第43話 思わぬ来訪 その1

「機公隊第一師団第三連隊隊長、ストレイフ・シュヴァルツである。こちら、ユキト殿の部屋で間違いないな」

「そう、だけど」


 黒髪の騎士は深みのある声で名乗りを上げ、呆気にとられたユキトのことをその吊り上がった紫瞳で見下ろす。


 それにつけてもこの顔、どこか見覚えのあるものである。


「もしかしてアルフェイムでエヴェリーナさんを引きずってた近侍の人?」

「……間違ってはいない」


 騎士は白手袋をはめた長い人差し指と中指で前髪に触れながら、やや面倒そうに目をそらす。


「何だスト、変な覚えられ方だけどちゃんと知られてるじゃん」


 隣にいたウェーブのかかったワインレッド髪の兵士が黒髪兵士の肩を数度肘で突っついてからかう。


「そっちは確か、夜番であくびしてた人だったか」

「あら、俺のことも覚えてくれてたんだ」

「お前も大概な覚えられ様だな」


 瞑目する黒髪兵士に赤髪の兵士はにこやかに笑い返す。黒髪騎士は勤勉そうなのに対し、こちらはルーズな雰囲気が漂っている。


「アンタたちが何でノルカーガにいるんだ?」

「一週間前の緋霄が起きた際、私たち第一師団は半数をアルフェイムに残してノルカーガへと向かって駆けていたのだ」

「それで今はノルカーガの立て直しに駆り出されてるってわけ。はあ、俺としては早いとこイヴさんのとこに帰りたいんだけどねぇ」


 背中に両手を当てて伸びながら弱音を吐く赤髪の兵士。


 緋霄下の城へと駆けていたとき、第一師団が向かっているという報告が騎士たちの士気を高めていたことを思い出す。彼らもその時に来たのだ。


「それで、そんなお二人が何か?」

「あなたのお連れだった方のことについて、ご報告とご質問をと」


 顔をユキトの方に向き直した黒髪兵士の声色が部屋に訪れたときの落ち着いたものに戻る。

 彼の言葉にユキトはハッと現状を思い出して、とにかく二人を部屋の中に招いた。


「さっき城内衛兵の人から聞いた、無期の幽閉と処刑で意見が分かれてるって」

「ではあの者が刻筆師であったことも、刻筆師という存在自体についても当然存じているな」

「……ああ」


 腕を組んで壁に背をもたれかからせた黒髪騎士に対してユキトは顔を下に背けながら返事する。


「びっくりしたよ、まさかあの子が刻筆師だったなんて」


 机の四隅に腰をかけた赤髪の騎士は脚を宙にぶらつかせながら言う。騎士の話口からもやはりエヴェリーナは彼らにフミの正体を秘していたよう。


「御上らの意見は数日前の会議と変化がある様子だ。やや幽閉が優勢との話もある」

「個人的には刻筆師に対して処刑一択じゃないってのが驚きなくらいだけどね、これで処刑を免れたら君は間違いなくあの子の救世主だよ」

「そんなことない、多くの人を救おうとした彼女の自由が永遠に奪われるってのは間違ってる。本当は彼女も数われるべきはずだ」

「致し方ない、それがあの者の背負わなければならない重荷というものなのだ」

「刻筆師ってだけで詰んでるようなものだしね」


 体側で固く握られたユキトの拳、半端に伸びた爪が掌に深く食い込む。


 会議の意向は国の安寧を願う選択としておそらく間違ってはいない。だからこそフミのもつ優しさに胸が痛みを覚えて歯がゆい。


「彼女が助かる可能性は無いのか? 明日の会議を覆すようなこととか」

「それは刻筆師かどうかにかかわらず考えられない。慎重派の多い異能研究科や一部の機公隊師団長ですら投獄がギリギリといったところ、どれだけ強力な甘言があろうと全員が解放に傾くことなど万に一つも有り得ない」

「それで票が別れても元も子もないしね」


 黒髪騎士は懐から筒状の紙を取り出すと、それをテーブルの上に投げる。空中で開いた紙は机上に乗り、赤髪騎士が包まらないよう紙を押さえる。ユキトが覗き込んだそこには国の構造が簡易的に記されている。


 一番上に国王、次いでその下に機公隊、異能研究科、貴族院の三集団が位置しており、それら集団の下でもさらに細かく区分けされている。


 重臣会議はその三集団の上位者で構成されており、機公隊の各師団長・異能研究科各科長・貴族各省庁の計19人が国の重大な議題をはかるというようだ。確かに会議には国王なのか将軍なのかよくわからないあの天爵の姿はなく、少し意外だとは思っていた。


「そもそもノルカーガって国が反刻筆師を掲げてるわけだし、機公隊だろうが異能科だろうが刻筆師を解放するなんて案を口に出せるような雰囲気じゃないと思うよ」


 赤髪騎士は紙上の文字に対して順番に指でばってんを描いて語る。


「もしユキト殿の言う通り本当に先代の刻筆師とやらがいるのなら彼女が救われる可能性もゼロではないが、何にせよ今すぐあの者への判決を覆すことは不可能だ」

「200年も消息の絶った相手を手掛かり無しに探すなんて正直不可能に近いものね。現に慎重派はその手がかりの消失に対して危惧してるわけだし。結局のところ、フミさんが助かる可能性はかなり低いだろうね」


 現実を突きつけられたことで頭を抱えて深く息を漏らすユキト。だがこのままフミが投獄される事態を指をくわえて見ていられるわけがない。


 こうなれば、やはり力づくでもって助けるしかない。


 しかしノルカーガの騎士である彼らには協力どころかそのことを知られることも危険だ。一刻も彼らから離れて策を練るなりしたい。


「話はこれで以上か。明日で俺も釈放だし、出来れば今日は早く寝たいんだ」

「いや、まだだ」


 適当な理由を言って騎士たちに部屋から退出するよう促すユキトだが、その思いとは裏腹に黒髪騎士は腕を組んだまま、まだ部屋から出て行く気は見せない。


「ユキト殿はあの者が刻筆師であることを事前に知っていたようだが、エヴェリーナ殿もそのことは既に存じていたのか?」


 黒髪騎士は顔を俯けたまま鋭い紫瞳をユキトに向ける。


「知ってたよ。あの人はフミの事情を理解して、その上で彼女のことが心配で保護してたんだ」

「では、やはり全てを知ったうえで私たちにも隠していたのか」

「……ああ。でも黙ってたのは、知らせることでアンタたちに変な動揺を与えないようにするためっていうあの人なりの気遣いなんだ」


 ユキトの言葉に「そうか」と黒紙騎士は視線を足元に戻す。


 そして彼は黙り込み、二人の間に暗く重い時間がしばらく流れた。


「……あぁもう、迷いすぎ! 聞きたいことはちゃんと聞けたんだし、さっさと本題に入っちゃいなよ!」


 しびれを切らせた赤髪騎士が両足をぶらつかせてそう話す。

 その声に瞑目して唸り続けていた黒髪騎士は口に拳をあてて喉を鳴らし、壁から背を離して体ごとユキトを向く。


「では単刀直入に問おう。ユキト殿、あなたは無理にでもあの者を解放しようと考えているのではないか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る