第39話 天爵であり、国王

 ユキトは城を囲う石壁を反時計回りに沿って無我夢中に駆け抜けた。


 もはやいくら走ったのかも何人のトロールを潜り抜けたのかもわからない。ユキトは自身の体力も歯牙にかけず、ただ全てのトロールに振れることのみ考えてひた走った。


「あれ……は、ジョージとシオン……ッ!」


 揺れる視界で二人の姿を視認する。


 ジョージも他のトロールと同じく虚ろな目で前進している。シオンはジョージの肩で座っているが、目や表情に光は感じられない。トロールの血が混ざっている彼女も紅夜夢こうやぼうにかかっているようだった。


「シオンも……一応触れとくべきなのか……?」


 幼いとはいえシオンも剛力持ち、力を抑えておいた方が良いだろう。しかし彼女がいるのはジョージの肩、ユキト一人では手を届かすことはできない。


 そう考えていたとき、ジョージのすぐ傍の地面が隆起し始め段を形成する。


「それを使ってくださいっ!」

「サンキュ、助かるッ!」


 ユキトはフミが作り出した土の段を一気に駆け上がり、最上段で思い切り前へ飛び出す。


 跳躍した先はシオンが座るジョージの右肩、二人ともに触れられるよう必死に手を伸ばす。


「よしッ!」


 ユキトの両手は二人の身体に触れ、ユキトも転がるようにして地面に着地する。


 能力が効いた二人の体はすぐ様フミの荊によって捕らえた。ジョージもシオンも暴れようとするが、上体の力を失った二人には荊を破ることは出来ない。


「っと……次……は……?」


 即座に立ち上がったユキトはあたりを見回すが、目先のどこにもトロールらしき巨体は見られない。


「ユキトさん、あれを」


 肩で息をするフミが進行方向の先を指さす。弧を描く城壁に隠れて少ししか見えないが、荊のようなものの先が遠方に目視できる。


「私も気が付きませんでしたが、どうやら城外を一周してきたようです」

「ってことは、これで全員ってことか……!」

「そのようです」


 トロール全員を荊の檻に閉じ込めることが出来たという事実に安堵した体から力が抜けてへたり込む。


 呼吸をする度に口に血の匂いが充満する。両足は震え、今にも破裂しそうなほどの痛みがじわじわと襲う。何十キロもあるだろう城外を駆け抜け続けたのだから無理もない。


「でも、これで終わりじゃないんだよな」


 笑う膝を必死にこらえて立ち上がる。


 今はまだトロールの無力化に成功したのみ。一時の難は過ぎたがトロールから紅夜夢を解除しなければ問題が収まったことにはならない。


「どうすればいいものか……フミ?」


 問いかけようとしてフミの方に顔を向ける。すると羽織を畳んだ彼女は正面を唖然とした表情で見つめている。


 その視線の先、そこには機人らしき影がユキトらの方へと歩いて近づいていた。しかしその機人は他の者達と格好が異なり、はるかに厳めしい佇まいである。


「あの方はもしや、ミグノフ天爵ではないか!」

「天爵様が直々に剣をお取りになられたのか!」

「これでこの場も安泰だっ!」


 フミの表情とは対照的に、周囲の兵士たちは皆一斉に喜びと安堵を口にする。


「フミ、あれは一体……?」

「アレン・トリスティアーニ・ミグノフ。天爵であり、この国の王です」


 濃藍に全身を包み、細身の鎧でありつつも背負った外套がいとうが機人の体格を一回り大きく見せる。


 その手には機人の半身ほどある大きな剣が握られており、銀色の剣身には何やら機械的な紋章が彫刻される。


「主らが、魔術の荊で巨人種を捕らえたようだな。その働き、称賛に値する」


 ミグノフの重く響く声がユキトとフミをたたえる。


 ミグノフが接近するほどにフミの顔が強張る。

 国をあげて目の敵にしている対象が目の前にいるのだ、正体がバレでもしたら無事では済まないかもしれない。


 だが、ミグノフが次にとった言動はその的を外れ、しかしそれと同時にユキトを震駭させるものだった。


「安心せよ――後は我が引き受けよう」


 言い放ったミグノフは大剣を両手に持ち、顔の横に構えた。

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