはぐれちゃったら、ちょっと辛いかも。


「もちろん、野盗はあくまで例です。不測の事態に備えるというのは、何が起きても可能な限り対処できるよう、備えるということですから」

「ふん……、わざわざ野盗を例に出したのは、国内治安の現状について、責任の一端がある者に対しての揶揄か」

「さあ、何のことでしょう?」

「いや、俺としてはぐうの音も出ない。被害を受けるのは無力な庶民だ。政治的な問題もあるとはいえ、本当ならもっとできることがあるはずだ。だが、不甲斐ない事だが今の俺には力が足らん」

「……本当に意外ですね」


 なんか難しい話してるなぁ。(現実逃避)

 うちの国みたいにもっと単純に出来ないのかな? つまり殴ってから考える。

 そもそも王位継承権第二位とはいえ、まだ二十歳の王子がそんなに責任感じることない気もする。むしろ関係ないのでは。

 謎は深まるばかりだ。私だけか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る