第44話 思わぬ来訪 その2

「なっ……!」


 図星を指され、固唾が喉を通る。


「まさか、そんなこと」

「嘘などつかなくても良い」


 誤魔化そうとするユキトに対し、腰にかけた剣の柄に触れる黒髪騎士が鋭い眼光を向ける。


 まさか、初めから無力化が目的だったのか。


「とはいえ、こちらの意思を見せなければ話すはずもないか」


 黒髪騎士は反動で壁から背を離す。そして腰の剣を一気に抜き取った。


「……?」


 唐突のことに反射で両手を前に構えるユキト、だがしばらく経てど騎士が迫ってくる様子はない。


「ユキト殿が行くのなら、私も私の意志に殉じる――同行しよう、フミ殿の救出に」

「……へ?」


 騎士の言動は正しく意想外そのものであった。

 両手の間から向こう側を覗く、彼は剣先を天に向けて己の眼前に剣を掲げていた。


「ごめんね、ストが不器用で伝え方が悪くて。でもまあそういうこと、助けに行くなら人手は多い方がいいでしょ?」


 騎士の誓い的な構えをとる黒髪騎士を前にして訝しんで固まるユキトの表情を赤髪騎士が苦笑いながらも覗き込む。


 突然の話で呑み込みに時間がかかる。理解しても、すぐには解釈できない。


「いやでも、どうして?」

「私たちはエヴェリーナ殿の近侍。あの方が信じておられる限り、私たちもフミ殿のことを信じよう」

「正直、この国よりイヴさんに仕えてた時間は長いしね。フミさんも大悪人には見えないし、イヴさんが色々知ってたならあの子にべったりだった理由も納得できるし」


 手のひらに頬をのせて赤髪騎士は思い出すように視線を上にあげる。


「いいのか、そんなことしたら二度とノルカーガには戻れないかもしれないのに」

「私たちの望む居場所はアウストリにある半端に大きいあの木造家だ。あの方に合わせる顔もなくこの国でのうのうと生きるのなら、命を絶った方がマシだ」

「ストはイヴさんラヴだもんね」

「黙れ、リザルチ」


 にやける赤髪騎士の首筋に黒髪騎士が掲げていた刃を向けて睨みつける。


「色々話したが、そういうことだ。私たちもユキト殿に協力したい」


 黒髪騎士は体ごとユキトを向き、赤髪騎士は座ったまま横顔でユキトを見つめる。二人の騎士は口調も表情も違えど、瞳は真っすぐに呆然と立ち尽くした男の顔を捉えていた。


 ふとエヴェリーナ邸での会話を思い出す。


 エヴェリーナはフミのことにおいて自分は無力であることに苦悩していたが、決してそうではなかった。


 彼女の想いは図らずも届いていた、少なくともこの二人の騎士には。


「頼む、彼女を助けるために協力してくれ」


 ユキトの言葉に対し黒髪騎士は目を瞑って頷き、赤髪騎士は軽く口角をあげて微笑んで見せた。


「実行はいつにする。現状、械代儀が使えないことから城内の監視は衛兵によるものだが、魔力研究科はその対応として既存の魔力増幅技術MPA魔力変換器EOtMCの改良を重ねている。もし監視体制が械代儀に戻ると脱獄の手助けは今より格段に難しくなる」

「ここ最近力研の人らがよく働いてるなとは思ってたけどそういうことだったのか」

「俺も明日にはこの城を出て行かなきゃならなくなる。そうなれば城に忍び込むところから始める必要だって出てくる」

「まだ幽閉って決まったわけでもないし、やっぱり実行するなら今日しかないってことだね」


 腰に剣を差した身で軽々と机から飛び降りた茶髪騎士は組んだ両手を大きく上に伸ばして身体をほぐす。


「時間は?」

「夜間の巡回担当には比較的機人も少ないし、深夜帯が狙い目だろうね」

「加えて侵入を悟られたとしても即座に動ける者が少ない方が敵の無力化や情報遮断も行いやすい。対処だけなら私たちでも難しくはない」


 牢屋への通路も確認しておこう、と黒髪騎士は紙を裏返して俯瞰図を描きながら作戦を立て、その言葉に横から茶髪騎士が代替案を挟み込む。


 確かにエヴェリーナの話していた通り、自分を顧みない優しい人たちだ。彼女が必要以上に憂慮する理由もわかる気がする。


「……という感じでいこうと思う、良いか」


 作戦を立て終えた黒髪騎士がテーブルの紙から顔をあげてユキトを見上げる。


「了解、それで頼む」

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