第19話 慢心の代償 【ロッド】
【ロッド】
食事後レミリアーヌの様子が激変した。
それまで隙の無い振る舞いが消え去り、ふらふらと歩いて虚空をぼんやり眺めたり、瞼を閉じて首が傾いたかと思うと、ハッとして真顔に戻り、また瞼が閉じ掛かる。これは……
「眠そうねぇ」
「いや、確かに眠りかけの子犬っぽいが」
「早く起き過ぎたって言ってたわねぇ」
子供かよ。子供か。
俺たちは時刻が早すぎて寝られそうにないから起きてるだけなので、レミリアーヌはさっさと寝させよう。
エリナが許可すると、寝転がったシルバに抱き着いてあっという間に寝てしまった。
無防備な、幸せそうな寝顔だった。
昼間とのギャップが酷すぎて、ミカが困惑していた。
「ミカ、惚れてもいいが、とんでもなく無理目の女だぞ」
「惚れてません」
咳払いしつつ、きっぱり否定する。どうだか。
「そもそも、まだ子供ではないですか」
まぁ先ほどの様子を見ると子供だよな。
「十八だから、人族で言えば十五~六だな。ほぼ成人ではあるぞ」
「幼女趣味はありませんから、ご心配なく」
「ふっ、一応はレディーを捕まえて幼女とは失礼な奴だ。まぁ小柄ではあるか」
それにしても、ミカは先ほどまでレミリアーヌに悪印象を抱いていたはずだった。それが、レミリアーヌが少し素を出しただけでこれだ。
貴族として身に着けた表情、振る舞いが印象面で悪影響を与えているのは明らかだ。素を出した方が本人にとっても周りにとっても良いだろうに。
「ああ、庶民的な振る舞い方が分からないのか」
「ふふ、あの子生真面目に貴族やってたからねぇ。普段のあの子、きっと本人は庶民的に振る舞ってるつもりよ」
「どこがだよ」
観察力とか、自らの客観視とか、そういうところが致命的に駄目っぽいな。
自己評価と他者評価の致命的乖離か。
周囲に忖度されがちな、高位貴族や王族にはありがちな問題ではある。
そしてしばしば国や世界に害悪を巻き散らすのだが……、レミリアーヌの場合は喜劇方向に向かってる気がする。本人にとっては深刻な問題だろうが。
エリナとの縁がなければ放っておくところだが……、やはり多少世話を焼いてやるべきかね。
夜半に起こされ目を覚ます。
睡眠時間が足りない。流石に眠い。
エリナに水を作ってもらい、頭からかぶって無理やり目を覚ます。
既にレミリアーヌは起きており、いつも通り無表情に戻っている。
手早く荷物をまとめ出発準備する。
グリフォンの寝床の正確な位置は不明だが、こちらにはシルバが居る。銀狼の鼻があればほとんど迷いなく辿り着けるだろう。
「手順を再確認する」
グリフォンを発見したら、荷物類はまとめて、レミリアーヌとシルバには荷物番をしてもらう。レミリアーヌは戦闘には加えない契約なので戦力としては計算しない。
眠ったグリフォンに奇襲をかけるのがベストだが、そううまくも行かないだろう。
戦闘開始後は、まずエリナが精霊魔法でグリフォンの風魔法を封じる。
次に残りの五人で素早く取り囲み、翼を狙って飛行能力を奪う。魔法を封じても羽根の力だけでもごく短時間なら舞い上がることが可能なのだ。飛んで逃げられるほどではないが、厄介なので封じておくに越したことはない。
魔法と飛行能力を奪いさえすれば、野生の獣とさしたる違いはない。
体格的に刀剣の間合いは危険なので、主に槍を使うことになるが、危険を冒さず慎重にダメージを与えていけば、問題なく倒せるだろう。
「よし、レミリアーヌ、シルバ、案内を頼む」
「はい」
レミリアーヌがシルバの頭を撫でると、シルバは答えるように一度伸びをして、迷いなく歩き始める。既にあたりがついているようだ。
最小限の明かりをつけての夜間行軍。足元が心もとないが、シルバとレミリアーヌが先行してくれるおかげで、かなり楽に進める。
そして一時間ほど進んだところでレミリアーヌが立ち止まった。
「あれですね」
暗すぎてよく分らない。
「……見えんな」
「もうそろそろ空が白み始めるはずです」
見上げると、木々の梢の間の夜空が若干その昏さを減じているように思われた。
「少し待つ」
明かりを消して、目を夜闇に慣れさせる。
