第8話 赤の麗人
「誰だテメエ、邪魔するならオマエから――あ?」
地面に突き刺した大剣を抜こうとする獣人、しかし先ほどまで片手で軽々と持ち上げられていた大剣が両手で掴んでも引き抜けないでいる。文字通り血眼になって腕に力を加えるも、剣は己の重さを思い出したかのようにびくともしない。
「クソッ、よくわからねェガそれなら素手で十分だっ!」
剣の抜き去りを諦めた獣人は空手のまま赤髪の女性へと疾駆する。獣人の走力はユキトを追走したときの比ではなく、片目を負傷してもなお真直に風を起こして対象へと接近していく。
一方、赤髪の麗人は少しも動揺を見せることなく突き出した両手を迫りくる獣に向ける。すると彼女の掌から
炎の球体は獣人の顔面に命中する。沸き立つ黒煙に周りを包みこまれた獣人はその場で再び
「ほら、逃げるよ君!」
赤髪の女性が大きく手を振ってユキトに語りかける。事情はのみこめないがとにかく腰を上げて女性のいる方向へ一心不乱に走り出す。
「待ちやガれ!」
うずくまる獣人の隣を横切った瞬間、青く大きな手がユキトの背中に伸びる。肝が冷えたのもつかの間、女性の手元から放たれた炎弾が再び獣の顔を襲う。
伸ばした手はひっこめられ、負傷した顔を押さえた。
傍まで駆け寄ったユキトは赤髪少女に手首を掴まれる。そのまま煙に囲まれた獣人を背にユキトは導かれるようにして荒れる草原を走り去った。
§
「大丈夫、ケガはない?」
「は、はい。何とか」
鬱蒼とした森の中で息も絶え絶えな状態で返答する。ユキトは何とか呼吸を整えると、折っていた腰を起き上がらせて赤髪の女性へと顔を向ける。
「ここまでくればあの獣人もさすがに追っては来ないだろうね」
今しがた走って来た道を振り返る。立ち止まって少し時間は経つが耳に入るのは風に揺れる木の葉の音だけ、あの青い巨体が追跡してくる様子はない。ひとまず難を逃れることは出来たようだ。
「助けてもらってありがとうございます」
「いいっていいって、困ったときはお互い様だから」
赤髪の麗人ははにかんだ顔の前で左右に手振りする。
紅玉のように煌いた赤い瞳はユキトを映し、身体の線をそのまま表す服装が彼女のすらりとした身を纏う。歳はおそらく二十歳前後、くびれのある腰には長剣が下げられている。腰上まで伸びた朱色のストレートを靡かせて街を歩けば、間違いなく目を引くほど美麗な女性である。
「君、もし森かアルフェイムに用があるならうちに寄ってかない? この近くに小屋があるんだけど」
「いいんですか?」
「あの辺りは転生者狩りが多くてね、君みたいに襲われた人を助けて案内するのがあたしの日課なの。それにいくら初心者御用達の森って言ってもモンスターが出てくる危険な場所なんだよ、そんな所に剣も持ってない人をひとりで行かせられないって」
麗人の言葉でふと短剣の行方を思い出す。唯一の装備であった短剣は獣人の左目を刺したまま、今すぐ手元に返ってくる可能性はないに等しい。
魔法も何も身についていない無防備なユキトでは、たとえ相手がスライムだったとしても倒すことが出来るか怪しいところである。
「それじゃあ、お願いしようかな……」
誘いを断って痛い目を見るより、途中まででも彼女と共にいる方が賢明だろう。もちろんお近づきになれるかも、などというやましい思いは断じてない。
「おっけー、ならいこうか」
長い髪を振りまいた優しい麗人の横について、再び森の先へと歩みを進め始めた。
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