第38話 決死のかけ

「ジョージは俺にとっても大切な人間だったんだ。だから俺としても、絶対に助けたい……!」


 ユキトの言葉を聞いたフミは何も言わずにただ静かに頷いた。


潔斎火けっさいか牆壁しょうへきを焼き土塊へと還す、カノっ!」


 走りながら発動する紙から放射される火炎が三階の高さはあろう土壁を燃やし、城へと続く広道が開かれる。


 土の敷居を跨いだユキトらを迎えたのは、地鳴りの響く荒れ果てた戦場だった。


 長剣を振るう黒橡くろつるばみの騎士と灰色の巨躯きょくが入り乱れる。国の体裁を忘れた土地には煙の立たない場所はない。


「現在、第一師団の一部小隊が北上中、東門へと至急向かっておられる! 到着まで万難ばんなんを排してこの地を死守するのだッ!」


 士気を高める号令がそこらから沸き上がり、地形を乱す轟音をときの声がかき消す。


 機甲隊の騎士は荒れ狂う巨人一人につき数人で囲うように切っ先を向けている。

 長剣はトロールの身体を切りつける、だが筋骨隆々な身体により剣身の侵入は阻まれ切り傷を作るに留まる。


 対して巨体はその剛腕をもって人々を薙ぎ払い、掴み、放り投げ、地面を突いては土の魔術で周囲を一掃する。いくら金属製の甲冑を身に着けていたとしても無傷では済まない。


 騎士が倒されてゆくなか、城に近い場所から重低音の叫喚がユキトの身を轟かした。


 その方角には片腕を切り落とされたトロールが膝をつき、その足元で全身に赤銅色の鎧をまとった者が振り下ろした剣を把持して佇む。鎧を着用しているようだが、注視すると人間の騎士のような甲冑のつなぎ目が見当たらない。


「あれが機人種、この国ノルカーガを治める種族です。一見鎧を纏った人間にも見えますが、中身はなく人とは全くの別種です」


 疑念を表情に表すユキトにフミが走りながら端的に説明する。


 隻腕となった巨体は足元に存在する赤銅色の機甲種へ残った腕を振り切る。機人は重厚な鎧に見合わぬ速度で後方へと退り、迫る拳は石床に深くめり込んだ。


 すると次第に割けていく地面から幾つもの鋭利な突起が突き出て、走る機人の後を追う。その土塊が追い付く瞬間、機人は上空に跳躍して同時に長剣を頭上にあげトロールへと斬りかかった。


 一連の動作は風のように俊敏であり、トロールは腕で身を庇うことしかできず灰色の巨躯は全身に一太刀を喰らいその場に顔から崩れ去った。


 圧倒的で軽やかな身のこなしに視線を囚われるが、同時に生温い不安が胸のあたりに充満する。ジョージやデンちゃんが別の機人によって同様の目にあっていないとは限らないのだ、彼らが超人的な鎧武者と対面する前に見つけ出さなければならない。


 やるしかない、とユキトは己を鼓舞する。


 そしてユキトは前を走るフミを追い抜き戦場のど真ん中へと疾駆する。


「何をするつもりですっ!」

「俺に出来る最大限のことだよッ!」


 突拍子もないユキトの行動に面を食らう少女を残し、ユキトの足は中央の城へと向かう灰色の巨人へと走る。


 トロールは背後から接近するユキトの存在に気づかない。ユキトは巨人の下にまで潜り込み、巨木のような脚を掌で触れて次のトロールへと向かう。


「――っ!!」


 勢いを殺さずに駆けるユキトだったが、足元をくぐったトロールの視界へわずかに入り、巨大な拳が横から迫る。


 攻撃を察知したユキトは身体を振り向き、両腕を身体の前に交差させて備えた。


「ぐっっ!!」


 己の肩幅はある拳を受けた腕に鈍痛が走り、数メートル飛ばされる。


 ユキトの顔が苦痛で歪む。しかしあの巨拳に殴られたというのに腕は一本も骨折しておらず、それどころか胴体には痛みがほとんど届いていない。


「さすがに紅夜夢こうやぼうが解けてくれたりはしないか」


 ユキトの能力でトロールにかかった紅夜夢を解除することが狙いだったが不発に終わる、その代わりに次点の握力・腕力の弱化が働いた。


「弱化の内容が明確なら順序付けは可能、内容は触れた部位に依存しない。これだけ分かれば十分っ!」


 ズキズキと痛む腕の盾を軽く振り、身を翻して前方にいる別の巨体へと接近する。


 一人、また一人と、巨人の足元を触れて抜けていく。孤立した、または人間の騎士と戦闘を交えようとしているトロールを重点的に弱体化させていく。これなら人間への被害も抑えつつ、トロールを生存させられる。


 十の数を超えたときだった。脚に触れた肥満体のトロールがユキトを踏潰そうと片足を上げる。


 下ろされた足裏は風圧でユキトの背中をなぞり、すぐ後ろの地に亀裂をいれる。衝撃でユキトの身体は浮上、身体の自由を奪われた無防備な背部に拳が迫る。


 弱体化した拳とはいってもダメージがないわけでない。防御もなく背中に喰らったなら暫く起き上がれる自信はない。


 だがすでに足は地から離れた状態、身を返すこともできない。


いばらは魅入られし囚徒を堅守する、スリザス!」


 身を屈めて最低限の体勢をとったとき、後側から蔦のようなものがユキトと巨人の間を遮り凶拳を絡めとる。


 よろめきつつも両の足で体を支えて茨の出どころを視線でたどる。


 棘を纏う蔦のもとには黒羽織を羽織る少女の姿、彼女の持つ紙から発現する人間の腕くらいの太さをもつ蔦が巨体を取り囲むようにして動きを封じ込める。


 荊は駆けてきた道にいるトロールにもまとわりついていた。やはり魔術の使用には拳を地に打ち付けて割る必要があるらしく、囚われたトロールは一切魔術を使用しない。


 周りを幾重にも囲む蔦は棘を含め鋼鉄のように頑丈であり、機甲種の長剣すら跳ね返す。あの魔術は巨人の暴走から人を護るだけでなく、同時に彼らを護る檻にもなっているのだ。


「ほんと、心強いったらありゃしないな」


 しかしユキトの触れられていないトロールは荊を掴んで引きちぎり、自ら荊の檻から脱出する。性急に彼らも弱化しなければ折角のフミの魔術が破られてしまう。


「ん?」


 向き直す顔がユキトを踏み倒そうとした巨人をふと捉える。朧気だがどこか見覚えのある彼のことが、転生したてのころに噴水広場で見かけた小太りのトロールだと気づくのに数瞬もかからなかった。彼がメイリアの言っていたデンちゃんなのだろう。


「アンタも絶対に助けるからな、デンちゃんっ!」


 ユキトは届かぬ激励を送ると、再び地を蹴った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る