夜明けのタイミングを選んだのは、戦闘時の視界と奇襲を両立させるためだ。
早すぎては意味がないし、遅すぎても逃げられる危険が生じる。
グリフォンが寝坊助であることを祈ろう。
空が白み始め、鳥のさえずりが徐々に増えてきた。そろそろだな。
グリフォンの寝床は、倒木で幾分開けた場所、大木の根元の地面に木の枝や枯葉が乱雑に積み上げられただけの簡単なものだった。
その上に小山のようなグリフォンらしき大きな影が見えた。
巣材の上で戦うのは足場が不安だな。少し引き付けてしっかりとした地面の上で戦うべきだろう。
「エリナ頼んだ。いくぞ、足元に気を付けろ。引き付け気味にして足場を確保しろ」
五人それぞれ、長柄槍と投槍二本づつを持って前に出る。
二名を回り込ませ、半包囲で輪を狭めていく。
投槍は穂先を幅広な形状として、風切羽根を傷つけて飛行能力を奪うことを主眼にしている。その代わり貫通力が劣るので、殺傷力という面ではあまり期待できない。
グリフォンの翼は無傷で持ち帰ればかなりの額での買い取りが期待できる。もっと言えばグリフォン丸ごとを、剥製にできるほど綺麗に倒せれば、さらに高額の買い取りとなる。
だが今回は、確実性を優先する。特に金には困ってはいないし、逃げられる方が問題になるからだ。
「風の精霊たちぃ、あの子のお手伝いは少しの間止めてねぇ」
相変わらず、いい加減なエリナの詠唱。
風系統の上級魔術と同等以上の効果をこれで発揮するのだから、魔法使いがまっとうな魔術師から目の敵にされるのもむべなるかな。
もっとも、魔力効率は随分と悪いらしい。魔力量が豊富な者が多いグラースの一族だからこそとも言える。
「いけるわよぉ」
「よし、俺に合わせて投げろ」
薄っすらと見えるグリフォンの影に向け、投げ槍を投げつける。距離的に外しようがない。次々に十本の槍が突き刺さる。何本か弾かれたがこれも計算内だ。
「キィイイエエェェェ!!」
怒りに震えるグリフォンの鳴き声。影がゆっくりと立ち上がる。
立ち上がったグリフォンが一度身震いすると、翼に絡んでいた投げ槍がばらばらと外れていく。断ち切られた羽根がいくつか一緒に落ちた。羽根を傷つて飛行を封じる目的は果たしたようだ。
バキバキと足元の巣材を踏みしめてこちらに進んでくる。
右前足には赤いタグ。間違いない。
だが、これは……
「でかい」
「いや、よく見ろ! 目が……」
「魔化個体か……!」
以前見たことのある普通のグリフォンより、ふたまわりは大きな巨体。
薄暗い中でもはっきりと分かる、かすかに光る赤い目。
魔境の影響で稀に発生する動物や魔物の個体強化。いわゆる魔化だ。
原因は体内の魔石に、何らかの原因で異常な魔力流入が生じ、肥大化することによると言われているが、詳しいことは分かっていない。
はっきりとしていることは、体内の魔石が肥大していること、個体の脅威度が通常の個体より一~二ランク上昇していることだ。
「そんな! 昨日までは普通のグリフォンでした!」
レミリアーヌの焦ったような声が聞こえた。
だが、彼女の責任ではないだろう。
魔化の原因も進行の仕方も謎が多い。魔化する前の個体を判別する方法がなく、またリアルタイムで観察することもできないため、研究が進まないのだ。
僅か一日で目に見えるほどの変異があったという例も話には聞いたことがある。
「レミリアーヌ、君の責任ではない。たまたまだ」
グリフォンはゆっくりと間合いを詰めてくる。どうするか……
「Sランク想定で当たるべきだろう。カテゴリーはⅠかⅡか」
「少々まずいですね」
ミカの顔が引き攣っている。
SⅡと言えば、ワイバーンの成体やドラゴンの幼体レベルだ。
体格がふたまわり大きくなっただけではない。魔法抵抗や身体強化魔法も相応に強化されているはずだ。
ミカの言う通りまずい。戦力的にこのパーティーで対応可能な脅威度を超えている。
このグリフォンの実際の脅威度がSⅠかSⅡかは分からない。そして、脅威度で適切な対応が変わるが、確かめている時間もない。脅威度を確定した頃には手遅れになっている。
そして俺の直感を信じるならば、こいつは……SⅡだ。
