第9話 綺麗な薔薇には棘がある 上

 木漏れ日が差す森の中をひたすらに歩くこと十数分、いくら進めど続く草道に段々と気が滅入り出す。


 ユキトを救出した女性――メイ・レイズルードと名乗る赤髪の美人――は自身の居住する小屋を目指し、似たような木々の間を何の迷いもなく抜けていく。


「どうしたの、さっきから気落ちしてるみたいだけど」


 メイが横を歩くユキトの曇り顔を覗き込む。


「いえ、リズに生まれ直してからこの短時間で色々と災難に遭っては救われてばっかりだって思うと、何だか情けなくなってきただけです」

「転生したてなら皆そんなものよ。気にしない気にしない」


 目元をほころばせてユキトを慰める麗人。その傍目に見える横顔がユキトの心を明るく照らす。


「そんなことより、君はどの転生使様に転生してもらったの?」


 出身地でも尋ねるような感覚でメイが尋ねる。


「レクリムって名前の神様ですけど、転生使って何人もいるものなんですか?」

「そうだよ、あたしが知っているだけでも三柱。それでもって君はあたしの知る限り最もハズレな神様を引いたみたいだね」


 憐れみを含んだ唐紅からくれないの瞳がユキトに向けられる。

 あの神様からはでたらめな印象こそ受けたが、特別に面倒事を押し付けられたわけでも意地悪されたわけでもない。むしろ厄介事なら転生後の方が圧倒的に多い。


「レクリム様ってそんなに評判悪いんですか?」

「噂を聞く限りダントツで不人気だね。他の転生使様より気まぐれかつ適当で、転生者に事前情報を伝えないのは当たり前、なかには顔が合って三秒でリズに落とされた人もいるらしいよ」

「えぇ……」


 メイの説明に軽く口もとを引きつらせるユキト。何も知らされずに突然空に放り出された挙句、あの灰色の巨躯を目の当りにしたら確実に失禁する自信はある。


「君はそういったことをされた覚えはないの?」

「からかわれたりはしましたけど、そこまでヒドイことはなかったです。ちゃんと願いも叶えてくれたようですし」


 ユキトの場合は最低限の説明を受けることが出来た上に、願いに関してはこの上ない取り計らいをいただいた。石頭な転生使であればそうは問屋が卸さない。そう考えると決して相性は悪く無かったのかもしれない。 


 いずれにせよ、過ぎたことは水に流してしまうに限る。今必要なのはこれから生きるための術と情報である。


「メイさんってこの森で生活してるんですよね、なんでノルカーガに住まないんですか?」


 幅の狭い小川に着くと今度はユキトから質問を投げかける。


「森に住むといろいろと便利なことがあるからね。あたし以外にも点々とした場所に居住したり、旅をするヒトは案外たくさんいるんだよ」


 手で押さえた腰の剣を揺らしながら、メイは飛び石を伝って小川を軽快に渡る。


「それによく勘違いしている人が多いけど、あの国は別にヒトの国じゃないし」

「えっ」


 思いもよらない返答につい石の上でバランスを崩しかける。


「ノルカーガって正確には機人きじんっていう頭の天辺から足のつま先まで鎧を纏ったような恰好の種族が統治してる国でね、ヒトは労働の対価に居住権を貰っているにすぎないんだ」

「そんな仰々しい見た目のやつ、いたっけな……?」


 腕を組んで記憶から絞り出そうとするが、そのような格好の者は出てこない。


「彼らがいるのは城内と国の北部、転生したばかりの君が見たことないのも無理ないよ。それに機人はもともと希少なこともあって国の人口はほとんどヒトだから、機人の国って話も現状では形式的な話に過ぎないんだよね」

「なんだそういうことですか、てっきり転生してからずっと幻でも見てたのかと思って驚きましたよ」

「いやいや、驚くところだよ? 現状は何ともないけど、機人の態度次第でヒトだって一瞬で彼らと同じ扱いになるんだから」


 そういった彼女がピンと先まで伸びた指、その先には木の根元でぴょこぴょこと跳ねる何匹ものスライムが一叢ひとむらの草を我先にと体の内に取り込んでいる。その様子を人間に置き換えたユキトの脳内には、地獄絵図のような光景が広がる。


「確かに、それはご勘弁願いたいな……」

「大昔にはヒトの国を築こうとした大集団が何十年にも渡る大戦争を起こしたって話もあるくらいだし、自国を持たないっていうのは案外バカにできないことなんだよ。まあ転生担当がレクリム様だし、そこら辺のことを知らなくても無理ないね」


 少しからかいの混じった口調でメイは笑みをこぼす。個人的には転生使ガチャの失敗を悔やむより、そのような説明を一切しなかった例のウソつき受付嬢に灸を添えてやりたい。


「そんな暗黒な未来が来るかどうかはさておいても、この世界で生き抜くのなら力はあるに越したことはないよ。こんな風に……」


 言葉の端でメイは手のひらを上に向ける。するとそこに小さな火の玉が揺らめき現れ、ユキトの冴えない表情を赤く照らし出す。


「魔法くらいは使えるようにならないとね」


 炎は手からわずかに浮いたところで燃え続けている。じっと目を凝らすが仕掛けは見つからず、近づけた顔がほのかに暖かい。

 正真正銘の魔法だ。先の獣人との闘いでも微かに目視できたが、間近にするとただの炎にも胸が熱くなる。


「こういう魔法って、俺でも身につけられるものなんですか?」

「その話は小屋に行ってからってことで。ほら、見えてきたよ」


 気負い立つユキトを優しく制止してメイは顔を前に向き直す。木陰に薄暗い道の先に光が差し、開けた平地が見えてくる。


 広い空き地には木造の小屋が一つだけ、真ん中にポツンと建っていた。

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