第13話 そして再び檻の中へ

「メイさんの隠し事、って言ってもなあ」


 衝突によって赤みの帯びた顔を天井に向けて一人ぼやく。冬の体育館を思わせる冷えた床に手枕を挟んで置いた頭はイリーシャとの会話を繰り返していた。

 人の弱みに付け込むなんてことは気が引ける正直気が引けるが、己を監禁する相手に情けをかけても仕方がない。


 とりあえず「今のあなたでもわかる」というイリ-シャの言葉を信じて、脳内に散らばるメイの情報を洗いざらい全て並べる。


 メイは炎術を使う美麗な魔導士。異能について明るく、何者かの下で魔力収集を手伝っているがその動機は不明である。いつもは優しいが怒ると鬼が憑いたように怖い。

 気にかかったことを挙げるなら魔導士であるのに関わらず剣を所持していたことや小屋で感じた生活感の無さ、格子が持つ効力の真偽と魔力を収集する理由についての四つだ。

 しかし長剣と格子に関しては既に答えは出ており、小屋についても人をおびき寄せるための大道具と考えれば合点がいく。魔力の収集理由は謎に包まれたままだが現状で解き明かすことは難しいだろう。


 ――回想終了。手がかり糸口一切なし。


 ここまで振り返って頭に残った点は相手の収集理由のみ、一本線すら満足に描画できない。

 そもそもの話、美人に気後れして碌に彼女の細やかな表情や仕草など気にかけられる状態ではなかった。それが全ての敗因、しかし今更嘆いても後の祭りである。


 このとき、ユキトは詰みを確信した。


「……萎えた」


 お手上げと言わんばかりにため息をついて灰色の床に身体を放り出す。

『――ってー……』

 下の方から微かにイリーシャらしき抑揚のない声が耳に入る。何者かと会話しているようだ。


『それでー食糧の状況はどうなんですかー?』

『当面は何とか。でもラライユ祭でもらった分がそろそろ底をつきそうだから、これからはもっと供給しないといけないかな』


 もう一人の明るい声はメイのものである。もしかすると、このままこっそり聞き耳を立てていれば、メイに関する情報が多少得られるかもしれない。


 ユキトは氷に当てがうような痛みに耐えつつ、地面に耳を当てて盗聴を試みる。


『我らが上司はいつになったらここに顔を出すんですかねー』

『そんなこと知るわけないでしょ。あの男、帰ってきたときには絶対に殺す』

『殺す、じゃなくて去絶させる、ですよー』


 苛立ちを含んだ声に抑揚のない茶々が入れられる。彼女らの上司はこの小屋には不在らしく、部下の関係は最悪のようだ。


『いくら憎いからとはいえ戦うのはやめといたほうがいいですよー、あの人の戦力は十分わかってるでしょー?』

『それは少し前の話、今はやってみないとわからないじゃない』

『中途半端に盾突いてこっちにまで飛び火するなんてことだけはやめてくださいよー』


 ふたりの上司も何かしらの能力者であるよう。メイと互角かそれ以上の力を有しているのであれば遭遇は避けたい。


『牢屋の様子はどう、マナはどれくらい溜まってる?』

『銀棒四本にプラス七割ってとこですねー。ノルマまであと三割ですがまた数本くらい追加になるでしょうねー』

『檻はこれ以上増やせないの?』

『無茶言わないでくださいよー、碧絶岩へきぜつがんってすごく希少なんですよー。メイが交渉して素材を増やしてくれるなら話は別ですけどー』


 そうだよねー、とため息交じりに引き下がるメイ。魔力収集をより効率化させるためとはいえ、檻の増設をためらうことなく提案するとは彼女もなかなかに冷酷である。


『もしこの状況がずっと続くとしたら、イリーシャはどうする? ここから離れる?』

『どうもしませんよー、わたしは目的があってここにいるんですからー。メイだってそうでしょー』

『当然、そうでなきゃ対価もなしにこんなところで働きなんかしないよ』


 労基署もビックリな労働環境に呆気にとられるも大事なことは耳に捕えた。

 メイは金銭以外の目的で魔力収集を行っているのだ。その内容は間違いなく彼女の弱点とやらに多少のつながりがあるはず。


 感覚のなくなりそうな耳に加え頬も床に強く押し付けると、一言一句聞き逃すまいと神経を尖らせる。


『あんまり無理しちゃダメですよー、毎日森での食糧調達に加えて炎術の修行までしてるんですからー。体は最大の資本ですよー』

