第17話 未熟の自覚は成長か 【ロッド】
【ロッド】
一旦宿に引き上げ、エリナと情報を整理することにした。
ここ最近は頻繁に“仕事”が舞い込んできて嫌になる。冒険者『ロッド』としては、こんな足枷とっとと外して、もっと見知らぬ外国にも足を延ばしてみたいものだ。西大陸に渡るという野望も未だに叶えられていないしな。
エベレット王国第三王子レイモンという仮面を付けなくなって、もう五年になる。
五年前、自分自身が真に望んでいた冒険者としての人生を手に入れるため、俺はいくつかの条件を課せられた。
その中で一番大きい(と他人から思われている)ものは王位継承権の放棄だ。もっとも、そんなものには、元から興味はなかったので全く問題なかった。母方の実家は大騒ぎだったようだが。
もう一つが、王国からの特殊な依頼を優先して引き受けることだ。
その依頼というのが、一つ一つ面倒なものばかり、嫌がらせなのではないかとひそかに疑っている。
ただ、破格の依頼料を考えると、むしろ俺の生活を心配しての親切のつもりなのかもしれない。
もしそうなら、本当に余計なお世話だ。おかげで俺の二つ名は【幸運者】になってしまったのだから。エリナに気に入られた俺へのやっかみも、多分にその命名理由になってるようだが……
今回もその特殊な依頼の一件だ。いや二件か。
珍しく、概ねお膳立てが済んでる一件目については、最後のとどめを入れる役を仰せつかっただけなのでさしたる問題はない。問題はもう一件の方だ。
こちらは珍しく依頼する方が困惑しているようだった。その依頼とは、ある人物の調査だ。
「あれが調査対象の黒髪のエルフか」
「まさかとは思ってたけど、本物のレミリアーヌだったとはねぇ」
エリナが珍しく難しい顔をしている。
「ありえないと言っていたな」
「だってぇ、あの子って真面目で、家の方針には逆らわない子だったし、意外と小心者だし、出奔して冒険者になるなんて大胆な行動は、ちょっとあり得ないかなぁって」
「小心者?」
見た限り、むしろ豪胆な印象を受けたが?
従魔を連れていても単独では対抗が難しいであろう、グリフォンの監視依頼を平然とこなし、こちらの無茶な要望にも全く動揺していなかったのだ。
「えっとぉ、私がミカさん達をレミリアーヌの報告に同席させないようにしたでしょ?」
「ああ」
やはりあれは意図的だったのか。
ミカ達四人は、今回の件の応援として、母方の実家のロドリック候から借りた私兵――騎士だ。
彼らを討伐準備を隠れ蓑にした情報収集に向かわせるのは既定の行動だった。むしろあそこでレミリアーヌと遭遇し、報告を聞くことになった方がイレギュラーだったのだ。
「あの子ね、あんまり知らない人が多いと、フリーズしちゃうのよぉ」
エリナはそう言うと、ころころと笑う。
陰口のような感じはない。むしろ、親戚の子の可愛らしい仕草を語る井戸端会議のおばさんみたいな感じだな。
おっと、エリナは結構鋭いから、こんな風に『おばさん』とか考えてると見透かされてパンチが飛んできそうだな。
「むぅ、なんか失礼なこと考えた?」
「いや? なんで?」
「……」
ほらな、危ない危ない。
「しかし、人前で緊張してしまうってのは、誰しも通る道ではあるが、グラース公家ほどの家に生まれたなら、幼いころから慣れさせているものではないのか?」
「うーん、あの子って何でもそつなくこなせるから、外向きには結構誤魔化せてるらしいわねぇ。それでも『物静かな方』って言われてるのは、実のところ話を合わせたり、自分から話題振るのが苦手なせいなのよぉ? お茶会とか開いた後は精神的疲労でフラフラらしいわね。おばあさまがそれはそれは心配しててねぇ」
「エルザ殿か」
エリナの祖母、エルザ・バース・グラースはグラース公家の女官長だ。グラース家最強の戦士でもある。女官で最強って意味が分からないが事実だ。
一度お会いしたことがあるが、俺があの方に抱いたイメージは『炎』だった。
礼儀作法から戦闘まで一部の隙も無く、侍女と言われても女騎士と言われてもうなずけると同時に、大いなる違和感を抱いてしまう……そんな不思議な方だった。
その方が心配か……想像がつかないな。
「あ、一応内向きの機密なんでぇ、人に喋っちゃだめよぉ?」
「なら俺にも教えるなよ」
「ロド君はぁ、身内じゃない!」
「まだ違う!」
「そうねぇ。まだ、ね? あっと三年っ♪」
嬉しそうに歌いだすエリナに、俺は頭を抱えてしまう。
ああ、俺はあの時、なんであんな約束をしてしまったのか。
「というわけでぇ、ロド君が二十五歳になったらぁ、結婚する約束なのよぉ!」
「おお……」
翌日、グリフォン討伐行の道中。エリナはレミリアーヌに俺との過去の約束を披露して一人で盛り上がっていた。勘弁してくれ……
ミカ達の生暖かい視線が痛い。
意外なのはこれまで鉄面皮かと思うほど表情の変わらなかったレミリアーヌが、かすかに驚いたような顔をしたことだ。
エリナは向こうの国でも有名らしいから、俺みたいな男に引っかかったのが、やはり意外なのだろう。俺も同感だ。
ところで、ここまで連れてきておいてなんだが、レミリアーヌを現地への案内役に指名したことに、深い意味はない。