「レミリアーヌは退避! ローアンにこのことを知らせてくれ!」
「でも!」
「依頼時の条件としていたはずだ。身の安全を優先して良いと」
正直、その条項が意味を成すことはないと思っていた。パーティーの戦力的にグリフォンなら問題なく倒せるはずだったからだ。
ちっ、慢心と言わざるを得ない。それなりに経験を積んできたつもりだったが……まさかこんな危機が降りかかってくるとはな。
「レ、ロッド殿も下がってください!」
隣で槍を構えているミカが叫ぶ。だが聞けるわけがない。
「馬鹿言え! 俺がリーダーだ! いかなる結果であろうと俺が判断し、俺が引き受けなければならん」
でなければ、多くの人に迷惑をかけてまで冒険者になる夢を叶えた意味がない。
だが、レミリアーヌと……エリナは巻き込めない。
「エリナ、魔法封じを維持したまま退避は出来るか?」
「ロド君! 私は……!」
「レミリアーヌをローアンに送り届けてくれ」
「……!」
エリナの精霊魔法は効率が悪いため、戦力的にはそこまで期待できない。六人がかりでもSⅡを倒しきるのは難しいだろう。
そして、犠牲なしに逃げるのも難しい。巨体の獣は必然的に足が速く、人の足で逃げることは困難だ。
つまり全滅の可能性の方が高い。
それよりも、レミリアーヌを逃がすついでに一緒に逃げてもらった方が良い。
「心配するな、適当に足止めしたら俺たちも逃げる」
かなり厳しいとは思うがな。
「キェェェェェェェ!」
グリフォンが両の前足を突き出して躍りかかってくるのを横っ飛びに避けながら、片手で槍を突き出す。
「ぐぅ」
穂先を突き入れる寸前に前足を払うようにして防がれる。衝撃で腕が痺れる。
反応速度まで普通のグリフォンとは桁違いだ。
だがこれで良い。
「うおおおお!」
「せい!」
反対側に避けた二人と逆側に回り込んでいた二人がこの隙に槍を突き入れる。
「グァオオオオォォ!」
グリフォンの脇腹に左右から四本の槍が突き立てられる。
「なに!?」
「刺さらねぇ!」
いや、刺さってはいる。だが穂先の半ばまで、ことによると切先しか刺さっていないかもしれない。致命傷には程遠い。
「グルァァ!!!!」
グリフォンは痛みに怒るように体を捻ると、手近な一人に前足を振るう。
「うおっと!」
何とか躱したが、槍を手放さざるを得なかったようだ。
グリフォンは体に刺さったまま残った一本の槍を器用に前足で引き抜くと、いとも簡単にかみ砕いてしまった。
「効いているぞ! 奴は戦慣れしていない。じっくり削っていけ!」
あっさり四人に脇を突かれたことからもわかるように、このグリフォンは戦闘経験が浅い。この点ではレミリアーヌの見立てに間違いはなかった。
ついでに身体強化も下手糞なら今ので勝負はついていただろう。だが本能レベルで展開されている魔法はランク相応の効果を発揮しているようだ。そう都合良くはいかないか。
「エリナ! レミリアーヌ! 早く行け!」
「でも……」
「お前たちが逃げてくれないと、こっちも逃げられないだろう」
諭すように言うが、俺の意図――半ば玉砕覚悟――はいつも通りエリナには読まれているだろう。
これまでの一連の戦闘、一見こちらが押しているように見えるかもしれない。だが、その内実は全くの逆だ。
グリフォンの攻撃が見え見えだからこそ躱せたものの、一歩間違えれば一人、あるいは二人が致命傷を負っていたのだ。そうでなくとも実際にメインウエポンである槍を一本失っている。それに対してグリフォンはかすり傷四つだ。
そして、こちらは常に全力で動く必要があり、グリフォンの体力は無尽蔵。天秤がグリフォン側に偏るまでは時間の問題だ。
「……わかった。行くわよレミリア」
「姉様。いいのですか?」
「……」
エリナが無言でレミリアーヌの腕を引っ張って走りだすと、シルバも一緒に駆け出す。
レミリアーヌは最期にちらりとこちらの見る。エリナは振り向かなかった。
ふぅ、なんとか行ってくれたか。
あとは、生き残るため足掻くだけだな。
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