『心配してくれるなら採集くらい手伝ってよ』

『それはそれーこれはこれーってことでー』

『まったく、こっちはイリーシャと違って時間が限られてるっていうのに』


 若干話の筋がそれることもあるが、求める情報には確実に近づいている。このまま耳をすませば難なく情報を得られると胸の内でしめしめと静かに口角を上げる。


『そんな事言わずに最後まで一緒にいましょうよー』

『嫌よ、ずっとこんなところにいるつもりはない。約束したんだもの、あたしは』


 これはもらったと、無意識に耳を強く押し付ける。


『あたしは絶対に――』


「――何してるの」

「ひっ!?」


 牢の外から聞こえる重く冷たい声に驚き、飛び退くユキト。そこにはイリーシャと会話していたはずの麗女の姿が。


「まさか――逃げ出そうと何か企んでたんじゃないよね」


 光の差していない瞳を前に、ユキトは首を取れるのではないかと思うくらいに横へ振る。その様子にメイは「ならよかった」と声と眼に明るさを取り戻す。


「どうしてメイさんがここに?」

「そろそろお腹を空かせる頃だと思って、食べ物持ってきたんだよ」


 メイの手元には先ほどユキトが食したパンと同じものが掴まれている。震え声で軽く礼を言い恐る恐る手皿で受け取ると、彼女は再度逃げ出さぬよう忠告だけして廊下を去った。


「いやいやいやいや、ならさっきのは何だったんだよ!?」


 もう一度、石床に耳を当てる。下階からはもはや二人の会話も聞こえず、代わりにクスクスと笑い声が微かに響く。


「乙女の会話を盗み聞ぎなんてするからバチが当たるんですよー、この破廉恥―」


 やはりバレていた……!


「至極当然のように話しかけてくるな! てかさっきの会話は何だったんだよ!」

「こんなこともあろうかとちょっと前にした会話を録音していたんですよー、まさかここまであっさりと引っかかってくれるとは思いませんでしたけどねー」

「このクソぱっつんが……っ!」


 嘲笑ったイリーシャの声が鼓膜を小衝く。彼女の手の上で転がされた挙句その様子を一部始終見られていたと思うと魔力切れで死ぬ前に羞恥で愧死きししそうである。

 というよりも、人の様子盗み見している人間に言われたくない。


「ほらー出血大サービスで色々と教えてあげたのですからそろそろ頭を上げて考えてくださいよー。わたしー、ちょっとの間寝たいんですけどー」

「ったく、緊張感の欠片もない奴だな」


 真赤に染まる耳を地につけたまま不満を垂れる。イリ-シャからはユキトの事態を楽しんでいる節すら感じられる。


「察すれば脱する、ですよー。それじゃあ頑張ってくださいねー」


 下階の少女は散々煽り倒した後、すぐ静かになった。


「あのぱっつん野郎、次会った時は一発ならずボコボコにしてくれる……!」


 人の心を弄ぶことでしか愉悦を感じないだろう少女に怒りを覚えつつ、冷たくなった顔を上げる。あの娘には説教せねば気が済まない。


 そのためにも今は脱獄の手段について考えねば先には進めない。

 念のため先のように下階へ移動できるか試みたが、制御されたのか不可能であった。牢から出るにはやはり正面から堂々と出る他なく、それは魔法も持たぬユキトにとって交渉だけが脱獄の道であることを示していた。


 それには脅迫まではいかずとも、メイと交渉が出来るだけのネタは持っておかねばならない。しかし盗聴で得られたものも含め、手元にあるメイの情報はほとんどが疑問符のついたものばかり。そこから展開しようとしても行き詰ってしまう。


 メイからそれとなく情報を引き出そうにも、ガードが弱い人とはとても思えない。それに地雷を踏んだときのことを考えると、そう当て推量に回数を重ねるわけにもいかない。


 考えれば考えるほど、どの道も険しくなる。


 やはり自分なんかでは、と何度目かの自己憐憫に肩を落とす。


 そのときだった。


「――お困りのようですね」


 廊下から少女の声が耳に入る。扉の開いた様子も無く、人の気配も感じず、だが確かに声は牢の外に響いた。


 誰もいないはずの廊下にふと視線を移す。


 そこには、牢の前をひらひらと舞う真っ白な蝶が存在した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る