彼女に対する調査依頼は、件の黒髪エルフがレミリアーヌ本人であることを確認した時点で、終わったも同然なのだ。後は本人に出奔や冒険者になった理由を直接訪ねれば良い。エリナなら難なく聞き出すことができるだろう。
であるのに、彼女を案内役に指名したのは、半ば俺の私怨だった。
俺が五年前、憧れの冒険者の道に踏み出すまで辿った道は、大変な……、そう、ものすごく大変な道のりだったのだ。
それを家出少女が腰かけ程度に選んだのではないかと疑った時、俺は彼女になんらか意趣返しをしたくなってしまったのだ。
ランクに見合わない要求を行て動揺させるつもりだった。監視と討伐では危険度が違う。グリフォンの活動圏内に踏み込まなければならないのだから。
大人げなかったとは自分でも思う。実際、直ぐに我に返ったのだが、一度口に出してしまったものはもう取り返しがつかない。かろうじて『自分の身を守ることを優先してもらって構わない』と言い添えたが、今思えばあれも受け取り方によっては挑発と取られかねない言葉だった。まだ頭が冷えてなかったのかもしれない。
その辺り、俺の心の中を気持ち悪いほど正確に読み取るエリナには、後で怒られてしまったが。まぁ後の祭りだ。
結果的に当初の動じる姿を見たいという意図は果たせず、あっさり依頼を受けられてしまって、かえってこちらが動揺することになってしまった。
今回は何があろうと彼女だけは守らねばならないだろう。つまらん男の嫌がらせに巻き込んでしまった責任だ。
はぁ、自分の未熟さが嫌になる。年齢だけはもういい大人だというのにな。
休憩を一度挟み、レミリアーヌの監視ポイントに到着した。予定よりはるかに早い。
レミリアーヌの経路選択が適切で、ほとんどタイムロスがなかったおかげだ。
森歩きの訓練を受けていると聞いたが、予想以上だ。
そのレミリアーヌだが、ポイントに到着すると無言のまま魔術を使って姿を消してしまった。
ミカ達に緊張が走るが……、よく見ると傍の木が揺れているのが分かった。登っているのだろう。一言くらい声をかけて欲しいものだが。
木の根元では銀狼――シルバが上を睨んで座っている。万一落ちた場合に備えているのだろうか。賢い銀狼だ。
しばらくすると、パキリと氷が割れるような音がして、レミリアーヌが姿を現した。
「空にグリフォンの姿は見えません。狩りを終えて寝床に戻ったのかも」
現在時刻は四時前。もう一度出てくるかは微妙なところだが……
「念のため日暮れまでは火を焚かずにおこう。ミカは一人連れて薪集めを頼む。残りは野営準備だ。魔物には気を付けろ」
この森は魔境としては低ランクであるが、魔物はDランク程度までは普通に出没する。ここまでの往路で遭遇しなかったのが不思議なくらいだ。
Dならさしたる脅威ではないが、あまり油断しすぎるのも良くない。改めて指摘が必要なほど、皆の経験は浅くないが、注意しておくに越したことはない。
ふと気付くと、レミリアーヌが木から降りた位置で立ったままになっていた。
「どうしたの?」
エリナが声を掛ける。
「私は何をすれば」
「自由にしてていいけど、野営準備を手伝ってもらえたら嬉しいわねぇ」
エリナの言葉にこくりとうなずく。
これまでのレミリアーヌの様子を見ると、コミュニケーションに難があるというのは本当のようだ。
俺はエリナから事前に教えられていたから良いが、事前情報なしだと何を考えてるか分からないと、不気味に感じるかもしれない。
現に途中の休憩時、ミカがレミリアーヌに無言で見つめられて困惑していた。
エリナによると、話しかけようとして失敗したらしいが……。
当のミカは『瞳がまるで心の奥底まで覗き込む様で……動揺して悲鳴を上げる寸前でしたよ……』らしい。フォローはしておいたが、かなり印象が悪い。
そういえば、ついでに頼んでいたレミリアーヌに対する調査結果も変なことになっていたな。
ローアンの住人の彼女に対する印象は好と悪の二つにはっきりと分かれていた。そしてそれは彼女に対する呼び名にも表れていた。つまり『銀狼姫』と『魔王』だ。
姫派曰く――
『夜を支配する女神のごとき美貌』
『白銀の幻獣を引き連れる様はまるで女王』
『物静かで時折見せる柔らかな微笑は天上に咲く白百合のごとし』
……随分と大げさだが、ちゃんと複数人から聞きとったんだよな?
魔王派曰く――
『夜を支配する魔王のごとき魔性』
『強大な魔獣を従える様はまさに女王』
『あの眼力、あの薄ら笑い、人に向けるものじゃない。ありゃ何人か殺してるね!』
……なんで似たようなこと言ってるのに、真逆なんだ?
好悪いずれにせよ、どうも当人の真の姿より、外見や人当たりの印象で判断されているように思える。恐らく、レミリアーヌのコミュニケーション能力の低さが誤解を招いているのだろう。
それでも、ここまで両極端な評価を引き出すのは一種の才能だな。当人の本意ではないだろうが。
……ひょっとして、家出の理由もその辺りか?
容姿のせいで忘れがちだが、彼女はまだ十八歳。人族で言えば十五~六程度の子供だ。色々惑うことも、傷つくこともあるだろう。
年長者からアドバイスすべき案件なのかもしれないな。戻ってから話を聞いてみるか。
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