第4話 路地裏の和装少女
「そこの湿った銀髪、止まれっ!」
衛兵らしき鎧を装った男の催促を背にユキトは街の脇道という脇道を駆け抜ける。衛兵はちょうど例の現場に居合わせたらしく、逃走するユキトの後ろをピタリとつける。
「違う、あれは俺がやったんじゃない! そんな力絶対にないっての!」
追手を払おうと必死に走り回るが、免れるどころか途中で別の衛兵が合流して三人に増えている。これでは挟み撃ちに合うのも時間の問題だ。諦めて身の潔白を証明しようかとも考えたが、大罪人や斬首などという単語が衛兵らの会話から聞こえた手前、もう足を止めることなど出来なかった。
「どっかで隠れないと――なっ!?」
薄暗い角を曲がり少し先の丁字路を過ぎようとしたとき、突然何者かに片腕を引っ張られて、無理やりに細道へと連れ込まれる。
待ち伏せていた事情を聞き及んだ衛兵か、はたまた通りすがりの旅人にたかろうと待ち伏せていたチンピラか。どちらにしろ身の危険が差し迫っていることに変わりはない。
年ごろの少年による必死な抵抗を一切許さない握力からして、相手は確実にユキトよりも上手。しかしここで戦わなければ夢も希望もない監獄生活、場合によっては打ち首獄門も考えられる。
異世界で初の戦闘だと己を奮い立たせ、ユキトは掴まれていない方の手で握りこぶしを
「この野郎……え?」
が、相手の姿が目に映った瞬間、殴りかかった拳の力が緩み、拳骨は対象へと届くより前に固まった。
切羽詰まった少年の腕を握る者、それは彼よりもうんと背丈が低くうら若い黒髪の少女だった。
「衛兵から逃れたいなら、静かにして壁へと張り付いてください」
黒の羽織を着た少女は落ち着き払った様子で
「壁に張り付くって、そんなんであいつらを撒けるわけっ」
言い返そうとしたユキトに細くしなやかな人差し指を自身の唇に当てて見せる少女。その直後、三人の衛兵が丁字路の交差に姿を現したのを傍目に、ユキトは反射的に背を壁につけて気配を殺す。
終わった、と心の中で弱音を呟きつつ薄く開いた片目を衛兵に向ける。銀鎧の男どもは怪訝と焦燥の混じった表情で二手に分かれた道を確認する。忙しなく動いた顔が細道へと向くたび、身体の芯に冷えた電流が走る。
隣の少女を一瞥するが、彼女は虚ろな目で正面の壁を眺めている。何か紙らしきものを手に持っているようであり、紙には薄く光った文字が浮かび上がっていた。
怒号に近い会話が飛び交った後、後に合流した二人はそのまま道なりへと駆け出し、残る一人がユキトのいる細道に足を踏み入れた。衛兵との距離が縮まるとユキトは息を止める。
このまま無事に通り過ぎることを祈りながら迫る衛兵を凝視するユキト。刹那、衛兵の鋭い眼光がユキトの
「本当にバレなかった……!」
難を逃れたことにホッと胸をなでおろすと同時に、危機を回避した現状に驚きを隠せないユキト。
衛兵たちの視線は幾度もユキトのいる細道へと向けられていた。視界に入ったら少なくとも人の存在には気付く距離、それこそ透明マントでも被っていなければ認識し得ないはずがない。
ならば答えは一つ。少女が何らかの魔法を使用して衛兵からユキトの存在を隠蔽したのだ。どのような術を用いたのか見当もつかないが、少女を打見した際に見えた不思議な発光文字が関係するのだろう。
ともかくユキトの逃走劇も謎の少女のおかげで小休止に入り、ついでに華やかさや仰々しさはないものの彼は求めていた幻想と対峙したのであった。
「ありがとう、おかげで助かり……あれ?」
危機から救ってくれた恩人へ感謝を述べようとすぐ隣に体を向ける。
しかし、そこに黒羽織を着た黒髪少女の姿はない。寂れた細道に佇んでいるのはユキトたった一人、抗えぬほどに強く握られていた手の感触も今はない。
丁字路の交差点から顔を出すも人影は見当たらず、幼き恩人は音も無くその姿をくらませしまった。唯一この場に残されたのは、ユキトの右腕についた赤く小さな手の跡だけである。
「なんだったんだ、あの子」
黒髪少女の行方や目的に対し首を傾げると、遥か遠くの怒号がユキトの鼓膜を揺らした。ユキトは自分がお縄必至の立場であることを思い出し、踏ん切りのつかない心を引っ提げながら首を隠すように肩を上げて慎重に細道を後にした。
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